ユース特集
〈スタートライン〉 作家 あさのあつこさん 2024年10月20日
あなただけの希望を探し求めてほしい
累計1000万部超の『バッテリー』シリーズや『NO.6』などで、10代の少年少女からも圧倒的な支持を受ける作家・あさのあつこさん。その最新作『アーセナルにおいでよ』(水鈴社)が好評です。本書は、スタートアップ企業を立ち上げようと奮闘する4人の若者を描いた、著者4年ぶりとなる青春小説です。あさのさんに作品に込めた思いなどを語ってもらいました。
――10代の若者たちの奮闘が、みずみずしいタッチで描かれています。
編集者の方から、10代の少年少女が主人公の小説を書いてほしいという、すごくざっくりした依頼がございまして(笑)。しばらく時代小説を書いてたものですから、また10代の人たちのことを書けるだろうかと怯みはあったんですが、この依頼が刺激になりました。
私は書くときはいつも、主人公のキャラクターが見えてきて初めてスタートできます。今作についても、どんな生き方をして、好きな物は何だろうとか考えを巡らす中で、主人公・芳竹甲斐の輪郭が見えてきました。そして彼とじっくり付き合いながら、彼にふさわしい物語は何だろう、スポーツや学園ものではないな、ゼロから何かを生み出す人だな、との考えに至り、「起業」という言葉が浮かんだのです。ただ私に起業についての知識がなかったので、そこからが大変でした(笑)。ですが、知識を得るほど、甲斐という少年の個性がクリアになり、他の3人の人物像も立ち上がってきたのです。
私は他の作品もそうですが、登場人物にモデルを使ったことはありません。彼らが感じる生きづらさや希望、絶望といった感情は、元は全部、私の中からつながってきたもの。そういう感覚がないと、物語を書き進められず、話があてどもなく、さまよってしまうんです(笑)。
――4人が起業した会社名が、武器庫を意味する「アーセナル」。仮想空間に若者の居場所をつくり、困っている人には多くの人が具体的なアドバイスを寄せる会社です。
ちょっと、物騒な名前ですよね(笑)。武器は人々がいさかう場面で使われますが、私はその意味を反転させ、自分を肯定するため、居場所をつくるため、何かを表現するために必要な“生きるための武器”という意味を込めました。外に向かうんじゃなくって、自分の内側に向かう戦い。そのための武器です。
何かにつまずき、悩み、苦しい時に欲しいものって、抽象的な励ましでもなければ、お説教でもない。むしろ、大きく深呼吸してみてとか、体をゆらゆらと揺らしてみてとか、こんな本を読んでみてとか、リアルな助けになる言葉だと思うんです。一歩でなくても半歩前に進めたり、行き止まりだと思っていたら横道を見つけられたりするような、ささいだけど、すごく大切な、一人では気付けないような言葉です。これらは10代の頃の私が一番欲しかった言葉です。あの時、この一言があったら、どれほど幸せだったろう、もうちょっと自分を尊ぶことができて、誇ることができたかもしれない。そんな言葉をちりばめました。
――4人はそれぞれが、不登校やネットの中傷、詐欺への加担など暗い過去を抱えています。彼らのように、生きづらさを抱えている若者は多いように思います……。
それって、大人の決めつけだと思うんです。経済格差や少子高齢化など課題が山積する昨今を、確かな未来の見えない「閉塞の時代」「絶望の時代」などと形容しがちです。でもそれは、実は大人が勝手に描いたものに過ぎなくて、若い人たちをはめ込んで「君たちはこういう構図の中で生きている、生きづらい今を生きているんだ」と簡単に言ってしまうのは、すごく無責任だし、間違っていると思うんですよね。
生きづらい、未来に希望がないと感じるのであれば、その正体が何なのか、それに立ち向かう答えを、一人一人が自分で出していかなければいけないし、それができるから生きていけると思う。でも、それを潰してしまうことがやっぱり多い。若い人たちが希望を語ったときに、私たち大人がどう受け止めるか。結局、大人側の問題だと思うんです。だから、それにのみ込まれない、みんなが信じ込まされている枠組みを揺らすような物語を書きたかった。
10代の少年が本気で語った言葉、真実の言葉に対して、社会がちゃんと反応できるというのは、私の希望なんです。人は誠心誠意の言葉に心動かされるし、気付かされもする。それを信じられないんだったら、物書きの資格はありません。この世の中は捨てたものじゃないということを、甲斐たちと一緒になって信じたいのです。
――作中にはAIを活用する場面があり、改めて人間にしかできないことは何かを考えさせられました。
AIによって人間の生活は飛躍的に変わるだろうと思います。私は昭和生まれの人間なので、どこまで付いていけるか自信はありませんが(笑)。ただ、AIを利用しつつも、最後のどん詰まりには人でなければ駄目な部分がある。だから、人は人であることを忘れちゃいけない。誰かのために泣いたり、自分のために苦しんだり、どうでもいいことをうだうだ考えたりするのって、AIにもそれらしいことはできるけれど、生身の人間にしかできないじゃないですか。そうした部分を手放さないことが人間であるということだし、時代にのみ込まれないことでもあるような気がします。
――あさのさんにとって、小説を書く原動力は何でしょうか。
まだまだ書きたいことが山ほどあって、自分が納得できていないんです。こういう仕事に巡り合い、機会を頂けるというのは、とても幸せなことです。
自分が何を頑張りたいのか、10代だけじゃなく、20代、30代……いくつになっても自問し続けることって、すごく大事だと思うんです。他人の語る希望に引きずられると、自分に問うことがなくなってしまいます。ささやかなことでもいい。春に咲く一本の花を楽しみに生きることだって、すてきな希望です。自分で出した答えでなければ、やっぱり納得できないと思う。
絶望の時代とか、こう生きればいいとか、全て他人の言葉ですよね。それを振りまいた人が誰かも分からない。正体不明のあやふやなものに巻き込まれないためにも、自問し続けること。答えを出そうとあがき続けること。それが、その人の根っこを強く大きくさせるんだと思います。
あさの・あつこ 岡山県生まれ。小学校講師の後、1991年に作家デビュー。97年『バッテリー』で第35回野間児童文芸賞、2005年『バッテリーI~Ⅵ』で第54回小学館児童出版文化賞、11年『たまゆら』で第18回島清恋愛文学賞を受賞。他の著書に『NO.6』『ランナー』『火群のごとく』『透き通った風が吹いて』『野火、奔る』など多数。児童文学から時代小説まで手がけ、幅広い世代に親しまれている。
メール:wakamono@seikyo-np.jp
ファクス:03(3353)0087
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