企画「キニナルを調べる」では、これまで貧困や虐待、家庭不和などの困難を抱えながら、安心できる居場所を失っていく若者たちの姿を取材してきました。
現場の実態を踏まえ、今回はその背景にある社会的要因を深掘りします。
若者たちの親世代に当たる就職氷河期世代の困窮は、なぜ生まれたのか。その困難がなぜ、若者たちに連鎖しているのか。こうした課題の打開策は――。
こども家庭庁「こどもの居場所部会」の部会長を務める、甲南大学の前田正子教授に聞きました。(聞き手=中谷光昭、村上進)
居場所のない若者たち(ヤング・プレースレス)就職氷河期から若者に連鎖する貧困や孤立
――前田教授は本年2月、『子どもの消えゆく国で』(岩波書店)を著されました。コロナ禍以降、さらに加速する日本の少子化と人口減少に警鐘を鳴らされています。
年間出生数が100万人を切ったのは2016年でしたが、それから10年もたたないうちに出生数はさらに急減しました。昨年、国内で生まれた日本人(出生数)は66万人台ではないかと見込まれています。
国立社会保障・人口問題研究所の推計では、出生数が66万人台になるのは2040年頃の想定でした。つまり、少子化は想定より15年ほど早いペースで進んでいることになります。
高齢化が進む日本では、出生数を死亡数が上回るため、人口減少も必然的に加速します。
2024年の人口減少は前年比で約91・9万人。秋田県や和歌山県の人口に匹敵する人数であり、1年で約1県分の人口が失われた計算です。
このまま推移すれば、2040年までに1000万人以上の人口が減ってもおかしくありません。
――なぜ、少子化が加速しているのでしょうか。
最大の要因は、未婚率の上昇です。とりわけ、団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ)と、その後のポスト団塊ジュニア世代(75~84年生まれ)の未婚率が高い。
団塊ジュニアは毎年200万人ほど生まれた世代です。本来であれば、彼らが30代を迎えた2000年代に「第三次ベビーブーム」が起きても不思議ではありませんでした。ところが、実際には起きなかった。
日本は婚外子の割合が低く、出産には結婚が前提となりやすい社会構造があります。
では、この世代の人々が結婚を望まなかったのかといえば、そうではありません。
先述の研究所の調査によると、この世代の女性の約9割が若い頃、「いずれは結婚するつもり」と答えていたことが分かっています。「一生結婚するつもりはない」と答えた人は、ごくわずかでした。
つまり、「結婚しない」「子どもを持たない」という選択を積極的にしたのではなく、結婚そのものが難しく、結果、子どもを望んでも持てなかった人が多かったと考えるべきです。
OECD(経済協力開発機構)の報告書によると、2024年に49歳になった日本人女性(1975年生まれ)の28・3%が子どもを産んでおらず、OECD諸国の中で最も高い水準とされています。
◇制度の狭間に置かれた
――団塊ジュニアとポスト団塊ジュニアは、「就職氷河期」を経験した世代ですね。
その通りです。
彼らが高校や大学を卒業して社会に出た頃は、バブル崩壊後の長い停滞のただ中にありました。
企業は新卒採用を大きく絞り、1990年代後半から2000年代前半には、進路未定や非正規雇用のまま卒業する大卒者が3割近くに及ぶ年もありました。
加えて、1999年の労働者派遣法改正が大きかった。それまで限定的だった派遣可能業務が原則自由化され、正規雇用への入り口が一気に狭まりました。
日本では新卒時に正社員になれるかどうかが、その後の職業人生を大きく左右します。賃金や福利厚生、将来の見通しにも差が生まれていくからです。安定した雇用と収入がなければ、結婚や出産を考えることは難しい。初職の不安定さが未婚率の上昇を押し上げました。
