女子学生部の“スタディー(研さん)”のための連載「Let’s Study! ジョガスタ――女子学生部 御書研さんのために」。全8回に分けて開目抄の要文を学びます。今回は、本抄が書かれた背景と大意、題号の意味、第1段(御書新版50ページ1~2行目、御書全集186ページ1行目)の要文を拝します。
題号について
「開目抄」という題号(題名)は、日蓮大聖人御自身によって付けられたものです。
大聖人こそが人々を救う末法の御本仏であることを知らない、誤った教えに執着する当時の日本国の人々の“閉ざされた心の目”を開かせようとの意であると拝されます。
背景と大意
「開目抄」は、大聖人が佐渡流罪中の文永9年(1272年)2月、51歳の時、四条金吾に託して、門下一同に与えられました。本抄は、大聖人御自身こそが、末法の御本仏であることを明かされている、特に重要な御書の一つです。
当時、大聖人は「竜の口の法難」に遭われ、続いて佐渡に流罪されました。佐渡は極寒の地であり、食料も乏しく、念仏者に命を狙われるなど、大聖人は過酷な状況に置かれていました。
また、大聖人だけでなく、鎌倉の門下にまで弾圧は及びました。そのような中で、「法華経の行者であるならば、なぜ諸天の加護がないのか」という疑問が弟子や世間に生じます。
こうした疑念を晴らすため、大聖人は流罪地で筆をとられ、法華経の行者が難を受ける理由について、経文に照らしながら、本抄で明かされていくのです。
御文
夫れ、一切衆生の尊敬すべき者三つあり。いわゆる主・師・親これなり。(新50・全186)
【通解】あらゆる人々が尊敬すべきものが三つある。それは主と師と親である。
解説
本抄の冒頭に記された一節です。ここで大聖人は、あらゆる人々が尊敬すべきものとして、「主・師・親の三徳」を示されます。
「主の徳」は、人々を守る力・働き。「師の徳」は、人々を導き、教化する力・働き。「親の徳」は、人々を慈しみ育てる力・働きを指します。
では、この「主・師・親の三徳」をすべて具えた存在は、誰なのか――このことを明らかにしていくのが、本抄の大きなテーマとなっています。