困窮する若者を支え寄り添う「POSSE」。その相談内容から見える若者の貧困の実態とは。
困窮する若者を支え寄り添う「POSSE」。その相談内容から見える若者の貧困の実態とは。
見過ごされる若者の貧困
見過ごされる若者の貧困
NPO法人POSSEでは、年間約600件の生活相談に、労働相談も合わせると5000件ほどの相談に応じています。このうち、生活に関する相談者の約半数が10~30代の若者です。彼らの多くが実家での暴力に苦しんでいたり、ネットカフェや友人宅を転々とする「見えないホームレス」状態だったりと、深刻な状況に置かれています。
世間では、「就職は売り手市場で、今の若者は恵まれている」と報じられることもあります。しかし、私たちが日々の相談で直面する現実は全く異なります。大企業や幹部候補社員の賃金が上がる一方で、労働者全体の約4割を占める非正規雇用の実質賃金は低下し続けています。実際、20代の年収300万円未満の約4割が貯蓄ゼロというデータもあり、若者の貧困が確実に進んでいると感じます。
NPO法人POSSEでは、年間約600件の生活相談に、労働相談も合わせると5000件ほどの相談に応じています。このうち、生活に関する相談者の約半数が10~30代の若者です。彼らの多くが実家での暴力に苦しんでいたり、ネットカフェや友人宅を転々とする「見えないホームレス」状態だったりと、深刻な状況に置かれています。
世間では、「就職は売り手市場で、今の若者は恵まれている」と報じられることもあります。しかし、私たちが日々の相談で直面する現実は全く異なります。大企業や幹部候補社員の賃金が上がる一方で、労働者全体の約4割を占める非正規雇用の実質賃金は低下し続けています。実際、20代の年収300万円未満の約4割が貯蓄ゼロというデータもあり、若者の貧困が確実に進んでいると感じます。
加えて複雑なのは、彼らの親世代もまた、貧困に陥っている点です。仮に平成期の若者であれば、経済的に困窮しても「実家にこもる」という逃げ道もあったでしょう。
しかし今の親世代には、バブル崩壊後のいわゆる「就職氷河期」を経験した人も増えており、長年不安定な雇用に苦しめられてきました。その結果、親にも経済的余裕がなく、わが子との同居が限界に達して家庭内で傷つけ合い、子どもが家を出ざるを得ないケースも増えている。これは家庭個別の問題ではなく、親子2代にわたる貧困の連鎖という構造的な課題といえます。
こうした状況下でも、困窮する若者が路上生活に陥らないのは、隙間バイトで食いつなぎ、ネットカフェや友人の家を転々としながら何とか生き抜いているためです。
ただし、それも長続きはしません。一例を挙げれば、グローバル企業の物流を支える倉庫労働では、深夜の長時間労働でも時給は低く抑えられ、厳しいノルマと肉体的な負担から心身を壊してしまうことも珍しくありません。それでいて企業は莫大な利益を上げ、富が一部の富裕層に集中しています。これは個人の自己責任で片づけられる問題ではなく、社会全体で直視すべき構造的な要因です。
加えて複雑なのは、彼らの親世代もまた、貧困に陥っている点です。仮に平成期の若者であれば、経済的に困窮しても「実家にこもる」という逃げ道もあったでしょう。
しかし今の親世代には、バブル崩壊後のいわゆる「就職氷河期」を経験した人も増えており、長年不安定な雇用に苦しめられてきました。その結果、親にも経済的余裕がなく、わが子との同居が限界に達して家庭内で傷つけ合い、子どもが家を出ざるを得ないケースも増えている。これは家庭個別の問題ではなく、親子2代にわたる貧困の連鎖という構造的な課題といえます。
こうした状況下でも、困窮する若者が路上生活に陥らないのは、隙間バイトで食いつなぎ、ネットカフェや友人の家を転々としながら何とか生き抜いているためです。
ただし、それも長続きはしません。一例を挙げれば、グローバル企業の物流を支える倉庫労働では、深夜の長時間労働でも時給は低く抑えられ、厳しいノルマと肉体的な負担から心身を壊してしまうことも珍しくありません。それでいて企業は莫大な利益を上げ、富が一部の富裕層に集中しています。これは個人の自己責任で片づけられる問題ではなく、社会全体で直視すべき構造的な要因です。
