聖教ニュース(紙面)

沖縄での青年不戦サミットから 2026年6月18日

私たちが平和の主体者に!

 私たち創価の若人が平和の主体者に!――「青年不戦サミット(第35回青年平和連絡協議会)」が13、14の両日、沖縄で開催された。これには各地の青年世代の代表が集い、恒久平和と核兵器廃絶への誓いを新たにした。一連のサミットの模様と、青年平和連絡協議会で発表された各地・各部の取り組みを紹介する。

 サミット初日の13日、参加者はフィールドワークに臨んだ。糸数アブチラガマ(南城市)は戦時下、陸軍病院の分室となり、ひめゆり学徒隊が負傷兵の看護に当たった場所として知られる。ここでは、多くの尊い命が犠牲になった沖縄戦の歴史に耳を傾けた。その後、ひめゆり平和祈念資料館(糸満市)を見学。平和祈念公園を訪れ、「平和の礎」で戦争犠牲者に献花した。同日夜、那覇市の沖縄国際平和会館で第35回青年平和連絡協議会を開催。各地・各部の活動報告に続き、ディスカッションが行われた。
 2日目の14日は恩納村の沖縄研修道場へ。道場内にある、米軍の核ミサイル発射台の遺構を見学した。「ピースフォーラム」では、沖縄創価学会が1981年から沖縄戦の体験者に呼びかけて集めた「沖縄戦の絵」を題材に、フォトランゲージ(絵や写真を用いた対話型の学習)のワークショップに取り組んだ。
 サミットの参加者からは、「悲惨な歴史に胸が締め付けられる思いでした。ディスカッションなどを通して互いの考えを分かち合い、平和への自覚が深まりました」等の感想が寄せられた。 

各地・各部の取り組み
広島

 広島青年平和委員会は本年、かつて陸軍の毒ガス製造拠点があった大久野島(広島県竹原市)で研修を行った。この島で1929年から敗戦まで毒ガスが秘密裏に製造され、10代の若者が従事させられた事実や、遺棄された化学兵器が戦後も他国を苦しめてきた歴史を学び、日本の“加害”の実相を胸に刻んだ。
 広島女性平和委員会は、核兵器の悲惨さを伝え、平和の心を受け継ぐことを目的に、2004年から「被爆体験を聞く会」を開催。本年で23回目を迎えた。
 また、3月にアメリカの青年部員120人を迎えて開かれた「日米青年平和総会」にあわせて、英語で被爆証言を続ける小倉桂子氏による証言会を実施。広島平和記念資料館の見学なども行い、日米の青年が恒久平和を誓い合った。

沖縄

 沖縄創価学会が1981年から沖縄戦体験者に呼びかけて収集した約700枚の「沖縄戦の絵」は、その惨劇を住民の視点から伝える貴重な記録として、県内の多くの小・中学校で平和学習に活用されている。
 本年、この絵を用いた「フォトランゲージ」の教材を作成。フォトランゲージとは、絵から場面や描き手の心情を想像し、主体的に学ぶ学習法である。沖縄戦を“わが事”として学べる教材として、小・中学校21校が活用を申し込んだ。
 また、米軍の核ミサイル発射基地の跡地に立つ沖縄研修道場は、県内に唯一現存する核ミサイル発射台を有する。昨年から本年にかけても、識者や大使をはじめ、学びの一環で訪れる高校・大学、企業も多く、平和について考える貴重な施設となっている。

長崎

 長崎では、平和運動を多角的に広げようと「わたし発! 今こそひろげよう ピースリンク」とのテーマを掲げ、被爆体験を伝える紙芝居づくりやSDGsにつながる活動など、六つのプロジェクトに取り組んでいる。中でも力を注ぐのが、被爆遺構などを巡り原爆の実相を学ぶ「みんなのピースウオーク」だ。世代を問わず誰もが参加でき、聞いて学んだ人が、今度は自ら案内役となって語り伝えていく――こうして平和建設の担い手を、一人また一人と増やしている。
 折り鶴を使った取り組みも広がっている。昨年、全国から寄せられた約5万羽の折り鶴で、平和への願いを込めた折り鶴アートを作成。一人でも多くの人の平和への思いを結集する取り組みとして、これからも続けていく。

学生部

 学生部は、創価学会の平和運動の歩みなどをまとめた「平和学習ツール」を制作。昨年来、平和を思索し、語り合う草の根の集いを重ねている。
 核兵器廃絶や気候変動などをテーマにしたシンポジウムや展示会も各地で開催。首都圏の学生部が中心となって企画した展示会には、2000人以上が来場するなど、大きな反響を呼んだ。
 世界市民の自覚と知見を養う各種講演会も実施している。本年1月の「ピーストーク」には、インドネシア大学のデフィ・ラフマワティ准教授を講師に迎え、人間の尊厳に根差し、人々を結ぶ対話の大切さを学び合った。
 今後、大使館と協力して環境政策や貧困・飢餓対策などをテーマにしたフォーラムも開催する予定だ。