企画・連載

〈Seikyo Gift〉 教育評論家 尾木直樹氏の講演(要旨) 子どもが主人公の新時代を実現! 2025年6月28日

 教育本部主催のセミナーが3月23日、東京・新宿区の創価文化センター内の金舞会館で開催され、教育評論家の尾木直樹氏が「『子ども新時代』の学校と教育」とのテーマで講演した。ここではその要旨を掲載する。(3月28日付)

新しい価値を創出する豊かな人間力を育もう
進む法制化

 きょうは創価学会教育本部のセミナーということで、小・中・高等学校をはじめ、さまざまな教育現場で奮闘する皆さんにお集まりいただきました。これだけ多くの教育関係者と対面でお話しするのは、コロナ禍以降、初めてではないかしら(拍手)。このような貴重な機会をいただき、とても楽しみにしてきました。
    
 本日は「『子ども新時代』の学校と教育」というテーマで、懇談的にお話ししたいと思います。
    
 現在、私はさまざまな場所で、「子ども新時代が到来した!」とお話ししています。その背景には、近年、子どもの人権を守る法制化が急速に進んだことがあります。
    
 2023年4月、わが国では、「こども基本法」が施行されました。これは、こども施策を社会全体で総合的かつ強力に推進するための法律です。
    
 実はそれまで日本には、「児童福祉法」や「教育基本法」などの個別の法律はあったものの、子どもの権利を包括的に保障する総合的な法律がありませんでした。
    
 「こども基本法」の第一条には、この法律が「日本国憲法」と「子どもの権利条約」(児童の権利に関する条約)の精神に則ることが明記されました。つまり、子どもが大人と同様に一人の人間として権利を持ち、社会の形成に意見する機会を得られることなどが示されたのです。
    
 この法制化に伴い、政府は「こども家庭庁」を発足させ、基本理念として「こどもまんなか社会」を目指すことを掲げました。それまで言われてきた“子どもファースト”ではなく、社会の在り方を子ども中心に捉え直す“子どもセンタード”へ、考え方を変えたのです。
    
 また、その前年の22年12月には、すでに公布されていた「こども基本法」に基づいて、文部科学省が、生徒指導の基本書である「生徒指導提要」を12年ぶりに改訂しました。これにより、教育現場においても、児童・生徒の個性や可能性を尊重し、校則の見直しや学校行事などについても生徒の意見を取り入れる方針になりました。
    
 さらに23年8月には、国連子どもの権利委員会が、気候変動に関わる子どもの権利を守るため、各国政府は環境に関する意思決定に際し、子どもの意見を考慮すべきであるとするなどの、新たな指針を公表しました。
    
 このように今、社会で、学校で、そして世界で、子どもを主人公とした新時代への動きが加速しています。さまざまな課題があることは承知していますが、私自身こうした動きに希望を感じています。だからこそ、これを単なる枠組みで終わらせるのではなく、子どもを中心に皆が幸福に生きられる社会の実現を目指して、具体的に行動していきたいと思っています。
    

生き延びる力

 「子ども新時代」を形成する大きな要素の一つに、AI(人工知能)の発達が挙げられます。
    
 AI時代の到来によって、人々に求められる能力は、大きく変化しています。スマートフォン一つで何でも調べることができ、AIが膨大な情報の中から最適な解答を導き出す現代において、人間に求められる能力は、暗記を中心とした知識量以上に、多様な個性を生かし、より良い価値を生み出せる人間力へと移り変わっています。
    
 かつては、人間の優秀さを測る指標としてIQ(知能指数)が注目されていましたが、最近では、HQ(人間性知能)といわれるものが問われるようになりました。
    
 最先端の技術も、社会のために使おうとする人間性があってこそ、幅広い領域での活用が期待できます。反対に、人間性が欠落すれば、AI兵器などによって、戦争や殺りくが激化する危険性すらあるのです。
    
 そうした中で、今、注目されているのがデジタル・シティズンシップ教育です。これは、デジタル技術の利用を通じて、社会に積極的に関与し、優れたデジタル市民になるための能力を身に付ける教育です。インターネットや情報端末が普及した今、そのリスクと利便性の両面を理解し、安全に、責任ある利活用を進めることが重要です。
    
