ユース特集

〈特集「情報災害」〉#3 “7月5日に日本で大災害が起きる”うわさ――関谷直也教授に聞く 2025年10月17日

 「7月5日に日本で大災害が起きる」という“うわさ”が、インターネットやSNSを通じて拡散されました。多くの人々が不安を抱き、政府官庁からの注意喚起や訪日客が減少するなど社会に多大な影響をもたらしたと報じるメディアもありました。7月5日には大規模な災害は発生せず、情報はうわさに過ぎませんでした。特集「情報災害」では、災害に関するデマや流言といったうわさに惑わされないためにはどうしたら良いか、東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター教授の関谷直也さんに話を聞きました。

〈コラム〉 一冊の漫画が世の中を騒がせる

 「2025年7月5日に日本で大災害が起きる」といううわさがネットを中心に広がりました。

 発端となったのは、漫画『私が見た未来』。「日本が大津波に襲われる夢を見た」という内容で、表紙に「大災害は2011年3月」と書かれていたことから、「東日本大震災を予言していた」と2020年頃から注目を集めるようになりました。書籍は1999年に刊行され、既に絶版となっていましたが、メディアで取り上げられたことをきっかけにオークションでは10万円超で取引され、作者のなりすましが現れるなど大きな話題となりました。

 2021年には『私が見た未来 完全版』(飛鳥新社)が発刊。あとがきに、「夢を見た日が現実化する日ならば、次にくる大災難の日は『2025年7月5日』ということになります」と記され「2025年7月5日に日本で災害が起きる」という、うわさが広がりました。
 うわさの広がりを受けて気象庁は6月13日の定例記者会見で一連の事象に触れつつ、「そのような情報で心配する必要は一切ない」と注意喚起をするまでに。また、これらの話と関連づけて台湾や香港から日本への航空便が減便されたと報じたメディアもありました。

 一冊の漫画から、世の中を騒がせるほどのうわさがSNSを中心に広がりました。

●“7月5日”の災害予言とは何だったのか?

 ――関谷さんは、“7月5日に大災害が起きる”という、うわさが広がった現象をどのように見られていましたか。

 “7月5日に大災害が起きる”と言っても、本当に信じていた人はごく一部で、社会的な影響はほとんどなかったと思います。最近は、インバウンド需要の増加を受けて、地方空港でも台湾や香港からの航空便が増便されました。しかし、思ったように集客が見込めなかったことから、5月の時点で減便されました。また、例年の傾向では、夏前のシーズンは訪日観光客が少なくなります。

 そこへ“7月5日”のうわさが広まり、訪日を控えた人がいたので、それらの情報をつなぎ合わせて報道されたというのが今回の出来事。このうわさのために訪日観光客が大幅に減ったということは事実誤認です。実際のところは、前年同月比で、韓国と香港の来日客は減ったものの、台湾の来日客は増加、7月の訪日外客数は、過去最高です。

 今年3月、日本政府は南海トラフ巨大地震の被害想定を見直し、富士山の大規模噴火を想定したガイドラインも公表しました。これらを受けて、在日本中国大使館が日本にいる中国人に向けて地震に気を付けるよう注意喚起をしました。それらが地震への不安感を高め、中国語圏の動画サイトやSNSで大きな話題を呼びました。それが日本に逆輸入され、うわさの広まる一因になったのだと思います。

 こういった現象は、災害を予測して安全に過ごしたいといった人々の心理の表れです。それらが、SNSなどを通してコミュニケーションとして成り立っているだけなので、社会に大きな悪影響を与えるものではありません。

●うわさに踊らされないためには?

 ――なぜこういったうわさが広まるのでしょうか?

 災害に対する不安というのが一番大きな要因ですが、うわさが広まる原因はそれだけではありません。例えば災害の後、広まる代表的なうわさには「被災地で窃盗団がうろついている」や「避難所で性暴力が行われている」というような話があります。それは、そういった現象があるから気をつけなさいという善意の場合もあれば、そういったことが行われているので許せないといった怒りの場合もあります。不安であったり、善意であったり、怒りであったり、人によって捉える心情はさまざまですが、人々の心情に引っかかるものがあると、うわさは広まります。

 例えば、コロナ禍の時に、疫病を退散させることができると言い伝えられた日本の妖怪「アマビエ」が注目を集め、街に張り出される現象が起こりました。あの現象は「みんな大変だけど、頑張ろうね」という、気持ちを共有するためだったと思います。ある社会現象が起きた時、多くの人が似たような心情や心理を共有することになります。大本になる現象を解消しなければ不安は収まりません。それだけではなく、人々がどんなことを不安に思っているのかを見極めることが大切です。

 ――うわさをなくすことはできると思いますか?

