ユース特集

〈スタートライン〉 手話をポップに表現するアーティスト 門秀彦さん 2025年3月9日

伝える方法は言葉だけじゃない

 ポップに彩られた大きなキャンバスから、キャラクターが手話でメッセージを伝える。アートと手話の楽しいコラボ。コーダ(聴覚に障がいがある親のもとで育った子ども)として育ち、音声言語では伝えきれない世界を表現する門秀彦さんに話を聞いた。

 ――門さんはコーダとして育ちました。
  
 家の中で自分がどうやって言葉を覚えたか、正直記憶にありません。おそらく、テレビとか親戚とかのやりとりを聞いて、自然に学んだのだと思います。
  
 両親は耳は聞こえませんが口話教育を受けていたので、全くしゃべれないわけではありません。なので手話に加え、空中に文字を書く宙文字も交えながら、日常会話をしていました。
  
 幼少期に、父のろう者の友人と絵を描いて遊んだことをよく覚えています。そのおじさんは、僕が絵を描くと、そこに背景を描いてくれるんです。僕が描き加えると、おじさんも描き足してくれて。まるで会話するようにやりとりしながら、気付けば自分の絵が“作品”に。すごく感動しました。今の活動の原点のような気がします。
  

手話をアートに

 ――手話を作品のモチーフにしたきっかけは?
  
 19歳の頃に人や動物がたくさんいる壁画を制作していた時です。父が「ろう者の友達と、この壁画の前で待ち合わせる」と言うんです。だったら絵の中に手話も入れてみようと思ったんです。ろう者へのメッセージになり、聴者が見ても楽しめるようなポップなデザインにしました。完成した作品を見て、ろう者の皆さんもすごく喜んでくれましたね。
  
 そしたらその後、雑貨屋をやってる僕の友達が、手話とか全然知らないんですけど、面白がってTシャツのデザインにしてくれたんです。それが即完売(笑)。この時、ここから手話を知る人が出てくるんじゃないか、これって一つのメディアだなって思ったんです。大きな発見でした。
  

海外での経験

 ――そこからさまざまな活動に取り組まれます。海外の子どもたちともワークショップをしていますね。
  
 これまでアフリカや中東、アジアの国々を訪問しました。日本からクレヨンを100箱近く持っていって、大きな紙にみんなで絵を描くんです。
  
 「何を描いてもいいよ」って言うんですが、最初はみんな戸惑います。そこで、アフリカなら、まず僕が象を描いてみる。すると“そっちが象なら、僕はライオン”といった具合に、子どもたちも描き始める。そこに今度は、僕が道を描き加えると、みんな面白がってバナナの木を描いたりする。そうやってつながっていくんです。
  
 会話の本質って、こういうところにあるんじゃないかと。心の会話。最初にこうした楽しい瞬間があって、打ち解けていく。相手の言葉を覚えたり、文化を学んだりする前に、すでに壁を越えているんです。
  

トーキングハンズ

 ――門さんは「手話」を直訳の「Sign Language」ではなく、「Talking Hands」という言葉で表現されています。
  
 サインとしての手話だけじゃなく、コミュニケーションなんだと言いたくて。ろう者にも表現力豊かな人はたくさんいます。「ここに来るまで、超寒かったんだよ」という時、情景が浮かぶように身ぶり手ぶりで表したりする。中には電車を降りるシーンからやる人もいます(笑)。それはもう手話を超えています。伝えようとする思いや熱を「talk」という言葉に込めました。
  
  

 ――伝えたい気持ちが大切なのですね。
  
 手話は日本語や英語と同じ、言語の一つです。全部覚えるのは大変ですし、無理にそうする必要もないと思う。僕らも日本語を話しますが、完璧な日本語で普段の会話をしているわけじゃないですよね。また、会話して分かり合った気でいても、実は大して伝わってないんじゃないかとも思うんです。言葉を過信している。
  
 僕はノンバーバル(非言語)の可能性を追い求めていますが、それは言葉をシャットアウトするのではなく、言葉を使わなくても伝えられるという意識をもつことで、見えてくるものがたくさんあると知ってほしいからです。
  

偏見という壁

 ――ろう者と聴者には、まだまだ壁があると指摘しています。
  
 どちらにも偏見があると思います。“ろう者の人はかわいそう”“聴者なんだから、これくらいできるだろう”とか。
 何事においても壁が生まれるのは、互いを知らないことに原因があるものです。
  
 僕のワークショップでは、ろう者も聴者も、みんなで一つのキャンバスの絵の中に入ります。すると“俺たち”っていう意識になって、多少気が合わない人がいても、敵だと思わなくなる。自分にはない、相手のいい部分に気付くことだってできます。
  
 難しいことではなく、ただ物理的に近づくことが大切だと思っています。一緒にいるだけで、会話はなくても、次第に情が湧いてくるし、少なくとも“知らない人”ではなくなります。
  
 通じ合って、もっと知りたいってなったら、自然と言葉が出てくる。だから、まずは楽しい時間を一緒に過ごすこと。
  
 その始まりに、アートがあったり、簡単な手話があったりするといいなと考えています。
  

 かど・ひでひこ 1971年、長崎県生まれ。両親がろう者であるコーダとして生まれ、音声言語や手話では伝えきれない思いを表現するため、幼少期から絵を描き始める。NHKでのアニメーション、キットカットのパッケージ、スターバックスコーヒーの店内アート、ホテルルームプロデュースを手がけるなど活動は多岐にわたる。

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