デジタル企画
【電子版オリジナル】中高年のひきこもり――「生まれてきて良かった」と思える人生になってほしい。 2022年12月10日
ひきこもりの長期化により、80代の親が50代の子ども(当事者)を支える「8050問題」が起きているといわれます。
今回は、間もなく50歳になる息子が、15年以上ひきこもり状態にあるという、お母さん(Aさん、72歳)に会いに行きました。
Aさんは地元で、ひきこもり当事者の「親の会」を立ち上げ、親同士のつながりもつくってきたといいます。当事者家族としての経験を聞きました。
(取材=掛川俊明、宮本勇介)
〈ひきこもりの連載を続ける中で、多くの読者の皆さまから感想のメールやファクスが届いています。Aさんも、その一人。ファクスには、「長男(48歳)が現在もひきこもり中です」と書かれていました〉
ひきこもりは、当事者もつらいし、親もつらい。
もちろん、10人いたら10人とも状況は違います。だから、私の話は、あくまで「うちの場合」です。
年齢が高くなるほど、社会のハードルも高くなるし、ひきこもってる子は「こんな自分が生きていていいのか」って、葛藤が大きくなっていく。同時に、親は「どうしたらいいか分からない」「親が亡くなった後はどうなるのか」と悩みます。
うちの息子は、もともと社交的で明るい性格。海外に短期留学もして、大学卒業後はアルバイトをしながら、バンド活動をしていました。30歳を過ぎて地元に帰ってきてからは、資格の取得を目指すなど、精力的に動いていました。
だから、私もまさか、ひきこもりになるとは思っていなかったし、心構えができていなかったんです。
〈この連載の前回(12月3日付)に登場した、ひきこもり研究者の石川良子さんは、ひきこもりとは「生きることを巡って葛藤しているありさまそのもの」と表現しました。当事者の多くが、そうした“ままならなさ”と向き合い続けているといいます。Aさんの息子は“団塊ジュニア世代”。バブル経済の崩壊後、厳しい就職難にぶつかった世代です〉
息子は、地元に戻ってから交通事故に遭い、自宅で療養しているうちに、ひきこもるようになりました。いろんなことに、希望を持てなくなっていったんだと思います。
その後、一度、アルバイトをしたことがあります。よく働いて、頼りにされていたみたいですが、いわゆるブラック企業で、残業代が支払われなかった。頑張ったのに、また社会から裏切られたような思いだったのかもしれません。「もう信じられない」と言って、バイトは辞めました。
日本は「恥の文化」があって、「外に出られない」「働けない」のは恥ずべきことだという感覚が根強い。だから、ひきこもりの当事者は、自分で自分のことを責め続けます。
それに加えて、親は世間や周囲から「親が甘やかしたから、こんなことになってるんだ」という視線を向けられる。親も自分を責め続けます。相談できる先がないと、親も子も孤立していくんです。
〈2006年、Aさんは地元で、ひきこもり当事者の「親の会」(家族会)を立ち上げました。同じ境遇の親同士が集まって、「“本音”で話せる場所をつくりたかった」と。全国各地で当事者の集いを開いてきた、林恭子さん(10月8日付)も、本紙でこう語っています。「『親を支える』ことも、とても重要です。そこでも、一番いいのは『家族会』だと思っています。同じ悩みを共有できる人同士だと、やっぱり話が通じ合えるので。当事者の家族の方には、ぜひ家族会につながっていただきたい」〉
「親の会」をつくった当初、息子は嫌がっていましたが、私がパソコンが苦手なのを見て、書類作りを手伝ってくれました。
いざ親同士で集まると、皆が外では言えなかった、「子どもが『生きていたくない』と繰り返していて」とか、「リストカットが続いています」といった、“本音”を吐き出せた。親御さんたちのモヤモヤした気持ちを、さらけ出せる場になりました。
親の気持ちが内へ内へと、こもっていくと、子どもは「私のことで悩ませている」と、罪悪感を抱くんです。だから、親同士で気持ちを吐き出して、親が“生き方のリフレッシュ”をできる場所が必要でした。
