くらし・教育
【インタビュー】お父さんが“育休”を取ると1カ月で人生が変わる――『「家族の幸せ」の経済学』著者・山口慎太郎さんに聞く 2022年6月19日
男性社員「年末に子どもが生まれます」、男性上司「そうか、ますます仕事を頑張らないとな! はっはっは」。一昔前なら、こんなやりとりが当たり前でしたが……。今は上司から「育休、どうする?」と、聞く時代になりました。それでも、足踏みしてしまう男性当事者や戸惑う上司は、まだまだ多いでしょう。今回は「父の日」に寄せて、結婚、出産、子育てにまつわる「家族の経済学」を研究している東京大学大学院経済学研究科教授の山口慎太郎さんに、さまざまな国の研究結果を交えながら、男性育休が家庭、企業、社会に及ぼす影響や効果について聞きました。これからパパになる人、必読です。
――ある調査では、中堅男性社員のうち、86%が育休を希望していることが分かりました。男性が育休を取得した場合、父親として、どのような影響があると考えられますか。
父親自身が、長期的に子育てに参加するライフスタイルに変わることが分かっています。
生まれてすぐは、子どもを「かわいい」と思えない父親がいるかもしれません。しかし、育休期間に毎日、子どもの世話をすることで、愛情ホルモンと呼ばれるオキシトシンが分泌され、「子どもって、かわいい」と実感できるようになります。
子どもとの触れ合いを通して、その後の家事や育児への関わり、働き方などを見つめ直す機会にもなります。
カナダのケベック州では、父親が5週間の育休を取得した3年後の生活実態を調査しました。すると、家事時間は1日平均70分から85分に、子育て時間は90分から110分に伸びていました。「1カ月ほどの育休で何が変わるんだ?」という懐疑的な向きもありますが、「父親の人生を少なからず変える」と言えます。
それに、男性が家事・育児に参加することは、パートナーの負担を減らし、もう一人産み育てたいという気持ちを育みます。産後うつやメンタルヘルスの負担を減らすことにもなります。実際、男性の子育て負担割合が高く、労働市場におけるジェンダー平等が進んでいる国ほど、出生率が高いことが分かっています。
――子どもへの影響は。
ノルウェーでは、父親の育休が子どもの発達に与えた影響を知るため、学校での成績に着目。子どもが16歳になった時の偏差値が1ほど上がったそうです。
幼年期から少年期になるまでの間を追跡した調査がないので、何が起こったのかを知ることはできません。
しかし、仮説として、「父親が子育てに熱心に参加するようになり、子どもの勉強を見たり教えたりすることが増える」「父子関係が良くなることで、子どもの感情が安定して勉強に集中できる」といったことが考えられています。
――パートナー(妻)との関係性は強まりますか。
どちらかというと、良い方向に進むことが分かっていて、長期的に見ると、どの国でも離婚率は上がっていません。むしろ、下がることも報告されています。
アイスランドでは、2001年から父親の育休取得を推進した結果、出産5年後の離婚率が23%から17%に、10年後では33%から29%に下がりました。これは、父親の育休取得が夫婦関係の安定につながったことを示しています。
一方、スウェーデンでは育休制度の改革によって、出産後3年以内の離婚率が12%から13%に上昇しました。5年以内の離婚率で見ると、大きな差はありません。5年後にしていたであろう夫婦の離婚が3年以内に前倒しされた、と解釈されています。
子どもが生まれることで、夫婦の関係性は大きく変わります。私も子どもが生まれた最初の数日は、家族がもう一人いることに戸惑いを覚えました。とても小さくて、どう接していいのか分からない赤ちゃんを前に、途方に暮れたこともあります。
ただ、接しているうちにすぐに慣れて、うんちオムツは私の担当になりました。子育ての苦労も喜びも、夫婦一緒に経験することで、夫婦は同志になれるのではないでしょうか。
――企業には、どんなメリットがありますか。
育休取得者がいることで、他の従業員の成長機会につながり、属人的な仕事の進め方を解消するきっかけになります。優先度が低い、実は不要だった、という業務の棚卸しもできます。
育休を取得した社員は、時間に対する意識がシビアになるので、残業せずに時間内で仕事を終わらせることが期待でき、生産性の向上にもつながります。一時的に人が抜けるのは、痛いといえば痛いのですが、1カ月程度であれば、乗り切れるのではないでしょうか。
デンマークでは、30人以下の企業を対象に、男性の育休取得による業績への影響に関する研究を行いました。その結果、社員が育休を取っても利益は減らず、倒産確率も変わらない。業績には基本的に悪影響はない、と結論づけられたのです。
企業内部では、育休取得者の同僚の労働時間が増えましたが、それに対する残業代を払い、同僚のバックアップをしっかり行っていました。一時的に人を雇い入れた企業もあります。
類似した研究として、病気や事故によって、突然欠員が出た場合は、利益や倒産確率に悪影響が及ぶことが知られています。欠員が出ること自体は企業にとってマイナスになりますが、育休は事前に分かっていることなので、計画的に対処することが可能です。国によって文化や環境は違いますが、日本の中小企業でも十分参考にできると思います。
「わが社ではできない」と言ってしまえば、そこから先を考えなくていいので、楽かもしれません。ですが、「できる前提」で向き合えば、結果的に会社のパフォーマンス向上につながるので、考えてみる価値はある、と思います。
――男性育休を推進する上で大切なことは?
