聖教ニュース

東アフリカから始まる地涌のドラマ 歴史的な総会に参加した模範の友 2026年8月1日

 ケニア、ウガンダ、タンザニア、ルワンダの友が、師弟共戦の誓いを胸に、一堂に会した「東アフリカ総会」(6月21日、ケニア・ナイロビ)。ここでは、総会に出席した2人のリーダーの声と、総会での谷川SGI(創価学会インタナショナル)理事長の話(要旨)を紹介する。

ルワンダ イマキュリー・ランジラ連絡責任者

 私はフランスで長く国連機関に勤め、2015年に定年退職し、祖国に戻りました。
 
 今、ルワンダには日本やガーナ、マダガスカルから来た方を含め10人ほどのメンバーがいます。毎月、わが家で座談会を行い、御書を学びながら、各人の信仰体験などを和やかに語り合い、前進しています。
 
 1994年、わが国で起きたジェノサイド(大量虐殺)で、夫、母親、姉妹、いとこなど多くの家族、親族を失いました。
 
 私は4人の子どもたちの手を引き、難民としてフランスへ。むろん、心の傷はすぐに癒えません。教会を訪れた際、気を失い倒れてしまいました。祖国の教会で命を奪われた母の記憶が、フラッシュバックしてしまったのです。
 
 生活を支援してくれる女性の一人がSGIメンバーで、親しくなったその方から仏法の話を聞きました。「この仏法は、ありのままのあなたを受け入れ、人生を開く力を得られる信仰です」と。その時は、あまり意味が分からず、「考えるわ」と答えました。
 
 少し試してみようと「南無妙法蓮華経」と唱えると、すがすがしい気持ちになり、そのうち5分、10分と唱題するように。毎朝、題目を唱えると、良い一日を過ごせることに気付いたのです。

苦しみ抜いた祖国に尽くす

 ある時、「法華経を持ち奉るより外に遊楽はなし。『現世安穏、後生善処』とは、これなり。ただ世間の留難来るともとりあえ給うべからず。賢人・聖人もこのことはのがれず」(新1554・全1143)との御文を研さん。幸福も不幸も人生から切り離せない現象であり、だからこそ、この信心に出あった事実を喜び、困難に負けない人生を歩もうと誓いました。唱題時間は徐々に増え、2002年に御本尊を受けました。
 
 ジェノサイドの後、私は無力感に打ちひしがれました。しかし、この信仰を通じて自信を回復し、自分の中には本当に“やりたいこと”を実現する力があると実感。そして、自分の人生は自分に責任があり、勝つか負けるかは、自分で決めなければならないと知ったのです。
 
 懸命に働きつつ、一人で4人の子を育てるのは容易ではありませんでしたが、現在は皆、社会で活躍。また、フランスで抱いた「いつか祖国に尽くしたい」との夢も、ルワンダ広布のために存分に活動する、という形で実現しました。
 
 なぜ、私が自分の信仰体験を語るのか。それは、私が大きな功徳を得られたのは、自身の体験を通じて、他の人々に仏法を伝える使命があると確信するからです。これからも、この信心から受けた尽きせぬ喜びを語り抜いていきます。苦しみ抜いた祖国の広布を進めることが、最大の平和貢献と信じて。

ウガンダ アミタ・シャム連絡責任者

 1995年に夫の会社が新しい製造拠点を設けることになり、夫妻でウガンダに移住しました。97年、子どもの進学に伴い、私は祖国のインドへ。夫と離れて暮らす私たち母子の苦労を見かねて、義理のきょうだいが、この仏法を教えてくれたのです。
 
 言われるがまま題目を唱えていくと勇気が湧き、やがて座談会にも参加するように。翌年、正式にインド創価学会のメンバーになりました。信心の実践を日々の根底に据え、確かな実証を得て、2000年にウガンダに戻りました。
 
 しかし程なく、大きな困難に直面します。夫が、会社の従業員から理不尽な脅迫状を突き付けられたのです。殺害予告とも取れる文言が並んでいました。
 
 「こんなに大変なのだから、私のために祈ってほしい」と懇願する夫に対して、私は「あなた自身が変わらないといけないわ」と、1分でも、2分でもいいから、唱題するよう伝えました。
 
 夫いわく、最初は“1分が1時間”のように感じたそうですが、二人して真剣に祈り、いつしか、脅迫の恐れは霧散。不思議にも、従業員は自ら会社を去っていきました。心の底から題目の力を感じた夫は、以来、日々の勤行・唱題を欠かしたことがありません。

