信仰体験
〈Seikyo Gift〉 また会えますように 特別な今に心を込めて〈信仰体験〉 2026年3月28日
【東京都立川市】ピュアで真っすぐな人だ。一藁千裕さん(42)=副白ゆり長=は、いつでもどこでも全力投球。自身が営む美容院「rondine」では、ついついお客の話を聞き過ぎて、レジ前で30分が経過していることも。「1個のことしかできなくて」と照れ笑いする一藁さんは、ただ不器用なだけではない。「今」に全力を注ぐ理由がある。
たかが髪の毛、されど髪の毛。人生を共にする“友”でもある。
毛髪科学を重視する一藁さんの美容院は「どこに行ってもダメだった人専用」と掲げる。
髪の体力がなく悩んでいたお客は「20年ぶりにロングにできた」と声を弾ませてサロンを後に。抗がん剤治療を乗り越えたお客は「初めて思い通りの髪形になりました」。
そんな言葉を聞いた一藁さんは「大好きな仕事で、ハッピーをシェアできるなんて最高です!」と喜びを爆発させる。
美容師の夢を描いたのは、東京創価小学校6年の時。テレビに映るカリスマ美容師に魅せられた。創立者・池田先生が語る「だれでも、何かの天才である」とのエールが、そのまま一藁さんの自信になった。専門学校に進み、2004年(平成16年)に美容師の一歩を踏み出した。
「軍隊みたいな縦社会のサロン(笑)」で怒られ続けても、夢があるから「楽しくって仕方ない」。「3倍努力」をモットーに一人で黙々と技術を磨き、たまの休みも毛髪科学の講習へ。努力が実り、スタイリストとして働いた三つの店舗全てで「指名数ナンバーワン」を獲得した。
27歳の時、同じ店で働いていた夫・竜さん(44)と共に、美容院をオープン。海外から帰国のたびに通うお客など、予約が途切れない店になった。
結婚から5年後には待望の長女・咲茉さん(9)=小学4年=を授かり、「ただただ幸せな毎日でした」。
ところが18年6月、保育園に通う咲茉さんが、まひを起こして歩けなくなり、救急搬送された。
検査結果は、指定難病の「もやもや病」。脳へ血液を送る動脈が細くなり、血流不足をもたらす病で、脳梗塞を起こしているとのこと。医師から「開頭手術が必要」と告げられた。
“そんなこと、いきなり言われても……”
娘はまだ2歳3カ月。心が追いつかない。
さらに、医師が続けた言葉が衝撃だった。
「今後、症状を起こさないために走ってはいけません。風邪もいけません」。極め付きは「泣かせてはいけません」。
娘は、イヤイヤ期の真っ最中。突然の宣告と無理難題が、目の前をふさいだ。
一藁さんは御本尊の前に座ったものの、涙が止まらない。祈っても祈っても「恐怖が追いかけてくる」。前を向く勇気をくれたのは池田先生が創価学園生に贈った言葉だった。
「どんな厳しい困難にぶつかっても、断じて負けてはならない」「私は、何があろうと、学園生を信じています。皆さん方を信じています」
“絶対に大丈夫と決まってる! 咲茉を泣かせないために、私はもう泣かない”
娘と付きっきりの闘いが始まった。
毎晩のように“夫婦会議”を行い、翌日の「咲茉が泣きそうなピンチの時間」を確認。未入会の夫と共に、祈りを合わせて一日を出発した。「笑って過ごすこと」が、家族のテーマとなった。
母娘の激闘は、息つく間もなく続いた。
診断から1カ月後、咲茉さんが左脳を手術。直後に一藁さんは次女・虹湖さん(7)=小学1年=を出産し、翌月には咲茉さんが右脳の手術を受けた。手術は、合計15時間に及んだ。
それからも、予断を許さない状況が続いたが、隣には常に助けてくれる人がいた。
従業員が家族のように娘の面倒を見てくれ、店も守ってくれた。創価学園時代の友人とその両親は、家を訪れて食事を作り、心を軽くしてくれた。
咲茉さんは大きな後遺症もなく過ごすことができた。
19年(令和元年)、一藁さんが久しぶりにハサミを握ると、お客が「おかえり」と笑顔で迎えてくれた。
2人の娘は、「元気過ぎるくらいに」成長し、仲良く小学校に通っている。
「祈りのパワーはすっごいですよね!」
“信じ切る力”を得た一藁さんは、以前にも増して、お客に全力投球。ずっと夢に見てきた業界誌に掲載されたほか、美容師の講師も務めるように。
店では、髪の悩みだけではなく身の上話にも耳を傾ける。ついつい聞き入っていると、隣でハサミを握る夫が“またかよお”という顔で、半ばあきれた様子。“いけない、いけない”と一藁さんは手を動かすが、目の前の一人のために、できることは何でもしたい。
「“今”が特別な瞬間なんだって娘が教えてくれたから」
店名の「rondine」は、ツバメを意味するイタリア語。“海兵が無事に帰って来られたらツバメのタトゥーを入れた”という話に心を打たれ、名付けた。
“何事もなく、また会えますように”
決して当たり前ではない今に感謝し、一藁さんはこの瞬間に全力を注ぎ続ける。(1月19日付)