聖教ニュース

〈メキシコ総会から〉 池田先生とメキシコ 2026年3月12日

 「今、(戸田)先生の『分身』が、まいりました」――池田先生はメキシコを初訪問した時の思いを、こうつづった。
 
 メキシコは、第2代会長・戸田城聖先生が逝去直前、夢に見て“行ってみたい”と池田先生に語った憧れの天地である。恩師の思いを抱き締め、池田先生は1965年8月、同国に第一歩を刻んだ。
 
 当時の学会員は26世帯。日本からの移民が多く、言葉の壁にぶつかり、過酷な生活を強いられていた。そんな中でも、先生の眼差しは、はるか未来を見据えていた。
 
 3年後のメキシコ五輪を目指して500人の陣列を築こう――明確な目標を示し、渾身の励ましで一人一人の胸中に“希望の種”をまいた。
 
 カトリック教徒が大半を占める国での弘教は困難の連続だった。しかし同志は辞書を片手に、必死にスペイン語で対話に駆けた。3年後、目標を大きく上回る700世帯の連帯を達成し、広布の確固たる礎が築かれた。
 
 メキシコの同志にとって忘れ得ぬ師弟の原点となっているのが、45年前の先生の同国訪問である。
 
 当時は東西冷戦下。世界は不安の闇に沈んでいた。
 
 81年2月、池田先生がメキシコの空港に到着すると、マスコミから「世界各地で続く戦争状態をどう思うか」と問われた。先生は即答した。「私は仏法者です。仏法は平和主義です。戦争に対しては絶対反対である」
 
 9日間にわたり、メキシコ家族を励まし抜いた。最終日には、名門グアダラハラ大学で「メキシコの詩心に思うこと」と題して講演。海外の大学・学術機関の講演で初めて「核兵器廃絶」に言及した。
 
 メキシコの同志は師の平和行動を範として地域に貢献。昨年5月には「核兵器なき世界への連帯」展が首都メキシコ市の市議会議事堂で開催され、大きな反響を呼んだ。
 
 これからも生命尊厳の哲学を胸に、メキシコの大地に人間主義の連帯を広げゆく。