ユース特集

【電子版先行】直木賞作家 西條奈加さん 人は未熟なまま、誰かと生きていく 〈スタートライン〉 2026年9月14日

江戸の市井に生きる人々を描いた「姥玉みっつ」文庫版が発刊

 ひとり静かに余生を送りたい。江戸の長屋で暮らすお麓のそんな願いは、幼なじみのお菅とお修が転がり込んできたことで、もろくも崩れる。さらに、お菅が、声が出せない少女を連れてきてしまい、お婆たち三人の暮らしがいっそう騒がしくなって――。直木賞作家・西條奈加さんの時代小説『姥玉みっつ』が好評。このほど文庫化された(潮文庫)。泣いて笑える江戸の痛快小説。作品に込めた思いを西條さんに聞いた。

「匂い」がする物語

 ――冷静で嫌みっぽく、少し優等生気質なお麓。能天気で、自分の手に余ることまで引き受けてしまうお菅。派手好きで、年を重ねても贅沢を楽しむお修。三人をはじめ人間味のある人物が登場します。描く上で大切にしたことは?

 三人は、お婆ちゃんになっても、内面は未熟なまま。ごく普通の人として書きました。きれいな部分だけでは「人間臭さ」がないというか、「匂い」がしないというか……。未熟さや欠点は、人の「匂い」が最も表れるところだと思います。

 誰でも欠点があるのは当たり前。長所も短所も裏を返せば同じもので、見方や現れ方によって変わっているだけだと思います。私にとっては、欠点までうまく描けた人物ほど、その人らしさが際立ち、好きなキャラクターになります。

 ――三人は、互いに遠慮せず、言いたいことを言い合い、悪態をつくことも。そのやりとりからは、お互いが幼なじみならではの心地よさを感じているように思います。

 気兼ねなく、どうでもいいことまで話せる相手がいることは、大切ですね。

 私も仲の良い友人とは、とりとめのないことを長々と話してしまうことがよくあります。でも、内容はすぐ忘れるし、同じことを何度も話したりもする(笑)。それでも、話すこと自体がストレスの解消になり、いろいろな感情の吐露になる気がするんですよね。

交わって広がる世界

 ――その一方で、三人が出会った少女・お萩は、しゃべることができません。彼女が言葉にできない胸の内を『古今和歌集』の一首に託す場面が印象的でした。

 短歌は31音。俳句は17音。私の感覚では、短歌は少し長い分、詠んだ人の気持ちや心境が、より分かりやすく感じ取れます。だから、お萩の思いを描くには短歌が合っていると思いました。

 話すことができなければ、感情を表すには工夫が必要です。お萩にとって、短歌が自分の思いを伝える手段になったのだと思います。

 ――三人のもとに、お萩という子どもを登場させたのはなぜですか。

 年齢を重ねると、子どもと接する機会が少なくなる人もいます。自分に子どもや孫がいれば、身近な存在でしょうけど、そうでなければ、意外と接点がないんですよね。私は子育ての経験がなく、普段、子どもと関わることもほとんどありません。

 街中で子どもの姿を見かけると、不思議とほっとするんですが、同時に、「よく分からない」「つかめない」存在でもあります。

 そんな子どもが三人の暮らしに入ってきたら、どんな変化が起きるのだろうという興味がありました。世代も、育った環境も全く違うお萩との関わりは、三人にとって刺激になり、世界を広げるきっかけにもなっています。

 あとは、単純にお婆ちゃん三人だけだと少し地味だと思いまして。一服の清涼剤のような存在として、お萩に登場してもらいました(笑)。

困ったら頼っていい

 ――お麓には西條さんご自身が重なる一方、お菅はお母さまをモデルにされたのだとか。

 はい、私はお麓寄りの人間でしょうね(笑)。一人で家にいても全く問題ありませんし、独居そのものが悪いとも思っていません。できるうちは、一人で暮らしてもいいと思います。

 そんな私と対照的なのが、お菅のモデルとなった私の母です。母は自分一人だと、どうにもできないことまで引き受けてしまう。そして、できないことは人に頼ればいいと思っているんです。私からすると「なぜ?」ということばかりで、到底理解できません(笑)。

 ただ、当たり前のように他人を頼れるところが、私にはない感覚なので、少しうらやましくもあります。

 ――誰かと支え合って生きていく上で、自ら助けを求めていくことも大事なんでしょうか。

 そう思います。私も一人暮らしですし、単身で暮らす高齢の方も多いですよね。現代は、インターネットですぐに何でも買えたり、いろいろなサービスが整っているので、自分一人で何でもできるような感覚になりがちです。

 とはいえ、年を取ると、体に不調を抱えたり、これまで自分でできていたことが難しくなったりします。また、大きな災害が起きて日常生活がままならなくなれば、いやでも周囲の人と助け合わなければなりません。

 そうなった時に自分から助けを求めるのは、慣れていないと案外難しいかもしれません。私もこれから先は、人の手を借りないといけない場面が増えるでしょうから、意地を張らず、きちんと「助けてほしい」と言える人でいたいと思います。

 そして、何かあった時に頼れる、“ゆるい共同体”のようなものがあるといいかな。私は、密度の濃い関係があまり得意ではないので(笑)。そんなつながりが身近にあれば理想的だなと思います。

庶民の暮らしを描く

 ――西條さんは、江戸の市井の人々を数多く作品に描いてきました。なぜ、庶民の暮らしに目を向けるのですか。

 歴史ものでは、権力者や名を残した人物が記録に残りやすいですよね。私は為政者側の感覚が、どうもピンとこなくて、書いていてもどこか浮ついた感じになるんです。

 それよりも、長屋で暮らすような市井の人々に気持ちを込めやすい。庶民の感覚を描く方が合っていると思います。そして、庶民一人一人の力は小さくても、大勢が集まれば、思いもよらないエネルギーが生まれ、大きな変化を起こすことができる。私はそう信じています。

●編集後記

 取材までの日々、通勤の行き帰りに『姥玉みっつ』を読み進めた。ページを開き物語の世界に入ると、車内のざわめきは遠のいた。体は電車に揺られているのに、心は江戸の長屋で暮らしていた。そんな感覚を伝えると、西條さんは「読んでいる間だけでも、日々のストレスをすっぽり忘れ、楽しんでもらえたら、それだけでいい。物語は、楽しんでもらってなんぼです」と笑ってくれた。

●プロフィル

 さいじょう・なか 1964年、北海道生まれ。2005年、デビュー作『金春屋ゴメス』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。12年、『涅槃の雪』で中山義秀文学賞、15年、『まるまるの毬』で吉川英治文学新人賞。21年には『心淋し川』で直木賞を受賞。ほか著書多数。

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