 私は、うわさはそんなに簡単にはなくせないと思います。うわさを流言やデマだと認識せずに広めてしまうからということもありますが、私の経験上、人がうわさをするのは、心理を共有しようという試みの一つだからです。

 うわさ自体が事実かどうかは別として、自分たちが感じている苦しみや混乱を伝えるためにうわさとして相手に話すんです。それを否定することは簡単ですが、止めることはできないと思います。その人がどんな不安や思いを抱えているのか、どのように災害と向き合っているのかといった蓄積がうわさとして表れます。それを簡単になくせると思ってしまうのは、考えが浅いと思います。

 うわさは災害の後に起こるコミュニケーションの形態だと思って、自分は広めないという態度を取るくらいしかできる方策は、ありません。

 中国の故事に「流言は智者に止まる」という荀子の言葉があります。うわさだと思ったら広めない。一人一人が心がけるだけで、うわさが広まるのをある程度止めることができるのは昔から変わりません。

 ――SNS上に広がるうわさをうわさだと見抜く方法はあるのでしょうか。

 災害に関してはある程度、流言のパターンが決まっています。「避難所で性犯罪が起こっている」や「窃盗団がうろついている」といった災害後の被害流言。「いつ地震が起こる」といった災害前の予知流言や「地震の後、災害が再来する」といった災害再来流言。あとは、「この災害は予知されていた」という後予知流言。この四つがおおまかなパターンなので、まずはこのパターンを理解しておくことが大事です。(詳細、以下コラム参照)

 流言は虚偽の報道であるフェイクニュースや情報の正確性・妥当性を検証するファクトチェックの問題と混同されることが多いです。フェイクニュースというのは、マスメディアやネット上で誰かをおとしめる目的で行われる発言、デマ(デマゴギー)のことです。そのためファクトチェックが必要です。しかし、災害時は誰かが悪意を持って発信するというよりも、人々が不安を抱えて混乱している状況なので、毎回同じ流言が広がるというのが災害後の特徴です。

 発災後は、マスメディアや政府機関も被害の状況がつかめず、ファクトチェックをすることはできません。もし犯罪が起こっていたとしてもうわさの出どころをたどるのは難しい。なので、ある程度パターンを覚えておいてその場で判断をすることしかできません。

 災害時の流言というのは昔から存在し、インターネットやSNSがなかったとしても広まるものです。その原因をインターネットやSNSに求めるには無理があると思います。

〈コラム〉 流言の種類とは?

①災害発生前「災害予知流言」

 「マスコミ報道を原因としたもの」と「過去の大きな災害を原因とするもの」の二種類がある。「予知」は流言ではないが、現在の科学では真実と確認できないゆえに、流言とされる。「災害予知」が伝わっていく過程によって大きな混乱はほとんど生じることはなく、防災行動を促進するといったメリットもある。

②災害発生後「災害再来流言」

 地震の後の「余震」流言、洪水の後のダム「決壊」流言が典型である。科学的根拠がなかったとしても、デメリットがない限り、被災地や災害復旧作業をする人などへの「警告」の意味を持つ。余震や二次災害という「災害の再来」が怖いという人々の心理を反映している。

③災害発生後「後予知流言」「宏観異常現象流言」

 災害が起こった後に「地震が来ることはわかっていた」「地震が来ると予測されていた」という流言。地震前の異常な自然現象として①気象の異常、②ネズミ、モグラ、カラスなど動物の異常現象、③地象(山、地面の傾き、地下水など)といった「宏観異常現象」の目撃情報の流言化という特徴がある。「宏観異常現象」自体は事実として観測されるが、災害との因果関係が科学的に証明されないため流言とされる。ひょっとして地震は予知できたのではないだろうかという「願望」の心理が反映されている。

④災害発生後「被害流言」

 典型的なものに「泥棒」流言が挙げられる。実際、災害時の犯罪率は減少する傾向にあるが、災害時は情報が混乱し、実際の状況を把握できないため、流言を否定することができない構造になっている。その根底には災害が起これば犯罪が起こるという思い込みがあり、流言が広まること自体が「警告」として機能する。

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