企画「キニナルを調べる」では、「居場所のない若者たち」をテーマに、支援団体や識者への取材を重ねてきました。
その中で見えてきたのは、若者の貧困や孤立の背景には、親世代である就職氷河期世代の困難があるという現実です。
貧困や孤立の原因の一つに、「雇用の不安定化」があります。
バブル崩壊後、日本ではなぜ非正規雇用が広がっていったのか。
雇用や労働問題に詳しい社会学者の今野晴貴さんに話を聞きました。(聞き手=中谷光昭、村上進)
◇将来設計を困難にし、少子化を加速させた「就労不安」と「生活苦」
――1990年代初頭のバブル崩壊後、日本の労働環境はどう変わったのでしょうか。
最も分かりやすい変化は、企業による投資が激減したことです。
設備投資だけでなく、人的資源、つまり人材育成への投資も大きく減りました。労働力を安価に抑え、短期的な利益を追求する「人材使いつぶし型経済」へと大きく舵を切ったんです。
ここで留意すべきは、「失われた30年(90年代初頭から続く日本経済の長期低迷期)」といわれる間も、日本企業の業績そのものは決して悪くなかったという点です。
2000年代以降、企業の業績はバブル崩壊直後の落ち込みから回復し、収益は増え、株価も上昇しました。問題は、生み出された利益が国内の発展や労働者に十分還元されなかったことにあります。
では、その富はどこへ消えたのか。関西経済連合会が大学に委託して行った調査によると、企業の内部留保として蓄えられただけでなく、株主配当への傾斜が強まっていたことが分かっています。
本来であれば、その富は、国内のものづくりの基盤強化や、技術力を底上げする人材教育といった分野に循環されるべきでした。
――その流れの中で、企業経営はどう変質していったのでしょうか。
2000年前後の金融ビッグバンによって、企業の敵対的買収が容易になりました。当時、優れた技術や多くの資産を持ちながら株価が割安な日本企業は、投資ファンドにとって格好の標的でした。
彼らが買収後に行ったのは、企業の成長戦略を描くことではありません。例えば、大規模なリストラ計画を打ち出しました。「1万人削減」といった衝撃的な数字を掲げれば、人件費削減への期待から株価が跳ね上がります。
土地などの有形資産も同様です。企業の土地を売却し、目先の莫大な利益を生み出して株主配当に回す。金融ビッグバン以降の資本主義は、今ある資産を切り売りして利益を出し、その瞬間に株を持っていた株主や経営陣が富を独占するというゲームが繰り返されたのです。
このような資産の切り売りは、労働の現場でも顕著な形で現れました。それまで年収600~700万円だった正社員の仕事が、年収200万円の非正規雇用の仕事へと置き換えられていったのです。
「賃金を抑えれば利益は出る」という考え方が、多くの経営者に刷り込まれた。この構造転換がもたらした極めてまずい成功体験が、2000年代の日本企業に深く染みついてしまいました。
◇氷河期世代への投資不足
――2010年代に社会問題化したブラック企業も、その延長線上にありますか。
そうです。就職氷河期の真っただ中で、市場には若い労働力があふれていました。ブラック企業がとった戦略は「正社員で雇う」とうたい、就職難に苦しむ若者を大量に集め、入社後に彼らを過酷な競争にさらすことでした。
正社員にもかかわらず、実際には手厚く育てるのではなく、限界まで働かせ、心身ともに疲弊してパフォーマンスが落ちた者から順に辞めさせていく。この「大量採用・大量消費・大量離職」のサイクルは、人間を「コスト」と見なし、長期的な成長・人材育成よりも短期的な株主還元を優先する経営思想を、日本に根付かせる一因となりました。
――バブル崩壊前から非正規雇用の活用はありました。バブル崩壊後の非正規雇用は、何が決定的に変わったのですか。
日本の非正規雇用の歴史をたどると、製造業では、1950年代から「臨時工」が存在しました。
しかし、高度経済成長期に彼らは正社員として登用されていきます。