こうした各地の家族会の連合体が、唯一の全国組織である「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」です。56の支部があって、ほとんどの都道府県にあります。悩んでいる人には、家族会という居場所も使ってみてほしいと思います。
(※「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」の情報については、記事の末尾に記載)
でも、親は“親の立場”でしか、子どものことを考えられない。だから、子どもにどう接していけばよいかを学ぼうと思って。毎月の定例会に専門家を呼んで、勉強しました。
例えば、子どもは、親が自分のことを受け止めてくれると分かったら「トラウマ返し」をし始めるということ。「あの時、親が○○したことが苦しかった」と、過去のトラウマを親にぶつけてくるんです。
この時、たとえ親の思いとは違ったとしても、子どもの怒りを否定せずに、「傷つけてしまって、ごめんね」と受け止めることが大切だと教わりました。それができたら、「トラウマ返し」がうまくいったということになるんです。
私はよかれと思って、息子が子どもの頃、進学先などのレールを敷こうと頑張りました。ひきこもるようになってから、息子は「それが嫌だった」「俺の人生を返してくれ」と言いました。
私自身、「トラウマ返し」を学ぶ前は、どうしても「いや、それは違うよ。お母さんはね……」と、否定してしまいがちでした。
あとは、ひきこもりの回復に「きょうだいを巻き込まない」こと。
家にひきこもっていることに、きょうだいから「いつまで迷惑かけるつもり?」なんて言われたら、世界のどこにも居場所がなくなってしまう。険悪になって、さらに悪い状況になりかねません。本人が一番、「自分はふがいない存在だ」と感じている。あえて、きょうだいが言う必要はないんです。
専門家の知見を学ぶと、親だけでは分からなかったところまで、視野が広がりました。「ひきこもりの支援のゴールを『就労』にせず、まずは心のケアが大事」と知りました。
〈社員のほとんどが、ひきこもり当事者であるという会社をつくった佐藤啓さん(10月15日付)は、こう語っています。「親としての願いが強くなりすぎて、『あなた(子ども)のため』が『私(親)のため』になってしまうことが、しばしばある」。Aさんも、それを実感してきたといいます〉
毎月の定例会で、いろんなことを勉強しました。でも、やっぱり親も生身ですので、頭では分かっていても、なかなか実行できない。できても、長続きしない。1回、2回はやれても、すぐ元の親に戻ってしまいます。
親ですから、「良い」と聞いたことは、もう一通りやっているんですよ。ありとあらゆる対応をしてみて、それでもダメで行き詰まって、親の会に来ている。
ある時、定例会に来てもらった専門家の先生が、「“治そう”としないで、“分かろう”とすることですよ」と言っていました。親の価値観を、子どもに押し付けるんじゃなくて、「何を考えているんだろう」「どんな気持ちだろう」と考えるようにして。でも、それが“自分のもの”になるまでには、本当に時間がかかります。
それに、子どもは親が思っている以上に、ものすごく繊細なんです。他から言われたことをそのままやっても、すぐに見抜かれてしまう。本当に心の底から、そう思っているのか。親の心を見透かしているんですね。
私も親の対応として、まずいこともたくさんやって、いっぱい失敗してきました。親が「トラウマ返し」をしっかり受け入れられたら、良くなることも多いといわれます。でも私自身は、何度それをつぶしてきたか分かりません。
ずっと「これは長期戦になる」と思ってきました。長期戦だから、親が勉強しないと、こちらがくたびれてしまいます。何度も何度も繰り返しながら、私自身も変わってきたと思います。
〈この連載の初回(9月10日付)では、ひきこもりの当事者だった男子部員のお父さんが、「(本人は)じっとしているようで何かを考えている。動いていないようで心は動き続けている」と語っていました。Aさんも、そうした小さな変化を感じるといいます〉
ひきこもりは、本当に人それぞれで、自分の部屋から出られない人や、何年間も散髪しない人もいます。