大前提として、企業のトップの「男性育休を取れるようにしなきゃいかん!」という決意が必要です。とはいえ、当然、気合だけで乗り切れる問題ではないので、実現するためには、デジタル化の推進と、コミュニケーションの活性化が鍵になります。
中小企業でも男性の育休取得の推進を機に、デジタル化への移行が進んだ、という事例もあります。また、育休取得者と上司だけでなく、みんなでどうすれば乗り切れるのか、部署を超えて知恵を出し合う中で、業務の改善につながることが多々あります。
コミュニケーションが活性化することで、普段から業務の問題点に気が付きやすくなるし、仕事の進捗状況を共有することで、誰かが抜けても別の人を当てることがスムーズにできます。
「わが家は子どもがいないんだけど、そういう人はどうでもいいのか」「男性の育休だけ、こんなにもてはやされて……」という話になることもありますが、まったくそんなことはありません。
ゴールは、誰にとっても働きやすい会社や社会をつくることです。
その第一歩として、男性の育休取得推進がターゲットになっているだけで、恩恵を受けるのは、全ての人です。労働時間ではなく、実績や成果で評価してもらえるようになったり、自身の病気や家族の介護が必要になったとき、短時間勤務やリモートワークを選べたり。自己研鑚に時間を使えるようになることもあります。
企業が抱えているさまざまな問題をドミノ倒しで解決する先頭が、男性の育休取得の推進といえます。
――育休を取っても、家でダラダラする、家事・育児をしないなど「取るだけ育休」になってしまう父親もいます。育休を取得すると決めた後、何を準備すればよいでしょうか。
子どもが生まれてくることは、何カ月も前から分かっていることなので、準備はしておくべきです。私も両親学級に参加して、必要な心構えを学んだり、買い出しに行ったりしました。自分としてはやっていたつもりですが、妻の負担はもっと大きかったと思います。
今は、本や雑誌、動画など、さまざまな媒体を通して、産前産後について知ることができます。可能な限り、時間を割いて、学ぶ機会を取った方がいいですね。知識としてあるだけで対処できることが増えます。
その上で、出産から産後の一連の流れについて、何がどういう順番で起こるのか、順を追って知ることが大切だと思います。
事前に知っておけば、次に何が必要なのか予想できます。おむつの替え方やミルクのあげ方、お風呂の入れ方などは、やらないと忘れてしまいますが、その時になって調べれば、すぐに思い出せます。
第1子の場合なら、女性にとっても全てが初めてのことばかり。母親側の子育てスキルがゼロで、自分もゼロなのだから、一緒にやるのは、すごく理にかなっています。父親のスキルがゼロのままだと、あとからでは手が出しにくくなってしまいます。
それだけでも、第1子誕生の最初の1カ月は、家族全体にとって、すごく大きな意味があります。
――7~8割が育休を取得する北欧の父親たちも、最初はちゅうちょしていた、と聞きました。
育休を取らない理由として、「昇進などキャリアに悪い影響がありそうだから」「仕事が忙しいから」などがよく挙げられます。
今でこそ、7~8割の人が育休を取得する北欧ですが、最初は日本の父親と同じような不安を抱えていました。
ノルウェーでは、1977年から有給の育児休業が認められていましたが、当時、実際に取得した人はたったの3%。そこからさまざまな改革が行われ、93年には35%まで伸びましたが、それでも現在の取得率から見れば半分程度。しかし、2006年には、育休取得率が7割に達したのです。
何が起こったのか。調べてみると、同僚や兄弟に育休取得者がいた人は、自分も取得する傾向にあることが分かりました。さらに、会社の上司が取得したときの部下に与える影響は、同僚同士よりも2・5倍にもなったのです。
男性育休は、「勇気ある一人」から広がっていく――。今の日本でも、こうしたムーブメントがすでに起こっているはず。誰もが働きやすい社会をつくるため、勇気の一歩を踏み出してほしいと思います。
やまぐち・しんたろう 東京大学大学院経済学研究科教授。1999年、慶應義塾大学商学部卒業。2001年、同大学大学院商学研究科修士課程修了。06年、アメリカのウィスコンシン大学経済学博士取得。カナダのマクマスター大学助教授・准教授、東京大学大学院経済学研究科准教授を経て、19年より現職。専門は結婚、出産、子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」と、労働市場を分析する「労働経済学」。著書『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)は第41回サントリー学芸賞を受賞、「週刊ダイヤモンド」ベスト経済書2019の1位に選出。
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【編集】カラフル編集チーム
【写真】本人提供
【イラスト】PIXTA