連載「駒崎弘樹のAIと未来」でお届けした、脳科学者・恩蔵絢子さんとの対談の前編では、私たちが見過ごしがちな「感情」の意味を見つめ直しました。
では、これからの社会で、感情を読み解き、他者と関わる力をどのように生かしていけばよいのでしょうか。後編では、知識や処理の領域でAIが存在感を増す時代に、人間にしかできないこととは何かを考えます。
■人にしか引き受けられないもの
駒崎 人間の感情知性(EQ)の大切さが問われている時代に、AIは今どこまで人の心に寄り添えるようになっているのか。僕が担当している案件では、行政がこれまで人力で担っていた相談業務に、AIを活用する取り組みを進めています。
LINEのチャットでAIにいじめの相談ができる仕組みを作ったところ、年間で20件ほどだった相談が、導入後には1.5カ月で1500件ほどにまで増えたんです。さらにチャットの内容から、希死念慮のある子どもを早めに察知し、支援につなげることも可能になりました。
AIに感情はありませんが、子どもたちの話し相手となり、結果としてセラピストのような役割を果たしている。人手が絶対的に足りない現代社会では、そこに大きな意味があると思っています。
恩蔵 私自身も、最初はAIを自分のアイデア出しのためだけに使っていたんですけど、多くの方がセラピーのように使っていると知って、私もプライベートな話をするようになりました。
ただ、AIは「何を言ってはいけないか」を学習しているので、こちらを否定せず、ポジティブなフィードバックばかり返してくることがあります。それは本当にいいことなのでしょうか。
肯定されることはもちろん大切です。ただ、人はときに違和感を言葉にしてもらうことで、自分を見つめ直すきっかけを得ることもあります。そうした機会が、人生には必要なのではないでしょうか。
駒崎 確かにAIによって救われている部分はある。でも最後まで残るのは、人間じゃないと解けない課題なんじゃないかと思うんです。例えば、仮に人型ロボットが出てきたとしても、子どもに対して温かく話しかけて遊ぶことは、まだできない。高度な感情が必要な労働は、最後まで残るんじゃないかと思っています。
恩蔵 そうですね。AIがこれからどこまで進むかは読めませんが、本当に身体的な温かさを必要としているものは、やはり置き換えにくいと思います。
AIは知性の側から感情の領域に近づいてきてはいるけれど、人間の不完全さごと引き受けることはできない。迷ったり、傷ついたり、うまく言葉にできなかったり。それでも相手と関わり、自分の発言や行動の責任を引き受ける。そういう、生きていることそのものに結びついた部分が、最後まで残るんじゃないかと思います。
■誰が向き合ってくれたのか
恩蔵 AIが感情の領域に近づいてきたからこそ、逆に「人間だからこその感情」とは何だろう、ということを考えさせられます。やっぱり愛の領域はすごく深い部分だと思うんですよね。