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〈キニナルを調べる〉 ルポ 居場所のない若者たち(ヤング・プレースレス)

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 社会課題の原因に迫り、解決の方途を考える企画「キニナルを調べる」。前回(5月15日付)に続き、テーマは「居場所のない若者たち(ヤング・プレースレス)」です。

 若者が生き生きと働ける社会をつくることは、全ての世代の暮らしを支えることにもつながります。しかし現実には、活躍の機会はおろか、若者が安心できる居場所さえ失われています。

 「誰にも相談できない」と感じる若者は、推計約145万人。「どこにも居場所がない」と感じる若者は22万人を超え、不登校の人数に匹敵するともいわれます。

 どうすれば、居場所のない若者を支えられるのか――手がかりを求め、特定非営利活動法人(NPO法人)サンカクシャの現場を追いました。(記事=中谷光昭)

◇ネットカフェに寝泊まり

 その若者は、じっと黙ったままだった。視線は床に落ち、表情は硬い。

 面談を担当した寺中湧飛さん(サンカクシャのスタッフ)が、ゆっくりと問いかけていく。これまでどんな暮らしをしていたのか、これからしたいことはあるか――。

 だが、返事はない。沈黙が続いた。

 「……取りあえず、シェアハウスに行こうか」。寺中さんは、面談を切り上げ、若者を連れ出した。

 シェアハウスまでは電車で30分ほどの距離。移動中も、若者はほとんど口を開かなかった。到着し、部屋で布団を敷こうとしたら、若者の手が止まった。枕カバーやシーツが、うまくつけられないようだった。

 「こうやってやるんだよ」

 若者の傍らで、寺中さんは手を動かしながら教えた。「また来るから」。別れ際、そう声をかけると、「はい」と小さな返事が返ってきた。

 若者は自由に寝られる場所を得たことで少しホッとしたのか、表情は日に日に和らいでいった。サンカクシャが提供する交流拠点「サンカクキチ」にも顔を出すようになり、寺中さんとの会話も増えていった。

 ――聞けば、この若者は地方から上京し、しばらく住み込みで働いていたという。だが体調を崩し、人間関係も悪化して退職。仕事と同時に住まいも失った。帰れる場所がなく、ネットカフェに寝泊まりするも、所持金が尽きた。その時、自力で調べて見つけたのが「サンカクシャ」だった。

 以来、寺中さんは若者に寄り添い、生活を支え続けた。

 出会いから約1年後――。

 寺中さんは、若者に尋ねた。

 「これから、どうする?」

 少しの沈黙の後、若者は答えた。「サンカクシャと一緒に、仕事がしたいです」

 若者は社会復帰を目指し、生活保護を利用しながら、「行政書士」の資格取得を目指した。独学で勉強を重ね、ついに合格発表の日を迎える。

 若者から「一緒に見てください」と頼まれ、寺中さんは、合否発表の瞬間に立ち会った。画面に映った「合格」の文字。「おめでとう!」。二人は顔を見合わせ、喜びを分かち合った。

◇お笑いに挑戦?

 その若者が、サンカクシャを出て就職した後も、寺中さんは見守り続けた。若者は資格を得て働き始めたものの、思うように続かず退職を繰り返した。

 長く居場所がもてなかった彼に付きまとう、人と向き合う恐怖や不安は容易にはぬぐい切れず、職場の人間関係でつまずくことが多かったという。

 そんな彼に、寺中さんが提案したのは、サンカクシャが主催する「お笑いライブ」への参加だった。若者に「観客」としてではなく、「芸人」として舞台に立ってもらう。

 「漫才やコントを通じて、人前に立つことやコミュニケーションに、少しでも自信をもってもらえたら」という寺中さんの思いから生まれた企画だった。

 とはいえ、若者たちは漫才もコントも未経験。そこで、寺中さんはプロの芸人に協力を呼びかけていった。

 寺中さんは、大学の落語研究会の出身。卒業後、プロ芸人として活動していた経歴を持つ。芸人時代の先輩や仲間に声をかけると、思いに賛同してくれる人たちが多く集まった。

 若者とプロの芸人がコンビやトリオを組み、約1カ月間、練習に打ち込んだ。若者たちは、真剣にネタを覚えた。緊張でセリフが飛んでしまっても諦めることなく、食らいついた。

◇楽しく解決する

 お笑いライブ当日――。

 詰めかけた満席の観客の前で、渾身のネタが披露されていく。プロの芸人のツッコミが、若者たちの素朴さを引き立たせ、客席がどっと沸く。何度も笑いの渦が起きた。

 終演後、笑顔で「達成感」を口にする若者たちの輪の中に、あの行政書士になった若者の姿もあった。「人としゃべるのが怖くなくなりました」。彼はうれしそうに、そう語った。

 彼は新たな職場を得て生き生きと働き始め、初任給で寺中さんに食事を振る舞ったという。

 「でも、この若者は、正直(支援が)すごくうまくいったケースです」。寺中さんは、そう振り返る。

 若者支援は、必ずしも目に見える成果に結びつくとは限らない。「若者にこちらの思いが届かないこともありますし、厳しい言葉を向けられることもあります」(寺中さん)