しかも深刻だったのは、雇用の不安定化だけが先に進み、結婚・出産・子育てを支える制度整備が追いつかなかったことです。非正規雇用では育休を取得しにくく、妊娠を機に退職を余儀なくされるケースも少なくありませんでした。
保育園も、正規フルタイム共働き世帯が優先されやすく、非正規雇用は利用しにくい。働き方を調整しようとすると、かえって不利になる。そうした矛盾が2000年代には幾重にも重なったんです。
初職で正社員になれた夫婦は踏みとどまれても、非正規同士の夫婦は「子どもを持つのは難しい」「どちらかが働けなくなったら生活が成り立たない」と感じやすかった。
初職が正規か非正規かによって、結婚格差、出産格差が生まれてしまったんです。就職氷河期世代は、まさに制度の狭間に置かれた世代でした。
◇親子のホームレスが…
――不安定な就労の中で結婚や出産を選んだ人の中には、失業や病気をきっかけに困窮へと追い込まれたケースもあったそうですね。
ええ。子どもを持てたとしても、非正規同士の結婚では、ほんの少しのつまずきが生活の土台を崩してしまう。その現実を、私は横浜市の副市長時代に目の当たりにしました。
ワーキングプア(働いているものの十分な収入を得られず、貧困状態にある)という言葉が盛んに使われた2000年代、市の職員から「親子のホームレスがいます」と報告を受けました。ひとり親家庭ではなく、両親がそろった家族でした。
父親も母親も非正規雇用で、失職と同時に社宅を出ざるを得なくなり、次の住まいの敷金・礼金を払えず、親子で路頭に迷っていた。そういうことが実際に起きていたんです。
ギリギリの生活で子育てをしている家庭では、家族の介護や本人の病が引き金となり、困窮へ転落することも珍しくありませんでした。見た目には何とか暮らしているように見えても、極めて脆い基盤の上に生活が成り立っていたんです。
日本の社会保障は原則、「申請主義」です。「困っています」と言わないと支援してもらえない。でも、申請の条件や方法を知るには、情報収集力がなければ難しいですよね。就職氷河期世代の中には「見えない貧困や困難」を抱え、苦悩してきた方が多くいらっしゃるでしょう。
――東京・歌舞伎町の「トー横」や大阪・道頓堀の「グリ下」に象徴されるように、どこにも居場所を見いだせない若者たちを、どう支援するかも問われています。この若者たちの親世代は就職氷河期世代が多いともいわれますが、貧困などの連鎖は起きているのでしょうか。
私は起きていると思います。
貧困は、その世代だけで終わりません。教育機会、生活環境、親の就労不安、家庭の余裕のなさを通じて、次の世代へ受け継がれていく。見過ごされた世代の困難は、次世代に必ず影を落とします。
就職氷河期、少子化、子どもたちの貧困はバラバラの問題ではなく、連関しています。不安定な雇用の若者が結婚や出産を諦める。生活の困窮が子どもの世代にも影響を及ぼしていく。これらは個人の努力不足ではなく、社会構造の問題です。就職氷河期世代の苦しみは自己責任ではありません。社会の責任です。
にもかかわらず、日本社会では長く「自己責任論」が支配的でした。正社員になれない、仕事が見つからない、劣悪な職場で心を痛め“ひきこもり”になった――こうした若者を「甘えている」と、個人の意識の問題として捉えてしまった。
横浜市で、ひきこもりや不安定就労のお子さんをもつ保護者向けの相談会を開いた際、想像以上に多くの親御さんが集まりました。公務員や教員など、外からは安定して見える家庭でも、子どもの深刻な悩みを抱えていたのです。
ただ、こうした問題が社会的に共有され、政策として形になるまでには時間がかかりました。問題が最も深刻だった時期ほど、むしろ政策化は遅れる。税金を使う以上、「これは皆の問題だ」という認識が広がらなければ、大きな予算がつかないからです。
就職氷河期世代が結婚・出産適齢期を迎えた2000年代、支援は決定的に不足していました。
◇賃金と待遇の引き上げを