ユース特集

〈インタビュー〉 読書をカジュアルに捉え直す ライター 飯田一史(「第三文明」8月号から) 2026年8月12日

 読書の魅力をより多くの人に伝えるにはどうすればよいのか。国内外の出版事情や読書文化に詳しいライターの飯田一史さんに聞いた。

減っているのは読む量ではなく買う量

 最近の若い人たちは本を読まなくなっているから、書籍の売り上げが減っている――出版不況について説明がなされる時、そのように短絡的に語られることを耳にします。しかし、これは正しい説明とはいえません。例えば、日本の小学生の1カ月間の平均読書冊数(書籍)を見ると、近年では13冊を超えるなど、過去最高を示しています。中高生以上はおおむね横ばい傾向が続いています。つまり、子どもの読書量は減少していません。したがって出版不況とは、本を読む量ではなく、買う量に起因して起こっていると考えるのが適切なのです。
 
 こうした認識の乖離が生じる原因はさまざまありますが、なかでも日本の出版市場の特殊な事情を理解する必要があります。日本の出版市場を長らく牽引してきたのは、じつは書籍ではなく雑誌でした。最盛期には、雑誌は書籍の4倍もの部数が売れていたほどです。かつては雑誌を求めて、書店に足を運ぶ人も珍しくなかったのです。

 また、日本の出版流通は、部数が大きい雑誌の物流に、多品種少量生産の書籍を載せるかたちで効率化を図ってきました。つまり、書籍単体で採算が取れる仕組みにはなっていないのです。
 
 これ以外にも、日本の出版不況の背景には、出版・書店業界のさまざまな商習慣や法規制などが絡み合っています。こうした事情を一つ一つひもといていかなければ、日本の出版不況の実態は見えてきませんし、日本で読書文化を広めていくことは難しいと私は考えています。

理想の読書像を押し付けない

 データ上では読書量は減っているわけではないのに、なぜ“若者の読書離れ”といった言説がまことしやかに語られるのでしょうか。その要因に、読書家の人たちが思う「このような本を読んでほしい」という理想像と、他方で若い人たちの間で実際に読まれている本との乖離があると思います。
 
 私自身、2000年代後半から数年間、ライトノベルの編集を手掛けていました。その当時も、“若者の読書離れ”が世間では指摘されていましたが、実際にはラノベの売り上げは伸長していました。
 
 恐らく読書家には、漫画や雑誌といったビジュアル要素と文字が組み合わさったものよりも、文字だけで書かれたもののほうが価値があると考えている人は少なくないと思います。そうした人たちからは、ラノベもまた“低級なもの”と見なされるかもしれません。

 たしかに読書は知的な行為ですし、書店や図書館には知の拠点といった面があります。しかし、実際に本を読んでいる時のことを思い出してみてください。私たちはそこでさまざまな感情が揺れ動くのを感じながら、一行一行読み進めているはずです。知的営みにだけフォーカスして考えるのではなく、こうした感情の動きも読書においては無視してはいけないと思うのです。
 
 ラノベの編集では、「とにかく楽しい」「ネタになって笑える」「読んでいて泣ける」と、おおよそこの3つの要素を軸に物語を練り上げていきます。
 
 数字を見ても、一般的な文芸書よりも、ライトノベルのほうが売れるものが多い。言い換えれば、読者は人間の心の動きに惹かれていると考えられるのです。
 
 先ほど読書調査の話をしましたが、成人以上のデータを見ると、約9割の人は月2冊以下しか本を読んでいないという状況が以前から続いています。月に何冊も本を多読する人のほうがマイノリティなのです。
 
 私は日本で読書文化を広めていくにあたって、この約9割のマジョリティにいかに訴求していくかが大切だと考えています。「なぜもっと本を読まないのか」と問うのではなく、彼らに寄り添った視点から発想する必要があります。読書や書店に知的なイメージを強く付与することが正しいのかどうか――そうしたところから問い直す必要があるのではないでしょうか。

諸外国で広がる多様なブックイベント

 他にもよく耳にする「インターネットやSNSのせいで、紙の本が売れなくなった」という言説も、単なる思い込みです。諸外国の例を見てみると、ネットやSNSと紙の書籍は、対立関係にあるのではなく、むしろ相乗効果を発揮しているケースがあります。
 
 例えば、TikTokなどのショート動画を見る時間が多ければ、読書の時間は少なくなり、子どもの「読む量」も減るでしょう。しかし、それは「買う量」の減少には直結しません。むしろ、有名人やインフルエンサーがTikTokで本を紹介することで購買につながるという「BookTok」と呼ばれるムーブメントが起きているのです。
 
 韓国では、野外で体験型の読書イベントが開催されたり、「ピルサ(筆写)」という好きな詩の一節などを手書きして楽しんだりする現象が見られます。
 
 ブラジルでは大人の塗り絵が大流行しています。韓国の例にも通じますが、スマホの通知から解放されて、デジタルデトックスができるというのも人気の理由に挙げられるそうです。なかには、その模様をSNSにアップするのが目的という参加者もいるかもしれませんが……。
 
 とはいえ、ネットやSNSが流行っているから本が売れなくなっているわけではなく、むしろ有機的に連動させて、本に関わる活動をより開かれたものにしていくための手段として使っていくほうが賢明だと思います。

 こうした諸外国の本にまつわるさまざまなイベントやコミュニティは、日本でも応用できるものが多くあります。私は特に「ブッククラブ」、つまり読書会のようなサークルに可能性を感じています。
 
 みんなで読むことで、多様な読み方を知るきっかけになる。仮に自分は未読の状態で参加しても、他の人の感想がきっかけで読んでみようと思えるかもしれません。読書会を重ねていけば、そのたびに課題図書が一定数は買われていき、書店や出版社にも還元される。すでにそうした取り組みを行っている書店もありますし、ますますその風潮が広がっていくことを期待しています。
 
 読書文化がより多くの人に広まるには、読書という行為をもっとカジュアルに捉え直すことが大切ではないかと私は思います。
 
 大学生協の調査で、読書の定義を広く捉えている人のほうが読書量が多いと出ていて、興味深く感じたことがあります。教養をつけるためとか、人生に役立てるためとか、読書を狭く捉えすぎてしまうと、かえって「自分は読書家ではない」という自己認識につながりやすくなります。その自己認識がネガティブに作用して、さらに読書から遠ざかってしまうということにもなりかねません。
 
 それよりも「いろんなものが読書だよね」というふうに読書をより柔軟に捉えてみてはいかがでしょうか。そのほうが読書に対しても好意的になりますし、その先により豊かな読書体験が広がっていくのではないかと思います。