企画・連載

〈教育本部ルポ・つなぐ〉第12回=元小学校長、こども園の園長になる 2024年10月28日

テーマ:保育・幼児教育①

 そろそろ、あの子たちが来る頃だ。佐賀市で唯一の公立認定こども園には、0歳児から5歳児まで95人が通っている。
  
 先月6日の午前9時、園長の辻勝治さん(副総県長)は職員室から軒先に出た。園児たちが「エンチョーセンセー、けん玉やろー!」と駆け寄ってくる。「ようし!」と辻さんも腕が鳴る。
  

 クラスの部屋に入室する前に、“けん玉の先生”とも仰ぐ園長と、まずは“ひと遊び”することで、落ち着いて保育時間に入れる子もいるらしい。楽しそうな様子を見て、他の園児も加わってきた。誰が一番多く回数を重ねられるか、競争だ。

 こういう時、以前なら互いに熱くなり過ぎて、けんかになってしまうこともあったというが……辻さんが一人一人に「◯◯くん、上手くなったなあ!」「◯◯さんは、テンポがいいね!」等々とエールを送ると、子どもたちも「すごい!」「がんばれ!」と、それぞれ元気に声をかけ合う。
  
 園児たちは遊びに夢中になる中で、友達とぶつかる経験もする。自分のやりたい遊びを、みんなと仲良くやるには、どうすればいいか――「そんな葛藤を乗り越えていくことで、『共に生きる力』も『自己を表現する力』も育ちます。こうした力は、小学生になってからの“学びの土台”にもなるんです」(辻さん)。

 小学校教諭から校長まで歴任してきた39年の経験を踏まえ、かみ締めている実感でもある。定年退職後、市の教育委員会から請われて幼稚園長を7年間務めた後、今年度に開園した公立認定こども園で現職に就いた。
  
 「小1プロブレム」という言葉がある。小学校入学後の子どもたちが、幼稚園・保育園生活の過ごし方との「段差(ギャップ)」の大きさに戸惑い、不安定な状態が続くことだ。佐賀市はその解消のため、全国に先駆けて2005年から、「幼・保・小」の連携の仕組みを整えてきた。その重要な「つなぐ」役割を、小学校長時代から現在に至るまで担ってきた一人が、辻さんである。

 こども園を取材したこの日は、市内の小学校教員や、教職を志す佐賀大学生の参観日だった。これ以外にも、園児の入学先となる小学校の児童たちとの交流の場も、定期的に設けている。
  
 こうした機会を捉え、辻さんは教員や学生たちに、自らの反省を込めながら語ることがあるという。それは“小学校長時代の視点”と“現在の視点”の違いだ。「小学校に勤めていた頃の私は、入学してきた子どもたちの“発達の積み木”を、“真上”から見ていたのかもしれません」

 子どもたちが“発達の積み木”の段を重ねていくスピードは、それぞれ違う。違って当然だ。小学校入学時において10段の子もいれば、3段の子もいるだろう。
  
 しかし、大人がそれらの“積み木”を全て一律に、真上から見下ろすような視点に立ってしまうと、その“段差”は見えなくなる。ゆえに“真横”から、つまりそれぞれの「子どもの目線の高さ」に合わせて見る必要がある。そうして初めて、その子にとって“今、必要な発達の積み木”が何なのかも分かり、積み上げるための具体的な手立ても取れるのだ。
  
 「それを肌で学んで、保育・幼児教育に携わる先生たちへの尊敬の念を強く新たにしたんです。子どもたちの“発達の積み木”を地道に重ねる営みが、どれほど大変で、すごいことか」
  
 だからこそ辻さんは、こども園の先生たちが伸び伸びと安心して働けるよう守り、支え、最大にたたえていくことこそ、わが使命と決めたのだ。

 ――朝、軒先でけん玉をしていた園児たちが、今度は園庭で仲良く遊んでいる。横一列に並ぶと「よーい、どん!」。
 速さは違えど、全力で走り抜いた一人一人の背中を見つめながら、辻さんは心で全員に“1等賞”を贈った。

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 kansou@seikyo-np.jp
  
 ※ルポ「つなぐ」では、子どもや保護者と心をつなぎ、地域の人と人とをつなぐ教育本部の友を取材しながら、「子どもの幸福」第一の社会へ私たちに何ができるかを考えます。