変化が訪れるのは70年代以降です。出稼ぎ労働者(期間工)や電機産業の主婦パート、外国人労働者といった、ある種の例外としての非正規活用が広がります。
これらの非正規労働者には共通点があります。それは、当時の政策や社会通念の下では、家計の補助的収入を得る「縁辺的労働力」と考えられ、「日本で技術を身につけ、キャリアを形成していく必要がない」とされていたという点です。
これからの日本を支える若者を「非正規にはしない」という暗黙の了解が、90年代前半までは存在していたのです。
この一線を越えるきっかけとなったのが、95年に日経連(現・経団連)が発表した「新時代の『日本的経営』」という報告書です。この中で、今後の経営戦略として、非正規雇用の拡大を後押しする方針が打ち出されました。
もう一つは、80年代から90年代にかけて進んだマイクロ・エレクトロニクス化とIT化の進展です。工場の作業が自動・単純化され、専門的なスキルがなくても担える労働へと変わりました。
ある教育研究者の分析によると、競争が激しかった就職氷河期世代は基礎学力が高く、学ぶ意欲のある人が多いことが分かっています。その世代に対して、企業は十分な投資をしなかった。
もし彼らに最先端のAIやIT分野のエンジニアリング教育を施していれば、「デジタル敗戦」といわれる状況にはならなかったでしょうし、深刻なIT人材不足も起きなかったでしょう。
彼らの多くを非正規の単純労働に従事させてしまったことは、「国家的損失だった」と言わざるを得ません。
◇非正規の低賃金化の原因
――若者が非正規雇用で働かざるを得なくなったことで、ワーキングプア(働いて収入を得ているのに、生活の維持が困難な人々)の問題が浮上しました。
ワーキングプアという言葉は、日本では2000年代半ば以降、メディアで頻繁に耳にするようになり、社会問題として認知されました。
かつての主婦パートや出稼ぎ労働者は、世帯としての生活基盤があったため、貧困には陥りにくい構造でした。しかし、2000年代以降に非正規労働の主役となったのは、自らの稼ぎで生計を立てなければならない若者たちです。
彼らが若い頃から中高年になるまで、ずっと低賃金・低スキルの労働に固定されてしまった。膨大な若者のエネルギーと人生が、そこに費やされてしまったのが、この時代の特徴です。
――なぜ日本では非正規が低賃金に抑えられてしまうのでしょうか。
海外と比べて労働組合の力が弱いこともありますが、これと関連して賃金制度そのものが違います。
日本の賃金制度には、特定の企業に所属する“正社員のルール”は存在するものの、そこから外れた人々、つまり非正規労働者の賃金を規定する社会的なルールが事実上存在しないのです。
欧米の「職務給(ジョブ型賃金)」とは、社会全体で「この仕事(職務)の価値はいくらか」という基準が制度として定められていることをいいます。
しかし、日本の非正規労働者の賃金は、法律で定められた最低賃金を除けば、各事業所が「いくら出したいか」で独断的に決まっています。
正社員であれば、終身雇用や能力評価といった慣行に守られますが、非正規になった途端、その保護が全くなくなる。正社員という枠から一歩外れると、そこはルールのない無法地帯になる。
だから企業は働き手を正社員から非正規に切り替えるだけで、何の制約もなく賃金を半分にするといったことが可能でした。この歯止めのなさが、1990年代以降の急激な賃金抑制を許してしまった原因です。
例えば、ドイツのマクドナルドでは、学生アルバイトも正社員も、同じ賃金基準が適用されます。雇用形態の違いで賃金が決まるわけではないため、日本のような極端な格差は生まれません。
なぜ、低賃金と雇用の不安定化に歯止めがかからないのか。この構造の背景には、極端に低く設定された最低賃金制度があります。
日本の最低賃金は「生計費」の基準よりも、企業の賃金設計の自由を優先している傾向にあるため、賃金が生活保護基準を下回ることさえあり、ワーキングプアの問題を引き起こすことになったのです。
◇闇バイトにもつながる