 若者と信頼関係を築き、社会との接点を取り戻すには粘り強い関わりが欠かせない。だからこそ、疲弊しないよう持続可能な形での支援が大切になる。

 寺中さんが自身でも実践し続けるのは、代表理事の荒井佑介さんの「楽しく社会課題を解決する」という姿勢。お笑いライブも、その一環だった。

◇闇バイトに巻き込まれないように

 サンカクシャにつながる若者のおよそ半数は、児童相談所や病院、弁護士や警察などからの紹介だが、もう半数はSNS経由であるという。

 携帯電話代が払えず通信が止まっても、スマートフォンを手放さない若者が多い。フリーWi―Fiにつなげば、情報にアクセスできるからだ。

 「寝る場所」「生活費」などと検索した先には支援情報だけでなく、闇バイトなどの犯罪につながる情報も並んでいる。

 若者たちが闇バイトに巻き込まれないよう、サンカクシャはSNSでの発信にも力を入れ、居場所・居住・就労支援を広く周知している。

 SNSでは、あえて「若者支援」や「相談」を前面に立てず、雑談や企画中心の配信を行っている。

 寺中さんは言う。

 「いきなり『若者支援』と言われても、『何それ?』ってなるし、『相談して』と言われても、言いにくいと思うので。それなら、なぞ解きとかマラソンとか、『面白そうだな』を入り口にして、サンカクシャを知ってもらうことも大事だと思っています」

 寺中さんが企画した「群馬から東京までの100キロマラソン」。スタートからゴールまで、SNSでライブ配信した。すると、ゴール地点に見知らぬ若者が差し入れを持って立っていたという。「SNSのライブ、ずっと見てました。感動したので来ました」と。聞けば、その若者も「人知れぬ悩み」を抱えていた。

◇「相談できる人がいない」21・8%

 内閣府の令和4年版「子供・若者白書」によると、「どこにも居場所がない」と感じる子どもや若者が全体の5・4%。「どこにも相談できる人がいない」との回答は21・8%にも及んだ。

 東京・歌舞伎町の「トー横」や大阪・道頓堀の「グリ下」など繁華街で路上生活をする若者たち。それは決して、一部の人の話ではない。全ての若者が当事者になりうる課題である。

 食事や風呂など自らのケアを放棄する「セルフ・ネグレクト」の状態にある若者もいる。30代以下の孤独死は年々増加している。

 「死にたい」「帰る場所がない」。サンカクシャに寄せられる新規相談数は増加の一途をたどっている。

 対応が追いつかず、泣く泣く新規相談を一時的に止めることもあるほど。サンカクシャでは、若者たちが「生きる」に踏みとどまれるよう、要望に応え、深夜の居場所づくりも行っている。

 シェアハウス3棟13部屋、シェルター7室を開放し、住まいも提供。約50社と連携し、若者の就職支援にも力を入れる。

◇居場所を維持したまま働ける

 「近年、見えてきた課題があります」と、代表理事の荒井さんは語る。サンカクシャで居場所と住まいをサポートし、再起の意欲を得た若者たち。ところが、自立して程なく、仕事でつまずき、再びサンカクシャに戻ってくるケースが多かった。

 虐待や暴力を受けて育った若者の中には、周りの人をなかなか信用することができず、仕事で分からないことや悩みがあっても、上司や同僚に聞けないことが多いという。

 誰にも相談できないまま、独りで退職を決断し、お金がないのにもかかわらず、「退職代行」を利用し、サンカクシャに戻ってくるケースもある。

 そこでサンカクシャでは昨秋から、自ら仕事の場をつくる取り組みを始めた。その一つが、ハウスクリーニングを担う清掃事業「サンカククリア」。清掃会社の協力を得て、若者は清掃の手順や機材の使い方など、プロの実地研修を受ける。

 サンカクシャで出会った若者同士が協力しながら働ける環境を整えたことで、「居場所」を維持したまま就労することができるようになった。

 小雨が舞う、4月のある日――。サンカククリアの仕事現場に同行した。

 この日、ハウスクリーニングの依頼を受け、3人の若者が清掃に汗を流していた。窓、風呂、エアコン。プロの清掃業者が横につき、機材の使い方や手順を丁寧に教えている。

 脚立に乗って、慣れた手つきで部品を外しながら、エアコンの清掃をしているスタッフがいた。中嶋直人さん――4年前にサンカクシャにつながった20代の若者である。

 彼は、サンカクシャの支援を受けた後、一般就職を経て、現在はサンカクシャのスタッフとして働いている。

 来し方を尋ねると、中嶋さんは「家に居場所がなかったんです」と語った。家庭不和に悩んだ中嶋さんは、大学を休学し、家を出た。

 友人宅やネットカフェで寝泊まりし、行き場がない日は、駅のベンチで夜を明かしたこともあった。「家を出てから、行政にすぐ相談したんです」。しかし、返ってきたのは「冷たい言葉でした」。「『窓口が違う』と言われ、結局たらい回しにされてしまいました」

◇同じような境遇にいる人のために

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SEIKYO SHIMBUN