企画・連載

〈時評 いまを読む〉第2回 理念貫く「中道政治」を今こそ 慶應義塾大学 井手英策教授 2026年1月24日

 混沌とする世相。国際秩序の揺らぎや分断の深まりが重なり、先の見えない状況が続いている。
  
 「時評――いまを読む」の第2回は、慶應義塾大学経済学部の井手英策教授。
 井手教授は財政学者で、「ベーシックサービス(税を財源として、全ての人々に、教育、医療、介護、子育て、障がい者福祉などを無償提供する)」の提唱者である。
  
 国際情勢の流れを踏まえつつ、日本政治が直面する課題、中道政治の意義や可能性について、井手教授の論考を掲載する。

 ●中道政治とは――
 ・生命の尊厳、人間性尊重に立脚する
 ・信頼と調和による新しき社会の建設
 ・真の民主主義を実現する
 ・個人の幸福と社会の繁栄を一致させる
 ・「戦争なき世界」恒久平和を実現する
 池田先生の『政治と宗教〈新版〉』(潮出版社)

●ポイント① 経済成長のために 人間が手段のように 扱われている社会

  
 日本経済がバブルに沸き立っていた1989年12月、米ソ両国の首脳が東西冷戦の終わりを確認した。
  
 社会が生む不平等と差別をなくそうとする左派。自由な競争と自国の伝統を社会の土台に据える右派。両者の区別が少しずつ曖昧になる中、世界政治は「中道化」した。
  
 思想と理念なき世界の到来。その隙をついて広がりをみせたのが、経済の自由が富を生み、万人を豊かにすると説く「新自由主義」だった。
  
 その圧倒的な影響力の前に、アメリカのクリントン大統領やイギリスのブレア首相ら中道の政治家も、市場での競争が富の増大につながることを認めるしかなかった。
 中道政治が新自由主義にのみ込まれると、世界中で賃金が頭打ちとなり、所得格差がじわじわと広がり始めた。
  
 市場経済――そこでは人間の価値は「収入の大小」で決められ、雇用の非正規化を通じて「人間の非人間的な使用」が横行した。
 だが新自由主義にも歴史の審判がくだり、サブプライム問題と、これに続くリーマン・ショック、欧州債務危機によって限界があらわになった。
  
 日本も含め、世界では次々と新たな中道政権が誕生した。彼らは慌てて財政を出動させ、火消しを試みた。
  
 だが当時の中道政治にとって、財政は経済危機を見えなくするための道具でしかなかった。
 危機が落ち着き、財政赤字が問題になると、財政支出は急激に減らされ、経済格差は再び拡大を始めた。
  
 同じ時期に、移民や難民の流入が欧州各国で加速した。2010年代になると住居費が急速に上がり、低賃金労働を外国人に奪われる人が続出した。
 人々は「中道政治の失敗」に失望した。外国人を追い出せ、財政を動員して格差を縮小せよ、という声が世界で沸き起こった。極右と極左のポピュリズム。世界は再び左右に引き裂かれた。

●ポイント② 不安定な政治 極端主義を正す 中道の「新しい旗」

 新型コロナウイルスによるパンデミックは、これに拍車をかけた。
 各国で空前の財政出動が行われ、ポピュリズムの勢いがさらに増すと、パンデミックが収まった後も財政規模は高止まりした。
 ドナルド・トランプが再登場したアメリカだけでなく、厳格に財政を運営していたドイツでさえ、政府債務の増大を受け入れるしかなかった。
  
 中道政治の失敗は、ポピュリズムの温床となった。
 新自由主義が流行すれば市場の競争を受け入れる。経済が混乱すれば大衆の要望を丸のみにする。財政赤字の恐怖におびえると財政を容赦なく縮小する。
 風見鶏のような政治。それが中道政治の実態だった。
  
 日本経済に目を転じよう。バブル崩壊後、企業は生産設備を海外に移動させ、国内の需要と消費を縮小させた。
  
 IT化、最近ではAI化によって安価で仕事ができるようになり、実質賃金が低迷。1990年代半ば以降、人々の所得は減少を続け、直近ではアメリカの4割以下にまで所得水準が落ち込んだ。
  
 他者との競争におびえ、自分と家族の生活を守ることに必死になった私たちは、他者への優しさ、モラル、冷静さを少しずつ失っていった。
  
 “外国人出ていけ”という非難の声は、日ごとに、その過激さを増し、「日本人ファースト」を訴える極右政党の台頭を許した。
  
 政治家や学者までもが「いくら借金しても財政は破たんしない」と公然と語るようになった。
 国の債務は雪だるま式に増え、国債価格の暴落が現実味を帯び始めている。
  
 防衛予算も急速に膨らんだ。ロシアのウクライナ侵攻を受け、予算の対GDP比率を倍増することが一部野党も賛成に回って決まった。
 その後、高市早苗首相は、台湾有事発言で中国との関係を悪化させつつ、防衛予算の倍増を前倒しする決定をくだした。
  
