企画・連載
〈はなさんキャラトーク〉 2025年11月15日
本紙で好評連載中の漫画「はなさん」の登場キャラクターが過去掲載回を取り上げて深掘りする「はなさんキャラトーク」。第15回は、主人公の矢島地区部長と、女性部・高田さんの友人で学会員ではない鈴村さんに語り合ってもらいます。テーマは「座談会」。
鈴村さんは「はなさん」のレギュラーメンバーの中で唯一の未入会の方です。鈴村さんの鋭い洞察力には、いつも多くのことを学ばせてもらっています。
恐縮です……が、今日も非会員として気になっていることを一つ聞いてもいいですか。
もちろんです! ただ、お手柔らかにお願いしますね(笑)。
学会の座談会の「座談」って、いわゆる世間的な意味での「座談」とは意味が違いますよね?
意味? というと?
私、国語辞典を眺めるのが趣味なんですけど、私の手元にあるものには「座談」の意味がこんなふうに書かれてあるんです。「数人の人が、すわったままで形式ばらずに話し合うこと。また、その談話」と。そして「座談会」はこう説明されています。「人々がある問題を中心にして、形式ばらない状態で話し合う会合」――。
三丁目地区の座談会って「数人」ではないし、司会者がいたり、式次第があったり、どちらかというと「形式」にのっとって行われていますよね?
そう言われると……確かにそうかもしれません。近頃は未来座談会や青年座談会と銘打ったりして、なるべく形式ばらない座談会を目指してはいるのですが、いざ企画や運営をしてみると、なかなか手が回らなかったり、アイデアが浮かばなかったりで、難しい面もありまして……。
理想と現実にギャップがあるなら、課題を可視化して少しずつでも改善していかないとね! そのヒントがまさに「数人」と「形式」というキーワードにあると思うんです。
同じ国語辞典で「数人」を引いてみると「三~四人、五~六人ぐらいの人数をばくぜんとさしていう語」とあります。卑近な話ですけど、これには実感があります。会社の食事会とかに行くと、皆でゆっくり話ができる人数の限界って、まさに「数人」なんですよね。7人とか8人とかになってくると、誰かがずっと聞く側にまわったり、座る位置によってグループに分かれたりするんです。
池田先生は少人数の会合の重要性を繰り返し強調されていました。有意義な座談のために物理的な人数を検討するというのは確かに重要かもしれませんね。たとえば、地区単位であっても、いくつかのグループに分けるといった工夫もできるはずです。
「形式」に関して私が思い出すのは、過去に自然災害の被災地で経験した傾聴ボランティアです。相手が胸襟を開いて思いの丈を語ってくれるようになるためには、ある程度の時間と“聞いてもらえている”という実感が大切だと思います。順番が回ってきたから話すとか、5分や10分といった決められた時間で話すとか、形式の中で話しているうちは、なかなか心が通ったコミュニケーションにならない気がするんです。
今のお話を聞いて私が思い出したのは、今年8月に欧州青年研修会に参加された梁島SGI男子部長が、ことあるごとに話されているイタリアの座談会についてです。イタリアの座談会はなるべく少人数で開催され、なおかつ式次第がないというのです。理由はまさに胸襟を開いて座談をするためです。
座談会に限らず、これまで長らく続いてきた慣習を変えるのには、とても大きな労力が必要です。これまでと違うことをやって参加者に満足してもらえない可能性だってあるわけで、改革には常にリスクも伴う。だけど、だからといって何も変えなければ、座談会が形骸化してしまう可能性だってあると思います。
学会にとって座談会は生命線であり、その最前線は地区だと自覚しています。今この時に座談会に改革をもたらすことができなければ、わが地区の未来はない――。その覚悟をもって毎月の座談会に取り組んでいきたいと思います!
次回は11月22日(土)付で漫画の予定です
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