創価教育

【電子版先行】〈創価学園対話プロジェクト〉 慶應義塾大学の井手英策教授と関西創価高校生が語り合う 2026年8月16日

仲間と共に必ず社会は変えられる

 東西の創価高校生が識者との交流を通し、より良い未来や生き方のヒントを探る対話プロジェクト。慶應義塾大学の井手英策教授(財政社会学者)を招いた同プロジェクトが、6月の東京・創価高校(11日付で掲載)に続き、7月15日には関西創価高校で開催されました。生徒は小冊子「放課後の社会論」を読み込み、井手教授への質問を考えて臨みました。当日は東京の時と同じく、井手教授が自身の原体験を通して講演し、続いて生徒との質疑応答が行われました。その模様を紹介します。

※東京・創価高校での対話プロジェクトの記事はこちら

第1回入学式のスピーチ

 対話プロジェクトの舞台は大阪へ。関西創価学園に着いた井手教授が、最初に案内されたのは「希望ホール」です。創価女子学園として出発した、関西創価学園の歴史が紹介され、創立者・池田先生が同学園を訪れた際の折々の写真や、生徒に贈った励ましの品々が展示されています。

 その中に創価女子学園の第1回入学式(1973年4月)の映像がありました。池田先生のスピーチを聞いた井手教授が、中西関西学園長に「池田会長のお話の全文をいただくことは可能ですか」と尋ねました。

 そして、講演前の休憩時間、教授は全文を読み込み、思索を巡らせていました。「池田会長の言葉の中に、生徒と対話する上での大事なヒントがありました。後で種明かしをしますね」

変革は半径数メートルから

 関西創価高校の全校生徒が池田講堂に集まり、井手教授の講演の後、生徒との質疑応答が始まりました。

 ある生徒は小冊子にあった井手教授の言葉に触れ、こう迷いを口にしました。「“社会を変えるのは君たちだ”というメッセージに勇気をもらいました。一方で、“自分一人が行動しても、社会は変えられないのでは”という諦めも胸の中にあります」

 井手教授はその思いに寄り添いつつ、こう語りかけました。「もし一人だけの力で社会が変わるとしたら、それは“独裁”じゃないかな」。多くの生徒がはっとし、前のめりになります。

 井手教授は続けました。「自分一人だけの力で、世の中を変えられると考えるのは、傲慢さと紙一重ではないだろうか。まずは半径数メートルの身近な空間を、汗を流して変えるところから、全ては始まるんだと思う」

 ここで教授は、開会前まで読み込んでいた第1回入学式での池田先生のスピーチの一部を引用します。「皆さんのささやかな実践が、そのまま人類の平和への軌道に通じないわけはない」

 池田会長が皆さんに教えた通り、“ささやか”に思える実践であっても、身近なところから行動を起こせば、必ず志を共にする“仲間”が現れる。それがやがて社会を変える大きな力になるんです――井手教授はそう語り、数学で例を示しました。

 「日本の人口である1億2000万を超えるには、2を何乗すればいいと思う? 答えは27乗。自分が別の2人に志を伝える。それは“ささいな”ことかもしれない。でも、2人がそれぞれ別の2人に伝えて4人、4人がそれぞれ2人に伝えて8人と繰り返すと、27回目で日本全体に波及する。0には何をかけても0のまま。最初の1人、2人、4人という、このささやかな変革がなければ、ダイナミックなうねりは絶対に起きないんです」

 大きな社会課題の解決も、身近な一人との対話から始まる――明快な答えに拍手が起こりました。

将来を諦めさせない

 別の生徒が質問に立ちました。「日本や世界の貧富の格差」について、財政学者である井手教授の考えを聞いてみたいという内容でした。

 世界では、上位1%の富裕層が世界の4割近くの富を保有しているといわれます。一方で、最低限の生活もままならない極度の貧困層が7億人以上いるとのデータもあります。

 井手教授は「“超大金持ち”の存在なんて、僕には興味もなければ、関心もない」と前置きした上で、「でもね」と言ってこう語りました。「貧乏だからという理由で学校や病院に行けない、将来を諦めなければいけないというのはおかしい。僕は絶対にそれを許すことができない」

 その言葉の背景には、教授自身の体験がありました。
 「僕は貧乏な母子家庭に生まれました。教育熱心な母と叔母が借金まみれになって、僕を大学院まで行かせてくれた。運がよかったんです。でも、そもそも、お金持ちだとか貧しいだとか、運がいいとか悪いとかで、学校に行けるかどうかが決まるなんておかしいじゃないですか!」

