ユース特集

〈インタビュー〉 つながりの中で支えるメンタルヘルスの視点 新潟青陵大学大学院教授 碓井真史(「第三文明」6月号から) 2026年6月15日

 心の不調が広がる日本の社会にあって「心の管理は自己責任」との風潮は根強い。社会心理学の視点から、心の健康を支えるために必要なこととは――。

努力と自己責任の文化

 日本社会において古くから共有されてきた、「真面目に頑張れば報われる」という考え方は、多くの人の生き方を支えてきた大切な基盤です。しかし近年、その価値観が心の問題にまで及び、「健康も自己責任である」と捉えられる傾向が強まっているように感じます。
 
 象徴的なのが、ケガをしたアスリートの反応です。日本の選手が試合中にケガをして戦線離脱する際、ファンや関係者に対して「申し訳ありません」と謝罪する光景があります。これは日本的な美徳のようにも見えますが、欧米では「懸命なプレーの結果、仕方のないこと」と捉えられ、謝罪することは、まずありません。こうした「不可抗力の不調に対しても責任を感じてしまう」心理構造は、私たちの日常生活にも深く根を張っています。

 もともと日本には、欠点や不調を「お互いさま」と受け入れる寛容な支え合いの感覚がありました。しかし現代では、効率や成果を求める競争社会の中で余裕が失われ、他者のつまずきに対して「本人の努力不足だ」「自己管理が甘い」と厳しく評価する空気が蔓延しています。さらにSNSの普及は、個人の失敗や平均からの逸脱を瞬時に可視化し、匿名性の高い批判にさらされる環境を生み出しました。
 
 こうした社会で、人々は常に「きちんとしていなければならない」という強烈なプレッシャーを感じています。結果として、最も助けが必要な初期段階で声を上げることを阻んでしまっているのです。私たちは改めて、この「真面目さの罠」に気づき、社会心理的な枷を外していく必要があります。

医療だけでは支えきれない

 心の健康を守るためには、医療(精神医学)と心理支援(カウンセリング)の役割分担を正しく理解することが大切です。
 
 精神医学は、主に脳の働きやホルモンバランスの乱れを薬で整える「治療」を担います。一方でカウンセリングは、その人の「人生の悩み」や「生き方」に向き合い、状態を立て直す――いわばマイナスをゼロに戻すだけでなく、予防や自己成長を支える役割を持ちます。
 
 現代では、うつ病や不安障害といった診断名が広く知られるようになりました。しかし、実際には「病気とまでは言えないが健康とも言えない」グレーゾーンの状態にある人が増えています。この領域の問題は、精神医学だけでは十分に対応できません。薬は症状を和らげることはできますが、心の健康そのものをつくるわけではありません。心も体と同じように、十分な睡眠や食事、そして人とのつながりや役割の実感といった「日々の生活の積み重ね」によって形づくられるのです。

 しかし、日本では依然として精神科医療やカウンセリングに対するスティグマ(偏見)が根強く、「怠けている」「心が弱い」と誤解されることも少なくありません。例えば胃の不調であれば気軽に受診を勧められるのに、心の不調になると途端に言いにくくなる――この違いが早期支援を阻んでいます。
 
 近年は、国家資格である公認心理師制度の創設や学校へのスクールカウンセラーの配置が進んだことで、専門的支援のハードルは低くなっています。カウンセリングの現場では、相談者を「弱者」ではなく、困難と向き合い、自らの問題を解決しようとする「クライエント(依頼主)」として尊重します。例えば、いじめを受けている子を「かわいそうな犠牲者」と見るのではなく、困難と戦う「サバイバー」と捉え直すような言葉が、その人の尊厳を回復し、事態を好転させる力になるのです。
 
 重要なのは、医療だけに頼るのではなく、周囲の理解や日常の関わりの中で支えていく視点です。体の病気と同じように、状態に応じて休むこと、支えること、回復に向けて少しずつ動き出すことが必要です。そのバランスを社会全体で共有することが求められています。

自分の役割や価値を実感できる

 心の健康を守る上で最も大切なのは、孤立を防ぐ「つながり」です。専門家による相談窓口の整備も重要ですが、それ以上に、日常に溶け込んだ支え合い、すなわちコミュニティーの力が不可欠です。
 
 災害時の心のケアを例にあげれば、被災直後にいきなり「お話を聞きましょう」とカウンセラーが現れるよりも、まずは毛布や温かい食事を届け、身近な人同士で「生きていてよかった」と声を掛け合う。「安心できる居場所」や「顔の見える関係性」における交流こそが、心のケアの土台になります。
 
 近年では、SNSや生成AIの普及によって、人に直接相談することに抵抗を感じる場合でも、匿名で言葉をやり取りできる環境が広がっています。こうしたツールは、適切に活用すれば心の負担を軽減するきっかけになり得ます。一方で、人と人との関係の中で得られる安心感や、文脈を踏まえた理解を完全に代替するものではありません。カウンセリングが本質的に「関係性の中で言葉を交わす営み」である以上、最終的には人と人とのつながりが重要です。

 また、心理学の視点から興味深いのは、心の健康は「助けてもらう」ことだけでなく、「誰かを助ける(役割を持つ)」ことによっても大きく促進される点です。ボランティア活動をしている人は幸福感や健康感が高い傾向にあることが多くの研究で示されています。
 
 新潟市では、引きこもり状態にある方々が農作業に取り組む活動があります。対人関係に不安を抱えている方でも、自然を相手にした作業には高い集中力を発揮します。そして収穫した野菜を買い物難民となっている高齢者のもとへ届け、「助かるわ、ありがとう」と感謝される経験が、心の健康を守りながら社会とのつながりを取り戻すきっかけとなっているようです。
 
 心の健康とは、単に治療を受けることだけで守られるものではありません。人と人とのつながりの中で、自分の役割や価値を実感しながら生きていくことによって支えられるものです。苦しいときには「助けて」と言えること、そしてその声を受け止める関係性が社会にあることが何より重要です。
 
 専門家による支援を適切に活用しながらも、日常で互いに支え合う関係を育んでいく――そうした「良い町づくり」の積み重ねこそが、一人一人の尊厳を守り、心の健康を支える最も確かな基盤になるのだと考えます。