信仰体験

〈信仰体験〉 負けてたまるか 師弟の勝ち鬨 2025年11月22日

相性は最悪? 冷静と愛嬌の題目夫婦

 【群馬県前橋市】「いい夫婦の日」にちなみ、まずは小話を一つ。
 平成のある日、結婚を控えたカップルが、旅先で相性占い機を見つけ、100円玉をチャリン。ノロケる二人が受け取った結果は「最悪の相性」。なんともブルーな旅になったとか。
 さてこの二人、それからどうなったのか。
 答え合わせに、能村和重さん(63)=副本部長、春美さん(59)=総県副女性部長(県女性部総合長兼任)=夫婦のもとを訪ねた。

 顔色を変えず、合理的に言葉を並べる和重さん。忖度なしに意見を伝えるので、「パパは誤解されやすいんだよね」と、春美さんが笑顔で夫を包む。
 そんなひだまりの妻は、うっかり者の天然さん。お互いの「冷静」と「愛嬌」を足して割ると、ちょうどいい。

 北陸・金沢生まれの二人。出会いは勤めた会社だった。
 和重さんは中途採用の春美さんを見て、「あれ?」。共に祖父母の代から信心を継承し、片や創価班、片や白蓮グループ。同じ会館で役員に就いていた。

 血液の臨床検査をする会社。
 春美さんから見て、部下を引っ張る和重さんは頼もしかった。

 しかし、一人の男性として見ると、会話は自然科学や物理の話ばかりでかみ合わない。
 身長も春美さんの方が12センチ高く、並ぶと自分が大きく見えてしまう。
 二人で写真を撮る時は、春美さんが腰を落とし、和重さんはつま先を立てた。

 それでも結婚へと心が傾いたのは、「いつも夫がうれしそうに、池田先生の話をしていたから」。1995年(平成7年)、デコボコ夫婦が誕生した。

 仕事柄もあり、検証とエビデンス(根拠)を重視する和重さん。
 自らの題目で統計を取り、体感では、①1時間の題目で体調が良くなる、②2時間で願いがかなう、③3時間で願った以上の功徳が咲く、そうだ(和重さん調べ)。

 お手製の唱題表をもとに導き出されたのは「題目をあげるほど、三障四魔が現れるんです」。

 2001年に転勤で前橋に引っ越し、わが子の成長を喜びとした。
 だが12年、中学生の長男が不登校になった。季節が巡っても、学校に行く気配がしない。
 春美さんは、自分の育て方に問題があったのではないかと悩んだ。

 そんな時、小説『新・人間革命』の中の子育てに悩む母親を励ます言葉に触れ、涙があふれた。
〈決して恥じることはありません。全部、深い意味があるんです〉
 「何があっても子どもを信じ、あとは御本尊にお任せしよう」と夫婦で決めた。

 校内の学習室に通い始めた息子は、勉強に食らいつき、高校へ進学した。だが、しばらくして再び不登校が始まった。
 さらに、中学生になった次男も学校に行けなくなった。

 春美さんは無理強いせず、子どもの選択を尊重する。どんな時も明るく笑い、親子の時間を大切にした。
 読書好きの息子たちは、市の図書館に通い始めた。春美さんが車で送迎し、その間は学会活動へ。希望を胸に走り抜いた。

 延べ10年の不登校。わが子は自分の歩幅で努力を重ね、それぞれが希望する進路へ踏み出した。
 これでますます張り切って広布に走れる。そう喜んだのもつかの間、病魔の足音がした。

 20年(令和2年)、春美さんに卵巣がんが見つかった。状態は初期の1a。早期発見で摘出すれば大丈夫と医師から聞き、夫婦で「守られたね」と感謝した。

 勝利を確信し、迎えた手術当日。
 開腹してみると、がん細胞は腹腔内に散らばり、進行度は一気に3cにはね上がった。

 和重さんは、医師が告げた「余命2年」の言葉を、自分の中だけにとどめた。
 どんな時も冷静に、そして合理的に物事を捉えてきた和重さんが、この日だけは御本尊の前で泣いた。

 抗がん剤治療が始まる。医学的に助かる見込みが低いなら、残すは題目の二字しかない。

 「たとい業病なりとも、法華経の御力たのもし。(中略)いかでか病も失せ寿ものびざるべきと強盛におぼしめし、身を持し心に物をなげかざれ」(新1316・全975)
 理屈を超える闘いが始まった。

 抗がん剤の副作用による、ひどい倦怠感。春美さんは家の中を這った。
 髪の毛もごっそり抜け落ちた。しゅんとしていると、和重さんが「ママが抜けるんだったら、パパは伸ばす」と、ひげを蓄え、笑わせてくれた。

 負けない。そう決めても、ふとした時に、黒い恐怖が影を落とす。
 春美さんは無意識に自分の死んだ後のことを考えていた。ハッとわれに返り、「ない、ない、ない」と頭を振った。
 学会歌を聴き、懸命に自分を鼓舞した。

 怖さはあった。
 不安もあった。
 それをも凌駕するのが、師の揺るぎない励ましだった。

 〈戦う心まで病魔に食い破られてはならない〉
 〈唱題の集中砲火を浴びせるような思いで、題目を唱えきっていくんです〉

 仏壇の前に、自らの決意を張りだした。
 「負けてたまるか 師弟不二の師子吼の題目で病魔に勝つ 勝って池田先生に報告する」

 命にこだまする師弟の勝ち鬨。
 和重さんも題目で心を重ねた。仕事の休憩中も車中で祈り、休日は仏壇の前から離れなかった。

 和重さんらしく、病を克服すべき根拠を挙げた。子どものため。両親のため。学会のため。「でも一番はパパが寂しいから」
 生きて、生きて、生き抜いてほしい。
 横になる春美さんのそばで、夜通し題目を唱えた。

 5カ月、6クールの治療を終え、迎えた診断。医師は「画像を見る限り、がんは確認できません」と告げた。
 家族と同志の祈りに包まれ、春美さんは激闘を勝ち越えた。
 再発予防のための薬物療法も終え、本年、寛解を迎えた。

 苦労にもまれた題目の絆。
 夫婦になってから今日まで、学会一筋を貫いてきた。ゆっくり羽を休めることもなかった。
 ただ「広布のために」と駆け回るその時間が、二人にとっての幸せだった。

 社会人になった長男も、大学生の次男も、使命の場所で信心の花を咲かせ、頼もしい背中になった。〈全部、深い意味がある〉。師の言った通りだった。

 最悪の相性から始まった二人は、あす23日で結婚30年を迎える。
 記念に夫婦の写真を撮った。お互い、しわは増えたけど、昔と何も変わらない。
 腰を落とし、ほほ笑む妻。
 その横で、夫はそっと、つま先を立てた。