●マレーシア 陳文詩さん
●マレーシア 陳文詩さん
11歳の時、両親と共に入会。結婚後は2人の子宝に恵まれました。夫婦で「出会う全ての人に仏法を語ろう!」と誓い、8年間で300人以上に下種をして、22世帯の御本尊授与が実りました。
2020年、試練に襲われました。2歳の次男が知的障がいの診断を受けたのです。脳機能の障がいで自力で座ることも、手を使うことも、言葉を発することもできません。“信心をしているのに、なぜ……”との思いが込み上げました。御書を開き、池田先生の指導を学ぶ中、“わが子の病気は私たち夫婦を成仏に導くためなんだ”と思うように。「この子と一緒に、もう一度進もう」と決意。息子と共に300人以上に仏法対話し、25人が入会しました。
次男は良いリハビリ方法に巡り合い、手を力強くたたけるように。その動作で描いたパワフルな絵は“仏の生命の輝き”と絶賛されました。愛する息子たちと共に創立100周年へ、勝利の実証を打ち立てます。
11歳の時、両親と共に入会。結婚後は2人の子宝に恵まれました。夫婦で「出会う全ての人に仏法を語ろう!」と誓い、8年間で300人以上に下種をして、22世帯の御本尊授与が実りました。
2020年、試練に襲われました。2歳の次男が知的障がいの診断を受けたのです。脳機能の障がいで自力で座ることも、手を使うことも、言葉を発することもできません。“信心をしているのに、なぜ……”との思いが込み上げました。御書を開き、池田先生の指導を学ぶ中、“わが子の病気は私たち夫婦を成仏に導くためなんだ”と思うように。「この子と一緒に、もう一度進もう」と決意。息子と共に300人以上に仏法対話し、25人が入会しました。
次男は良いリハビリ方法に巡り合い、手を力強くたたけるように。その動作で描いたパワフルな絵は“仏の生命の輝き”と絶賛されました。愛する息子たちと共に創立100周年へ、勝利の実証を打ち立てます。
●フィリピン ジャスト・マーク・フィグラシオンさん
●フィリピン ジャスト・マーク・フィグラシオンさん
フィリピン南部のミンダナオ島出身です。両親が結婚した頃、わが家は貧しく、父には仕事がありませんでした。働き口を探していたある日、町で知り合った人から「南無妙法蓮華経」と書かれた紙を渡され、「必ず仕事が見つかります」と励まされました。町でただ一人の仏教徒になった父は、題目を唱え続けて仕事を見つけ、母も信心を始めました。
私は大学の学費を工面するため働きながら勉強し、牙城会の任務もやり抜きました。就職後は上司からの不当な扱いに悩みましたが、折伏に励み、上司に感謝できる境涯になりました。その後、好待遇で多国籍企業に転職。弟たちの学費を支援できるようになり、両親に家をプレゼントしました。
活動では片道7時間ほどかかる地域を担当し、友の激励にあたっています。また、これまで20人に弘教を実らせることができました。2030年へ、1万世帯の陣列拡大に勇んで挑戦します!
フィリピン南部のミンダナオ島出身です。両親が結婚した頃、わが家は貧しく、父には仕事がありませんでした。働き口を探していたある日、町で知り合った人から「南無妙法蓮華経」と書かれた紙を渡され、「必ず仕事が見つかります」と励まされました。町でただ一人の仏教徒になった父は、題目を唱え続けて仕事を見つけ、母も信心を始めました。
私は大学の学費を工面するため働きながら勉強し、牙城会の任務もやり抜きました。就職後は上司からの不当な扱いに悩みましたが、折伏に励み、上司に感謝できる境涯になりました。その後、好待遇で多国籍企業に転職。弟たちの学費を支援できるようになり、両親に家をプレゼントしました。
活動では片道7時間ほどかかる地域を担当し、友の激励にあたっています。また、これまで20人に弘教を実らせることができました。2030年へ、1万世帯の陣列拡大に勇んで挑戦します!