若者を縛りつける「条件付きの生存」
若者を縛りつける「条件付きの生存」
若者が家族にも職場にも頼れず、住む家を失った時、本来真っ先に命を救うべきセーフティーネットが生活保護です。しかし現実には、貧しい若者たちが申請をためらい、極限まで支援を拒むケースが後を絶ちません。その背景には、「条件付きの生存」という厳しい実情があります。
多くの場合、住居を持たない若者が生活保護を申請すると、無料低額宿泊所などの施設への入所が事実上の条件とされます。行政が手間を省くため、業者に実質的に丸投げしている構造的な問題もあり、一部の施設では、ベニヤ板などで区切られた狭い3畳間、それもカビの生えた不衛生な布団、厳しい門限、自分で選べない貧相な食事といった劣悪な環境が待ち受けています。施設を出ようにも、保護を打ち切られる恐怖が常につきまとう。ようやく福祉支援にたどり着いたはずの若者たちは、そこでもう一度、生活の自由と人間としての尊厳を奪われるのです。
若者が家族にも職場にも頼れず、住む家を失った時、本来真っ先に命を救うべきセーフティーネットが生活保護です。しかし現実には、貧しい若者たちが申請をためらい、極限まで支援を拒むケースが後を絶ちません。その背景には、「条件付きの生存」という厳しい実情があります。
多くの場合、住居を持たない若者が生活保護を申請すると、無料低額宿泊所などの施設への入所が事実上の条件とされます。行政が手間を省くため、業者に実質的に丸投げしている構造的な問題もあり、一部の施設では、ベニヤ板などで区切られた狭い3畳間、それもカビの生えた不衛生な布団、厳しい門限、自分で選べない貧相な食事といった劣悪な環境が待ち受けています。施設を出ようにも、保護を打ち切られる恐怖が常につきまとう。ようやく福祉支援にたどり着いたはずの若者たちは、そこでもう一度、生活の自由と人間としての尊厳を奪われるのです。
こうした問題の背景には、日本の生活保護制度の根底に、「働いている人より保護を受ける人の生活が良くあってはならない」という前近代的な「劣等処遇」の考えが、いまだ色濃く残っていることがあります。しかも、かつてのデフレ期に引き下げられた保護費は、現在の物価高騰下でも十分に見直されていません。
実家での抑圧、過酷な職場でのハラスメントやノルマ、そして劣悪な福祉施設での管理――このように次々と「耐えること」を要求される生き方。自由を手放すことを条件にしなければ、生きる権利すら保障されない。こうした「条件付きの生存」が、若者たちから未来への希望と人生の選択肢を根こそぎ奪っているのです。
こうした問題の背景には、日本の生活保護制度の根底に、「働いている人より保護を受ける人の生活が良くあってはならない」という前近代的な「劣等処遇」の考えが、いまだ色濃く残っていることがあります。しかも、かつてのデフレ期に引き下げられた保護費は、現在の物価高騰下でも十分に見直されていません。
実家での抑圧、過酷な職場でのハラスメントやノルマ、そして劣悪な福祉施設での管理――このように次々と「耐えること」を要求される生き方。自由を手放すことを条件にしなければ、生きる権利すら保障されない。こうした「条件付きの生存」が、若者たちから未来への希望と人生の選択肢を根こそぎ奪っているのです。
社会を転換するベーシックサービス
社会を転換するベーシックサービス
現在、防衛費増額のための税制見直しなどが議論されています。一方で、同じようにこの国の将来を守り、支えていく若者を支援する政策議論は、ほとんど聞こえてきません。むしろ、社会保険料削減の名の下に高額療養費の自己負担額が引き上げられたように、各種セーフティーネットが切り下げられるのではないかとの不安を抱いています。
皆さんは「イカゲーム」というNetflix配信の韓国ドラマをご存じでしょうか。さまざまな理由で借金を抱えた生活困窮者が集められ、賞金を目当てに命をかけて戦い続けるという物語です。ゲームの参加人数が減るほど、もらえる賞金額が増えるため、参加者たちは自身や家族を守るためひたすら他者を攻撃します。
