文化・解説

〈ぶら~り文学の旅 海外編〉80 ユルガ・ヴィレ=文 リナ板垣=絵 「シベリアの俳句」 2025年8月27日

極寒の収容所で少年が見たもの
作家 村上政彦

 本を手にして想像の旅に出よう。用意するのは一枚の世界地図。そして今日はユルガ・ヴィレ(文)、リナ板垣(絵)の『シベリアの俳句』です。
 
 本作はグラフィックノベル。文章と絵による小説です。もっとも、数百年前には、たくさんの絵が入った物語があったので、小説として新しいわけではありません。
 
 ただ、文章だけの小説と違って絵も楽しめるので、ちょっとお得です。
 
 文章を書いたユルガ・ヴィレはリトアニア・ビリニュス出身の作家。リナ板垣は同国で学んだ作家です。
 
 ラトビア、エストニアと並ぶバルト三国の一角リトアニアは複雑な近代史を背負っています。第1次大戦後の1918年、ロシア帝国から独立するのですが、40年にソ連の侵略を受け、その後、独ソ戦争が起きてドイツに占領され、44年にはまたソ連が侵攻し、リトアニア・ソビエトに。90年に独立するまで、ソ連の一国でした。
 
 40年に侵略されたとき、ソ連の統治は歓迎されず、反発するリトアニアの人々は、シベリアの強制収容所へ送られた。
 
 本作の語り手は、父のシベリアでの体験に基づいて書いています。作者が言うには、「ここに書かれていることの多くは本当のことだ。ところどころ、想像も含まれている…」
 
 41年6月14日の夜明け、家の扉が壊される音に驚いた「ぼく」アルギスと家族は、ベッドの下へ隠れた。現れたのは2人のロシア兵と隣のおじさん・ケムシーナス。10分で出かける準備をしろと命じられます。ママは花柄のドレス、パパは一張羅のスーツ。ねえちゃんのダリアは、おばあちゃんの編んだブランケットを羽織りました。辛うじてぼくのペットの、鵞鳥のマルティナスを連れて行くことを許された(のちに射殺)。
 
 ぼくらは近所の人たちと一緒に荷車に乗せられて出発します。そこへ父の妹・ペトロネレおばさんが、籠いっぱいの本を持って現れた。ロシア兵は彼女を乗せて本を捨てた。しかし、服の胸に隠した赤い表紙の本には気付かなかった。それは俳句の本。おばさんは日本が大好きでした。
 
 彼らが着いたのはシベリアの強制収容所。近くの高い塀の向こうには日本兵たちが収容されていました。おばさんは俳句を書いた紙切れを、塀の向こうへ放り投げて届け、日本兵を励まそうとした――。
 
 この物語を読んで胸に染みたのは、俳句という言葉による、排除された者同士のつながりです。五・七・五の十七文字がもたらす人間的な世界。それは極寒のシベリアの流刑地でも、荒み凍った心を慰め温めた。
 
 あちこちで戦後80年という成句を見かけますが、世界ではまだ戦争が続いていて、人間の心は血を流しています。せめて僕らは、傷ついた彼らのための、回復のための言葉を見いだし、届けねばなりません。
 
 【参考文献】
 『シベリアの俳句』 木村文訳 花伝社