聖教ニュース(紙面)

マカオSGIが記念大会 マカオ広布60周年 池田先生の初訪問35周年(1面から続く) 2026年10月19日

「信義」貫き広布を拡大

 余錦培副理事長は、師の誓いをわが誓いとする師弟不二の道を貫き、マカオ広布の新時代を開こうと訴えた。
 永石SGI副理事長は、垣根なく人々の仏性を信じ抜き、仏法を広めた池田先生の闘争に言及。「蓮華島」とうたわれたマカオから、いかなる逆境にも屈しない慈悲の対話で世界平和をリードしようと語った。
 谷川同理事長は「異体同心事」の御聖訓を拝し、深い敬意で結ばれた団結で、師匠から託された人類の宿命転換にまい進しようと述べた。
 原田会長は、池田先生が1997年2月の香港・マカオSGI合同最高会議の席上、「『信義』こそ、人間社会を支える土台である」と語ったことに触れ、先生自身が誰よりも信義を重んじたことで、世界中に深い友情のネットワークが築かれたと強調した。
 また、かつて池田先生が青森の一人の女子中学生と交わした“小さな約束”を守り、八戸に駆け付けたエピソードを紹介。先生が同志一人一人との信義を守り抜いたからこそ、今日の学会の大発展があり、アジア広布・世界広布の実相も、先生が示した一対一の信義を貫く中にあると力説した。
 最後に、尊敬と信頼の絆を着実に広げながら、団結固くマカオ広布の勝利を打ち立てようと呼びかけた。

マカオに刻まれた師の心

 池田先生がマカオを初めて訪れたのは1991年1月30日。マカオ・東亜大学(現・マカオ大学)から、同大学初の名誉教授称号を受けるためだった。授与式での記念講演で先生は、マカオが16世紀以降、ポルトガルの東洋貿易の拠点となり、東西を結ぶ交流の要衝であった史実などに触れて、「マカオの存在は、異なる文明・文化の共存、ひいては人類の調和を考える貴重な先例として、ますます大きな光彩を放っている」とたたえた。
 この場に参加していた同志は述懐する。
 「当時のマカオは今の発展とは程遠く、未来性がない社会のように感じていました。先生の深い洞察の言葉に、マカオで生きる希望と使命を見いだしました」
 別の友は「97年に香港の中国返還があり、2年後の99年にはマカオの返還を迎える不安な時でした。先生から、どれほど私たちが勇気づけていただいたか計り知れません」と振り返った。
 メンバーの心に深く刻まれたのは、講演の模様だけではない。行事の合間に「多謝(ありがとうございます)」「ご苦労さま」と、陰で支える人たちをねぎらう姿や、大学関係者との記念撮影の際、“皆さまもご一緒に”とマカオの同志に呼びかける様子――。多くの同志が、分け隔てなく人々を包み込む師の振る舞いを目に焼き付けた。
 この時、「先生のように生涯、周囲に希望を送り続ける存在になろう」と誓ったという友は現在、マカオの中心的なリーダーとして広布をけん引する。
 先生の滞在は数時間だったが、師との出会いをきっかけにマカオ広布は大きく前進。先生の初訪問から約2カ月半後には、マカオ地区が支部に発展し、95年にはマカオ本部が発足した。
 同年11月には、先生の2度目のマカオ訪問が実現。先生は、マカオ大学から日本人初となる「名誉社会科学博士号」を受けたほか、マカオ市政庁を表敬訪問した。
 マカオが中国に返還された(99年12月20日)直後の2000年2月、先生は「マカオの新時代」と題した随筆を発表。その中にはこう記されている。「いかなる時代に変わろうと、いかなる社会に変動されようと、私というものは、変わらない。金剛不壊の人生を歩む」「出発しよう、新しき千年の大海原へ! マカオの希望の船の、誇り高き航海者として、民衆の心と心を結ぶ、大いなる旅へ!」
 マカオの友は、使命の天地に幾重にも刻まれた師の心を確かめ合い、初訪問35年の節目から、麗しい人間主義の連帯を広げる新たな挑戦を開始する。