ひるがえって今の日本社会を見ると、限られた財源の負担と配分をめぐり、外国人労働者や高齢者、生活困窮者など、さまざまな排除の線引きがなされ、少しでも取り分を増やすための競争に巻き込まれているのではないかと感じます。まさに、「イカゲーム」の世界が現実になっているように思えてくるのです。
現在、防衛費増額のための税制見直しなどが議論されています。一方で、同じようにこの国の将来を守り、支えていく若者を支援する政策議論は、ほとんど聞こえてきません。むしろ、社会保険料削減の名の下に高額療養費の自己負担額が引き上げられたように、各種セーフティーネットが切り下げられるのではないかとの不安を抱いています。
皆さんは「イカゲーム」というNetflix配信の韓国ドラマをご存じでしょうか。さまざまな理由で借金を抱えた生活困窮者が集められ、賞金を目当てに命をかけて戦い続けるという物語です。ゲームの参加人数が減るほど、もらえる賞金額が増えるため、参加者たちは自身や家族を守るためひたすら他者を攻撃します。
ひるがえって今の日本社会を見ると、限られた財源の負担と配分をめぐり、外国人労働者や高齢者、生活困窮者など、さまざまな排除の線引きがなされ、少しでも取り分を増やすための競争に巻き込まれているのではないかと感じます。まさに、「イカゲーム」の世界が現実になっているように思えてくるのです。
先日、私は米ニューヨークを視察する機会を得ました。日本以上に激しい物価高騰と格差が広がる中で、若者たちは自分たちを苦しめているのが構造的な問題であると見抜き、学生や労働者が連帯して家賃の引き下げや労働環境改善を強く求めていました。貧しい者同士が対立を煽られた挙げ句に限られたパイを奪い合うのではなく、社会の富をどう公正に再分配するかという本質的な議論が、彼らの間には確固として存在していたのです。この点、日本でいかに労働者の連帯を広げていくか、私たち「POSSE」にとっても大事な課題です。
一方、日本では今、「ベーシックサービス」が政治の話題にのぼるようになりました。医療・教育・住まいといった、人間らしく生きるために不可欠なサービスを、所得や家族の有無にかかわらずすべての人に無条件で保障する。若者についていえば、これは単なる福祉の拡充ではなく、理不尽な家族から離れる自由や過酷な労働から逃れる自由を取り戻し、自らの人生を主体的に選択するための基盤そのものです。それは「条件付きの生存」から、「無条件の生存保障」への転換ともいえるでしょう。私はこのベーシックサービスこそ、現代社会を変革する転換点になり得ると考えており、さらに議論が深まることを期待しています。
誰もがこの世に生まれてきただけで価値があり、夢を持って生きていいという価値観を社会に確立する。私たちはそのための活動を、これからも続けていきます。
先日、私は米ニューヨークを視察する機会を得ました。日本以上に激しい物価高騰と格差が広がる中で、若者たちは自分たちを苦しめているのが構造的な問題であると見抜き、学生や労働者が連帯して家賃の引き下げや労働環境改善を強く求めていました。貧しい者同士が対立を煽られた挙げ句に限られたパイを奪い合うのではなく、社会の富をどう公正に再分配するかという本質的な議論が、彼らの間には確固として存在していたのです。この点、日本でいかに労働者の連帯を広げていくか、私たち「POSSE」にとっても大事な課題です。
一方、日本では今、「ベーシックサービス」が政治の話題にのぼるようになりました。医療・教育・住まいといった、人間らしく生きるために不可欠なサービスを、所得や家族の有無にかかわらずすべての人に無条件で保障する。若者についていえば、これは単なる福祉の拡充ではなく、理不尽な家族から離れる自由や過酷な労働から逃れる自由を取り戻し、自らの人生を主体的に選択するための基盤そのものです。それは「条件付きの生存」から、「無条件の生存保障」への転換ともいえるでしょう。私はこのベーシックサービスこそ、現代社会を変革する転換点になり得ると考えており、さらに議論が深まることを期待しています。
誰もがこの世に生まれてきただけで価値があり、夢を持って生きていいという価値観を社会に確立する。私たちはそのための活動を、これからも続けていきます。