寸鉄(紙面)

〈名字の言〉 2026年7月27日

 子どもと歩いていると、大人との歩幅の違いに気付かされる。目の位置も低く、同じ距離でも大人以上に遠く感じるに違いない。ある少年部員は小学校入学から間もない4月、「学校に行きたくない」と言った。父親が理由を聞くと「歩いて登校するのがつらい」と。通学路は片道2キロ。小さな足で歩くのは大変だったのだろう▼そこで父が付き添って行くことにした。登校時間は父が道中の生き物などを指さし、「あれは?」「アマガエル!」とクイズ大会に。その後も父が「毎日の小さな変化を見つけてごらん」と言うと、足元に沈んでいた彼の目線が上向くようになった▼2カ月後、彼は集団登校の列に加わり、帰宅すると一日の発見を図鑑で調べるようになったという。歩く距離は変わらない。だが道にある“小さな変化”を探す喜びが、歩くことを楽しみに変えた▼池田先生はある同志との懇談で「信心して功徳はありましたか」と尋ねた。「少し受けました」との返事に対し、“その少しが大切なのです”と語ったことがある▼少しでも功徳を受けたとの実感があれば、信心を持続する土台となる。その一歩は“小さな変化”に気付くこと。そうした発見の積み重ねが、人生という道を楽しみながら歩む力となる。(筬)