“第一の故郷”に太陽の仏法を

 私自身も、今日まで語り尽くせないほどの功徳を得てきました。
 
 ある時、娘が、結婚を考える男性を連れてきましたが、私はどうしても好きになれません。決まりかけた結婚式も、キャンセル。半年ほど間を置くことになったのです。
 
 唱題を重ねるうち、自身の一凶が見えてきました。彼のことを深く知ろうともせず、好きか嫌いかという一瞬の感情にこだわっていたのです。娘と彼の幸福を第一にと祈る中、しばらくして二人は結婚。現在は、義理の息子となった彼も一緒に一家和楽を実現でき、感謝は尽きません。
 
 私は長らく、ウガンダの社会や人々に対して、文化の隔たりを感じていました。しかし今では、この国を第二の故郷ではなく、“第一の故郷”と感じるように。人々は優しく、青年も多い。夫は永住権を取得し、私も取得を希望しています。
 
 私がウガンダに戻った頃は数人しかいなかったメンバーも着実に増加し、現在は10倍以上の人数に。青年部の友も頼もしく成長しています。池田先生が示された「21世紀はアフリカの世紀」との指針を最大の希望として、愛するウガンダに、必ずや太陽の仏法を広めていきます。

東アフリカ総会での谷川SGI理事長の話(要旨)

 一、日蓮大聖人は「諸法実相抄」に、「いかにも、今度、信心をいたして、法華経の行者にてとおり、日蓮が一門となりとおし給うべし。日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」(新1791・全1360)と仰せです。
 
 この御文は“今世で最高の妙法に巡り合い、信心をしたのだから、生涯を通じて大聖人の誉れある門下として信心を貫いていきなさい。大聖人と同じ決意で広宣流布に戦う人は、地涌の菩薩であるだろう”と、地涌の使命に生きる人が誰かを明確に示しています。
 
 さらに同抄には、「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は、男女はきらうべからず、皆地涌の菩薩の出現にあらずんば唱えがたき題目なり」(同)と記されています。
 
 “衆生の機根が劣っていて妙法流布が最も困難な末法に生まれ、一切衆生の救済を可能にする題目を自らも唱えながら、他の人にも弘めていくことができるのは、地涌の菩薩しかいない”と断言されているのです。
 
 また、法華経法師品第10には、「是の人は自ら清浄の業報を捨てて、我滅度して後に於いて、衆生を愍れむが故に、悪世に生まれて、広く此の経を演ぶ」(法華経357ページ)と説かれています。
 
 本来であれば、釈尊の下、久遠の昔から菩薩として修行し、積み重ねた清らかな善業によって、これ以上ない環境や状況の中に生まれてくるはずであった。
 
 ところが、清らかな善業によって得られるその境涯を、一切衆生を救済するという仏の大願に呼応して自ら捨て去り、あえて悪世に、苦悩の民衆の真っただ中に生まれることを選んで、妙法流布に生き抜くのが、地涌の菩薩の姿だということです。
 
 一、この総会に勇んで参加された皆さまは、さまざまな困難や悩みと格闘中という方がほとんどだと思います。しかし、悩みがあるからこそ、苦しみと格闘するからこそ、祈りがより深くなり、より強い生命力を引き出していけるのです。

あえて悩める民衆の中へ

 「御義口伝」に、「今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉るは、生死の闇を照らし晴らして、涅槃の智火明了なり。生死即涅槃と開覚するを、『照らせば則ち闇生ぜず』とは云うなり。煩悩の薪を焼いて、菩提の慧火現前するなり」(新987・全710)と。大聖人は、妙法に対する不動の確信と不屈の祈りは、悩みや苦しみを燃料として、これ以上ない智慧を湧かせることができると仰せです。信心は、何者にも侵されない、最高に安楽な境涯を開いていくことができるのです。
 
 一、池田先生は、小説『新・人間革命』につづられています。「仏法には、願兼於業ということが説かれています。これは、仏道修行の功徳によって、幸福な環境に生まれてくるところを、自ら願って、不幸な人びとの真っただ中に生まれ、妙法を弘通するということです」(第1巻「開拓者」の章)
 
 現在置かれた環境や状況が、いかに厳しくても、自らが妙法広布を願ってつくってきた宿命であるならば、乗り越えられないはずはない。すべて変毒為薬し、宿命転換して妙法の偉大さを証明するための苦しみであり、悩みなのです。そのことを先生は、「宿命を使命に変える」と教えてくださっています。
 
 一、そして、大聖人は先の「諸法実相抄」の御文に続いて、「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱えしが、二人・三人・百人と次第に唱えつたうるなり。未来もまたしかるべし。これ、あに地涌の義にあらずや」(新1791・全1360)と記されました。
 
 広布前進への強盛な祈りと不屈の決意に基づく果敢な実践のあるところ、必ず新たな地涌の菩薩が後に続いて現れてくる。本日、こうして、熱き求道の志に燃えたアフリカ広布の勇者が一堂に会したこと自体が、御本仏の未来記の証明であると確信します。
 
 今日からさらに新たな決意で立ち上がり、希望に満ちた“21世紀の大陸”を築いていこうではありませんか!