 日本の政治は、明らかに不安定化した。だが、こうした状況をつくりだした原因は、「中道政治」が失敗してしまったことにある。

●ポイント③ 医療・介護・教育など サービスの無償化が ベーシックサービス

  
 自公政権も民主党政権も、幅こそあれど、いずれも左派政権、右派政権ではない。
 これまでの中道政治は人々の生活不安を安心に変えることができなかった。
  
 中道政治の失敗が「極端主義」がつけいる隙をつくってしまった。この残酷な現実と向き合い、これまでの中道政治に代わる新しい旗を立てなければ、日本社会はもたない。
  
 私のこんな危機感に鋭く反応してくださったのが、本物の中道政治を模索していた公明党、そしてそれを応援する創価学会の皆さんだった。
  
 正直に言うと、最初は不思議な気持ちだった。だが私の本を読み、私の考えを大切にしてくださる方々が次々と現れた。そんな人たちの思想を学ばないのは不義である。
 学会員の思想の源に触れたいと思った私は、池田大作氏の著作を手に取ることにした。
  
 そこで出あった一冊が、1969年出版の『政治と宗教〈新版〉』。同書には「中道政治の本質」という項目があり、こう書いてあった。
  
 中道政治は「あくまでも生命の尊厳、人間性尊重に立脚する」「信頼と調和による新しき社会の建設をめざす」「真の民主主義を実現する」「個人の幸福と社会の繁栄を一致」させる、「『戦争なき世界』恒久平和を実現する」。
  
 ひざを打つ思いで、何度も読み返した。そして確信した。中道政治が間違っているのではない。理念なき中道政治が社会を壊したのだ、と。
  
 私はこれまで「ベーシックサービス」を無料にする政策を提案してきた。これは、医療や介護、教育、障がい者福祉といった、誰もが必要とする・必要としうるサービスを、所得制限なしで全員に提供するという政策だ。
  
 ただ、ひとつ条件がある。それは、ベーシックサービスの無償化にかかるお金は、きちんと税金で集めなければならない、という原則だ。
  
 片っ端からサービスをタダにするだけなら、バラマキと変わらない。未来の安心を手にするために痛みや苦しみを税で分かち合う。同苦と自他共の幸福の調和。私の思想は公明党や学会の皆さんと、とても近いものだった。
  
 だが、日本社会では、税への反発が強い。もう少し説明を加えないと、読者の皆さんも納得されないはずだ。
  
 もし、「税のない世界」であったら、道路、水道、図書館、自衛隊だって自分でつくらなければいけない。医療や介護の自己負担も10割だ。まさに究極の自己責任社会が誕生することになる。
 税を安くすればするほど、自力で貯金をし、病気・ケガ・失業・老いのリスクに自己責任で備えなければならない。このことに気づくと、「税=負担」ではないことが判然とする。
  
 医療を例に挙げると、私たちは、病院で1割から3割の患者負担を払っている。
 もし税で医療をタダにできれば、病院に払うお金がいらなくなる。社会全体でみれば負担は増えていないのに、命を守る医療を心配なく受けられる社会が生まれる。これが税の力だ。
  
 分かち合い、支え合いの領域を広くし、みんなが安心して生きられる社会に変える。これが税とベーシックサービスの基本的な考え方である。

●ポイント④ 人の尊厳を重んじる 対話に基づいた 民主主義を大切に 

 私は、とても貧しいひとり親家庭で育った。だから、一方的に「助けられる」ことの悲しみを知っている。
 母は、借金まみれの命がけで私に教育の機会を与えてくれた。彼女のもとに生まれる「幸運」がなければ、今の自分は存在しえなかった。
  
 だから、あえて言いたい。
 ベーシックサービスが重んじるのは「生命の尊厳」だ。もし医療や介護、教育が無償化されればどうなるだろう。医療扶助や介護扶助、教育扶助といった、生活困窮者に限定した「生活保護」がいらない社会に変わる。
  
 私の提案する「弱者を救うのではなく、弱者を生まない社会」とは、「救済されなければならない人たち」をできるだけ少なくし、人間の尊厳の平等をどこまでも守るために知恵をつかう社会である。
  
 これまでの財政論議では、一方に、国民の生活を犠牲にしてでも財政を健全化したい人たち、自己責任で生きていくことを美徳だと考える人たちがいた。いわゆる右派である。
 もう一方には、いくら借金をしても大丈夫だから、貧しい人たちにお金をあげて助けてあげようという人たちがいた。左派である。
  
