文化・解説

〈文化〉 試行錯誤が新たな創造の鍵 ひらめきを生む数学的思考とは 数学者 芳沢光雄(桜美林大学名誉教授) 2026年9月20日

才能を磨くには

 私は45年間にわたって、さまざまな大学で教壇に立ってきました。文系・理系を合わせて教えた学生はのべ1万5000人。全国約200校の小・中学校、高校へも赴き、のべ1万5000人を対象に出前授業も行ってきました。
 長い年月を振り返って特に思うことは、「試行錯誤」――つまり、さまざまな方法を何度も試して、失敗を重ねながら目的に近づいていく過程の重要性です。
 “パッとひらめくような才能がある”といわれるような人であっても、多くの場合は、スポーツと同じように、見えないところで数多くの試行錯誤を経て、才能を磨いているように思います。

「やり方」への偏り

 昔は、試行錯誤が必要な問題を授業で出すと、皆が楽しく取り組んだものです。しかし、近年は、試行錯誤を要する問題を出した途端に、「この問題の『やり方』を教えてください」という声が返ってくるようになりました。
 「やり方」の暗記だけの学習法に偏ってしまうことで、試行錯誤を通じた理解が欠如し、公式の暗記に頼る傾向が強まっている。そのため、数学力だけでなく、「問題を解決しようとする能力」も低下しているように感じるのです。間違えてもいいから考え抜く。そうした試行錯誤を恐れない姿勢こそ、大切だと思います。

発見的問題解決法

 問題を解くための手掛かりをどのように得るか。自分の教育経験や研究を振り返ってまとめたのが、「発見的問題解決法」という13の考え方です。数学的思考のためのキーワードともいえます。
 ①帰納的な発想を用いる②定義や基礎に戻る③背理法を用いる④条件を使いこなしているか⑤図を用いて考える⑥逆向きに考える⑦一般化して考える⑧特殊化して考える⑨類推する⑩兆候から見通す⑪効果的な記号を使う⑫対称性を利用する⑬見直しの勧め

身近な応用例

 例えば「類推する」とは、自分が理解している構造的なことを手掛かりにして問題を想像し、いろいろ試行錯誤していく考え方です。
 身近な応用例を紹介します。8センチの細長い、ようかんを4人で順番に分けて食べるとします。普通は、2センチずつ公平に切って仲良く食べます。しかし、最初の2人が3センチずつ切って食べてしまうと、残りの2人は1センチずつ食べるしかありません。
 このことから類推して、私は次のようなことを実践しました。
 終電近くに帰ろうとした時、電車は残り4本でした。1本目の電車が遅れて非常に混んでいる。2本目の電車も非常に混んでいる。そこで、先ほどの例から類推して、残り2本の電車はガラガラになると予測しました。そして、実際にすいていた3本目の電車に乗って、ゆったりと帰宅することができました。

【例題】縦16㎝、横20㎝の長方形の中に、半径1㎝の円が80個収まっている。これより多くの円は入るだろうか。

失敗から深化させる

 「見直し」も試行錯誤という点で大切です。
 「例題」(別掲)をご覧ください。視覚的には、長方形に円がピッタリ収まっていて、これより多くの円は入らないように見えます。
 しかし、「解答」(別掲)のように一つずつずらして積み上げていくと、もう1段、長方形の中に円が収まり、より多くの円が入ります。人間の視覚的な直観は間違うことが多々あるのです。
 人間はどこかで間違えます。しかし、見直しによって間違いや勘違いに気付ければ、「新たな発見」や「新たな展開」につながります。「失敗」や「間違ったこと」から、学びを深化させていくことが大切です。
 「定義や基礎に戻る」ということも重要です。人間は直感や暗記していた「やり方」を過信すると、思わぬミスを招くことがあります。何かに迷った時こそ、定義や基礎に戻る姿勢が欠かせないのです。

〈解答〉合計86個入る。10個→9個→10個→9個…と、1つずつ、ずらして積み上げると、合計86個の円が重ならずに収まる。(「見直し」によって視覚的な直観の間違いを発見する問題)

図や記号を使う

 「図を用いて考える」という点は、人間の五感の中でも、視覚から得られる効果は大きいからです。特に、①ミスのない思考をする②検討したい部分を扱いやすい大きさで表現する③良いアイデアのヒントを模索する④統計的な傾向をつかむ、といった四つの発想ができます。
 「効果的な記号を使う」という点も、ビジネスやプライベートなどの場面で、自分で創作して記号を活用することで便利な場合があります。
 実は、数学で用いる記号はどれも曖昧ではなく、覚えやすく、見やすいという利点があります。“数学には記号や式があるから嫌い”という人は多いかもしれませんが、知らない道路標識の意味を質問するのと同じように、気軽に記号の意味を質問していく姿勢が大切かもしれません。
 他にも、数学の解法の手掛かりを見つけるために、極端な例を模索したり、具体的な図形や数値を用いたりして、試行錯誤から問題の着地点を想像する「特殊化」。
 個別の具体的な事実やデータから共通点を見つけ出し、一般的な法則や結論を導き出す「帰納的な発想」。
 仮定から結論を導くために、結論を否定して推論を積み重ね、矛盾を導いて結論の成立を証明する「背理法」なども、新たなものを生む考え方といえます。
 具体的な事例などは、拙著『数学の考え方 発見的問題解決法――ひらめきを生む思考へ』や講談社ブルーバックスのサイトでも紹介していますので、ぜひご覧ください。

「考え方」の学びへ

 「発見的問題解決法」は数学に限らず、社会における幅広い問題に取り組む際の道しるべになると思います。暗記に頼った「やり方」の学びから、理解に裏打ちされた「考え方」の学びへ、変わるきっかけになればと願っています。
 今は「新しいものを『試行錯誤を経て』創造する時代」だと思います。試行錯誤を大切にすることこそが、未来を開く鍵になるのではないでしょうか。(談)

芳沢光雄さん 関連サイト
(講談社ブルーバックス)
https://gendai.media/list/author/mitsuoyoshizawa