 理不尽への怒りを含んだ井手教授の烈々たる叫び。学園生も真剣に聞き入ります。

 「どうか皆さん、お金持ちに心を向けるのではなく、お金がなくて困っている人たちのために、何ができるのか、どうすべきかを考える人になってください」

知と情の両立が真の力に

 昼食をはさみ、同校の万葉図書館には、「まだまだ井手先生の話を聞きたい」と、多くの生徒が集まりました。

 多くの手が上がり、順番にマイクを回していきます。

 ある生徒が問いました。「悩んでいる人がいたら、『慈悲』の心と行動で支えたい。でも支えられた側には『助けられてしまった』という屈辱が残ってしまうこともあります。この点をどう考えればよいでしょうか」

 井手教授は、だからこそ誰も弱い立場に置かれることなく、安心して暮らせる社会をつくることが大切だと強調し、その具体的な政策の一つとして、自身が提唱する「ベーシックサービス」を紹介しました。これは教育や医療、介護、子育て、障がい者福祉など、誰もが必要・必要としうるサービスを無料で提供するというものです。

 「ベーシックサービスは税を財源とします。皆で税を出し合い、誰もが安心して生きられる社会をつくるんです。だから、『助けられた』と屈辱を感じる人も少なくしていくことができる」

 続いて教授は、学園生の質問にあった「慈悲」という言葉に触れ、こう語りました。「『慈悲』を大切にしてほしい。文芸評論家である小林秀雄との対談で、数学者の岡潔がこんな趣旨のことを言っていました(『人間の建設』)。“正しいだけでは人を説得できない。人の心や世の中を動かしていくのは感情だ”と」

 慈悲や情熱などの「情」は決して「知」とは矛盾せず、むしろ両立させてこそ力になる。そう確信する井手教授は、目の前の学園生に期待を寄せました。
 「創価学園生は日常的に思想・哲学を深められる環境にいます。学校生活を通して、知識を深めつつ、慈悲などの情を体得してほしい。それこそが真に深い知性です」

やっている自分が偉い

 ある生徒は“勉強やスポーツで、周りと自分を比べて落ち込んでしまう”との悩みを話し、アドバイスを求めました。

 井手教授は、幕末に活躍した坂本龍馬の言葉「世の人は われをなにとも ゆはばいへ わがなすことは われのみぞしる」を引用します。

 「世の中の人が何と言ったって関係ない。俺のやりたいことは俺にしか分からないという意味です。僕はこの言葉の通りだと思う」

 その上で、家庭でのエピソードを紹介しました。
 「うちの娘が、“ほかのきょうだいが家事を手伝わない”と不満をもらしていた。僕はそのとき娘に言ったんです。『“やらない人間がダメ”なのではない。“やっている自分が偉い”んだ。胸を張りなさい』と。君の質問もこれと同じです。人がなんと言おうと、自分にとって大事なことを頑張ればいい。逆にその軸がないと、他の人と比べてしまうと思う」

 そう言って「君は何かやりたいことはない?」と尋ねます。生徒は少し考えて「英語の勉強は好きです」と返答。教授は「じゃあ英語を一生懸命に勉強しましょう。でも忘れちゃいけないよ。英語はあくまでツールです。英語を使って何をしゃべるかが大事。“語るべき言葉”をもってください。聞くだけの中身があれば、下手な英語でも、皆が耳を傾けてくれる」と優しく語りかけました。

 その後、当初の予定を延長するほど、将来の夢や人生の悩みなどを巡り、生徒の質問は続きました。

学園生の心に残った余韻

 学園生の質問に全力で答え、帰路に就いた井手教授。熱のこもった対話の余韻は学園生の心に残り、後日、たくさんの感想や質問が教授のもとに寄せられました。

 家庭環境に悩み、“世の中は不条理なことばかり”と悲嘆していた生徒は、井手教授がどんな苦境にあっても、環境を変えようと行動してきたことに感動。「悩み苦しんだ経験があるからこそ、行動を起こして次代の人々には同じ悩みを抱えさせないようにしたい」と力強い決意をつづっていました。

 また、「両親や友達など、まず自分の身近にいる人を大切にしながら、働きかけていくことが最重要だと思う。自分に今できることを全力で貫いていきたい」と書いた生徒もいました。

 井手教授は東京の時と同じく、関西高の生徒から寄せられた質問にも全て回答を書いたそうです。

 生徒たちが、教授と共にどのような「幸せの設計図」を描くのか――次回は秋に、東西それぞれで対話プロジェクトが開かれる予定です。

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