 だが、この二つの「極」を包含する正しい道、過不足がなく、理にしたがった、「道に中る」ことこそが、真の中道ではないだろうか。
  
 「生命・生活・生存」にとって不可欠なものは何か。必要を満たすための財源をどうするか。私たちは人としての尊厳を重んじる。だからこそ、借金に安易に頼ることなく、対話に基づく民主主義を何よりも大事にする。
  
 私たちは、「弱い立場に置かれた人たち」を放置しない。救済される屈辱が心に刻まれる状況にもしない。税を使いこなし、自他共の幸福を調和させ、誰もが堂々と病院に行き、学校に行き、介護サービスを利用できる社会を創造する。
  
 人間は手段ではない。目的だ。人間の扱いを所得ごときで変えさせてたまるか。生まれた時の運・不運で人の一生を決めさせてたまるか。この叫びにも似た思想こそが、私にとっての「中道」であり、その仏法的な表現を、私は学会の皆さんの思想と行動の中に見いだしたのである。

●ポイント⑤ 一人の人間革命から 否定と分断ではなく 普遍と創造の政治へ

 恩師である神野直彦先生(東京大学名誉教授)は、人間の希望は「人間」であることを私に教えてくださった。私もまた、人間の力を信じているからこそ、率直な思いを皆さんに伝えたい。
  
 私は自公政権を否定しようとは思わない。以前、池田氏の『法華経の智慧』を読んだ私は、「報恩」を尊ぶ学会の皆さんの一途さを知っている。
 いくら公明党が政権から離脱したとはいえ、これまで語り合ってきた仲間と距離を取るような不誠実な行動は、自分に許さない人たちばかりであろう。
  
 だが公明党は、とうとう次のステージに足を踏み出す決断をした。新党「中道改革連合」の結成。新たな政治の幕が開かれた。学会員の皆さんの対話のステージもさらなる高みにのぼっていくだろう。
  
 個人的な思いを語れば、新党の衆議院選挙の公約において、食料品の消費減税を主張することは、責任ある財政を行う上で、大きな課題を残したものと言わざるを得ない。
 減税に終始することは「お金をあげるから、あとは自己責任で生きてください」と言っているに等しいからだ。
  
 しかし、いま政治が問うべきは、個々の政策の良しあしを検討しつつも、その根底にある理念に裏づけられた「中道政治」が支援者の心を捉え、大輪の花を咲かせられるかどうかである。
  
 新党の綱領では、「生命・生活・生存を最大に尊重する人間主義」を正面に掲げ、「人間の尊厳を守り抜く政治」と「極端主義」に立ち向かう決意が示されている。
  
 それだけではない。「弱者を生まない社会」を目指し、「ベーシックサービスを充実」させると明記された。私と学会員の方々をはじめ、心ある人々の思想が一体となった、中道の名にふさわしい政党の誕生だと感じている。
  
 聖教新聞紙上の「未来対談」を通じて、私は学会の青年世代の皆さんに、いっそう主体的に、自信をもって政治に関わっていくべきだ、と訴えた。この思いを今、全ての学会員の皆さんに届けたい。
  
 池田氏は、人間革命によって精神的、内的な自由を手にし、それが社会の宿命転換へつながると説かれた。一人一人の内面の自由が原動力とならなければ、政治の世界で生命力や慈悲の心が育つことはなく、人間が主体性を確立し、自己を発揮する条件も整わない、そう教えられた。
  
 「立正安国」とは、権力者が平和な国をつくることではない。一人一人が胸中に正しい哲学を立て、その精神の変革が波紋をおこし、結果として社会に安穏がもたらされる、それが皆さんの思想だと私は考えている。
  
 こうした思想をベースに、ボトムアップの社会変革を成すことが、新しい政党のあるべき姿だ。正しい「中道」の理念に支えられ、仏法をよりどころとした自分たちの言葉で、学会の皆さんが生き生きと政治に関わる。政治家の皆さんは、その信念と情熱に背中を押してもらいながら、税のあるべき形と向き合う連帯の社会を構想する。
  
 「否定と分断の政治」から「普遍と創造の政治」へ。皆さんへの期待――いや、皆さんの責任は、とてつもなく大きい。私はそう感じている。

  
 いで・えいさく 1972年、福岡県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。日本銀行金融研究所、横浜国立大学などを経て、現在、慶應義塾大学経済学部教授。専門は財政社会学。『ベーシックサービス』(小学館)など著書多数。

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 ●次回は、立命館大学の富永京子准教授の論考を掲載する予定です。

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