 いずれにしても、教育には、すごいスピードで変化する時代に即応し、その中を生き抜く力を育む責任があるのです。
    
 経済協力開発機構(OECD)が推進してきた「Education2030」というプロジェクトをご存じでしょうか。世界各国の教育関係者らが協力して、2030年の近未来に求められる子どもたちの資質やその教育法などを検討し、提言したものです。そこでは、不確実な世界を生き延びる力の必要性が説かれ、具体的に、新しい価値を創出する力、対立やジレンマを調整する力、自らを客観視して責任を果たす力の三つが示されました。
    
 その後、世界中で猛威を振るったコロナ禍を経て、私は“生き延びる力”の重要性をますます実感しました。多くの課題が山積し、先の見えない時代だからこそ、豊かな人間力を育む教育の使命は大きいと感じます。
    

授業も変わる

 社会が大きく変わりゆく中で、授業の形態も進化しています。多くの教育現場で、かつて行われていた教師から生徒への一方的な講義形式の授業ではなく、児童・生徒の主体性を引き出す、探究型のアクティブ・ラーニング(能動的学び)が導入されていることは、皆さんご存じの通りです。
    
 私は長年、教育の実態を見つめてきましたが、こうした新たな取り組みの効果には目覚ましいものがあると感じます。
    
 山形県のある農業高校では、地域の「食育」に貢献するため、非常にユニークな取り組みをしていました。生徒が地域の子どもたちと一緒に農作物を収穫して料理したり、オリジナルの紙芝居を作って「食」や「農業」の課題解決に向けた啓発活動をしたりしていました。大人には思いつかない率直で柔軟な発想や、携わる子どもたちの生き生きとした姿がとても印象的でした。
    
 また先日、「スタートアップJr.アワード」という、小学生、中学生、高校生のプレゼンテーション大会で特別審査員を務めたのですが、子どもたちの豊かな創造力に驚くばかりでした。
    
 ある小学2年の女子児童は、下校時に不安を感じた経験から、小学校低学年の女子向けの、子ども同士の待ち合わせをサポートするアイデアを披露していました。
    
 またある女子中学生は、小児医療において入院時のプライバシーが確保されないなどの課題があることを、実際に入院中の友達とオンラインで動画をつなぎながらプレゼンテーション。子どものための人間ドックという新しい発想で課題解決を図り、さらに医療ツーリズムを通じたインバウンド需要を得る提案を発表していました。
    
 私は、これらの事例を見ながら、改めて子どもの可能性を信じる大切さを実感しました。子どもを一人の人格として尊重し、未来について共に考え、思い切って子どもに頼ってみたらいいのではないかと思うのです。
    

大いなる理想へ

 最後に、「子ども新時代」の教育に携わる皆さんへのエールを込めて、私が大切だと考える三つの教師力について述べておきたいと思います。
    
 一つ目は、「聴く力」です。とにかく「聴き上手」になること。仮に子どもが悪さをしても、すぐに叱るのではなく「どうしたの?」と耳を傾けてあげてほしい。「そういう思いだったんだ。勇気を出して正直に言ってくれてありがとう」と、“叱る”を“褒める”に転換できれば、共感が生まれ、子どものエンパワーメント(内発的な力の開花)につながります。
    
 二つ目は、優しさと厳しさを併せ持つこと。私は優しさと厳しさは表裏一体だと思います。子どもの人権を傷つけることは絶対に許さないという峻厳な姿勢と、同時に、傷つきそうな子どもには徹底的に寄り添って、何としても守り抜く優しさを持つことです。
    
 三つ目は、目標や理想といったアドバルーンは高く掲げようということ。教師は高い理想を掲げて前進することが大切です。アドバルーンを低くすると、学校や社会に脈打つ文化が低下する危険性があります。現実の厳しさを知っているからこそ、大人自身が大いなる理想に向かって進む姿は、子どもたちの最高の模範になります。
    
 30年後、私たちはどうなっているでしょうか。ある人は仕事を引退し、中にはお空の上から世界を見守っている人もいるかもしれません(笑)。
    
 しかし、今の子どもたちは、その多くが現実の社会を生きなければいけません。未来を生きるのも、未来をつくるのも今の子どもたちです。
    
 だからこそ、子どもを中心とした新たな時代を築くことは、希望の未来に直結すると思います。
    
 きょう集まった、教育に携わる私たち一人一人が力を合わせて、各現場で、新たな価値を創出する挑戦を続けていきましょう!