未来・きぼう
〈親子で楽しむセイキョウギフト〉 親子の信仰体験 ホンネ 2026年7月25日
親子の信仰体験を紹介する企画「ホンネ」。さまざまな悩みを信心で乗り越えてきた、親子の本音を聞きました。(「未来ジャーナル」1月号、学年は掲載当時)
小学3年の時、体調が悪くなって病院に行きました。担当の先生が背中に聴診器を当てると、顔をしかめ、「今すぐ整形外科で診てもらった方がいい」と一言。戸惑いを隠せないまま、同じ病院の整形外科でレントゲンを撮りました。
すると、背骨がS字に曲がっていることが分かったのです。診断の結果は「脊柱側弯症」。驚きと同時に、“なんで私が……”と、とてもショックでした。
その日から、背骨を矯正するためのコルセットをつけた生活がスタート。上半身を覆うほど大きいコルセットのため、動きの制約が多いほか、強く締め付けられることへの痛みがあり、それまでの生活が一気に変わりました。
脊柱側弯症の診断を受けたのと同じ頃、小学校での人間関係に悩んでいました。ささいなことから友達との仲が悪くなり、最終的にクラスの誰とも話せなくなってしまったのです。
コルセットをつけていることもあり、周りの目が気になって、学校に通えなくなりました。外に出ることもいやになり、何もできない日々。心の中に穴があいたような状態でした。
なんとか状況を打開しようと、小学5年の秋に転校することを決意。最初は不安でいっぱいでしたが、幼稚園の時に仲の良かった友達がいたことから、うまくなじむことができ、休まず登校できるようになりました。
一方、背中の症状は少しずつ悪化。身長が伸びるのが早かったこともあり、症状をコルセットで抑えることが難しくなっていったのです。
病院の先生と相談した結果、小学6年の夏に、背中に金属の棒とボルトを入れる手術を受けることを決めました。7時間以上に及んだ手術は、無事成功。術後も痛みはありましたが、次の日からリハビリを始め、3週間後には退院することができました。その後の経過も良好で、今では元気に過ごしています。
転校、そして手術と、試練を乗り越えることができたのは、題目の功徳だと実感しています。“もう不登校になりたくない”“手術が成功するように”と、ありのまま祈ることで、少しずつ前向きな気持ちになることができました。
また、地域の方から「冬は必ず春となる」との言葉を送っていただいたことも、大きな励みになりました。
中学校に進学した直後も、学校に通えない時期がありましたが、勉強は続けたいと思い、フリースクールに通うことに決めました。高校進学に向けた具体的な目標が定まったことで、もう一度、学校に通うことを決意。周囲の支えもあり、中学3年から学校に復帰することができました。
悩み、苦しんだ日々は、決して無駄にはならない――この信心で、どんな困難も成長の糧にして、乗り越えていけることを学びました。現在は、昨年の全国未来部夏季研修会でつながった仲間と励まし合いながら、勉強や未来部活動などに励んでいます。
将来は、大学で心理学を学び、カウンセラーになりたいと思っています。どこまでも信心の道を真っすぐに突き進み、勝利の日々を歩んでいきます!
小学校でつらい経験をしている娘が、脊柱側弯症との診断を受け、“私(母・泰美さん)の一番大切な娘が、なんでこんなにも苦しまないといけないんだ”と、悔しい気持ちで題目をあげました。
それでも、“私が下を向いてばかりではいけない”と、娘の不安を少しでも取り除けるよう、夫とともに「大丈夫、大丈夫」と、声をかけていました。
私の支えとなったのは、地区の皆さんや、親戚の存在です。私の悩みに耳を傾けてくれたり、「今から題目をあげるからね」とメッセージを頂いたりしたことで、“学会家族”の温かさに触れ、心が折れずに前に進むことができました。
中学校で学校に通えなくなり、フリースクールへの進学を決めた時、娘がこう言いました。「小学校の時みたいには戻りたくない」。“この子はなんて強いんだ”と感動したのを覚えています。2度の不登校、転校、手術、全てを乗り越えた娘を、心から尊敬しています。
振り返ると、思春期の時期に娘の気持ちを理解しようと努力し、寄り添えたことは、ありがたい経験だったと感じます。
昨年は、座談会で娘と“リレー体験”を発表し、支えてくれた皆さんに感謝の気持ちを伝えました。池田先生の「勝つことよりも負けないこと」との指針を胸に刻み、これからも家族のみんながずっと笑顔でいられるよう、信心根本に“幸せの金の花”を咲かせていきます!