それでも、子どもには変化があるんです。階段を下りる音が、いつもよりちょっと早いな、とか。小さなサインがある。その時にちょっとだけ良い刺激をできるように、と思っています。
6年前、息子は「全てに希望が持てなくなった」と言いました。
カウンセラーの先生からは、「企業勤めはできないと思います。起業など、自分だけでできることを考えた方がいい」と言われて。
親ですから、今もどこかで、「いつか社会生活に戻ってほしい」と思っています。親の会でも、設立からずっと参加し続けている方が多い。長期にわたると、親も本当に苦しいです。
それでも、辛うじて気持ちを前に向けられるのは、私の場合は、やっぱり信心のおかげです。
今の状況で“喜び”を感じるのは難しい。それより、いかに“しんどさにめげないか”ですかね。そんな気持ちを持続させてこられたのは、いろんな人の信仰体験を聞いて、「希望を捨てたらダメだ」と思えたからです。
毎日、聖教新聞を読んで、心に響いた記事は切り抜いて、ノートに貼っています。
親ができることは、先回りせずに「信じて、待つ」ことだと思うんです。それができた時、お互いが少し楽になる。荒れたり暴れたり、たとえネガティブな反応でも、「ため込まずに出せてよかった」と捉えるようにして、そうしたくなった本人の気持ちを考える。
一般常識だけで向き合ったら、どんどんキツくなります。私の場合は、御本尊に思いをぶつけられるから、まだいいです。
〈「8050問題」は、すぐに90代の親が60代の子を支える「9060問題」になっていくといわれます。Aさんも長い時間を経験してきています。最後にAさんは、親の会の会長を終えた時に、息子から言われた一言を教えてくれました〉
普段は、冗談を言い合うことも多いですよ。仕事や将来の話、同級生の活躍とか、そういう話題はNGですけど、今だったらサッカー(ワールドカップ)の話で盛り上がります。
ひきこもりには「定型がない」と言われます。息子の場合は、コミュニケーションを取ること自体は、苦じゃないみたい。今は、たしかに動けないかもしれない。でも、動きたくないんじゃなくて、本当は動きたいのかもしれないって感じます。
ひきこもりが、多くの人が悩む社会的なテーマになっているということは、これが今の社会の最先端の課題なんじゃないですかね。
ある時、学会の先輩が「息子さんは『問題児』じゃなくて『革命児』ですよ」と、言ってくれました。息子は、より良い社会に変わっていくために必要なことを気付かせてくれる存在なのかも。今は、そんなふうに思っています。
親は、「子どもが苦しんでいるのに、私が楽しそうになんてできない」と思ってしまいます。でも、親が苦しそうにしていると、子どもはそれを敏感に察知する。親が明るい方が、子どもにとってもいい。もちろん落ち込む時もありますけど、私がふっと楽になれるのは、学会の皆さんがいてくれて、孤立していないから。
親の会を立ち上げて、会長を10年やりました。
最初は嫌がった息子も、いろいろ手伝ってくれて。会長を交代した時、息子が言ってくれました。「これで、俺たちの使命を終えたな」って。
息子には言いませんけど、私の中では「希望は捨てない」と決めてます。この子にとって、何が幸せか。今は「待つ勇気」だと思っています。
ひきこもりは、10年があっという間にたつ。私にできるのは、子どもの中でエネルギーがたまっていって、「やってみようかな」となるのを信じて、待つこと。
「生まれてきて良かった」と思える人生にしてあげたい。それだけは変わりません。
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ファクス 03-5360-9470
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●次回は、来年1月中旬ごろ配信予定。
【KHJ全国ひきこもり家族会連合会】
日本で唯一の家族会(当事者団体)の全国組織。全国各地に56の支部があり、情報誌KHJジャーナル「たびだち」を発行している。ホームページは以下のリンクから。
https://www.khj-h.com/