聖教ニュース

池田先生の初訪印65周年 インド創価学会が躍動 2026年2月21日

各地の会合での活動体験から(要旨)

 地涌の使命を胸に、弘教拡大に躍動するインド創価学会(BSG)。ここでは、池田先生の初訪印65周年を祝賀して行われた常勝西インド総会(1月26日、ムンバイ市内)と全国幹部会(同28日、ニューデリーのBSG本部)のダイジェスト動画とともに、代表による活動報告と体験発表の要旨を紹介する。

〈常勝西インド総会〉 アディティ・デイ・サルカール副女子部長
常勝スピリットを胸に

 常勝スピリットは関西魂であり、“BSGの関西”ムンバイの精神そのものです。
 
 ムンバイでは昨年8月から「常勝キャンペーン」と銘打ち、三つのことに挑戦してきました。
 
 第一に、唱題会を週2回の朝、ムンバイ文化会館で行い、「湿れる木より火を出だし、乾ける土より水を儲けんがごとく」(新1539・全1132)の御聖訓のまま、懸命に題目を重ねてきました。
 
 第二に、小説『新・人間革命』等から関西に関連する池田先生のご指導を“関西ハンドブック”としてまとめ、学び合ってきました。
 
 第三に、圏から地区までそれぞれが折伏目標を定め、弘教拡大に挑み抜きました。
 
 広布拡大の勢いはナーグプル、プネー、アーメダバード、バローダなど西インドの他の都市にも広がっています。
 
 昨年10月には南アジアの各国と関西の会場をオンラインで結んで「南アジア×関西 YOUTH ZADANKAI」を開催。ムンバイ文化会館では青年・未来部員、友人ら約250人が参加し、友情を育み、信心の喜びを分かち合いました。
 
 こうした取り組みによって、メンバーから勝利の体験が相次いで報告されています。
 
 ある圏の男子部では、小説『新・人間革命』の勉強会と唱題会を定期的に行い、新たに35人の同志が立ち上がりました。
 
 解雇を言い渡された女子部員は、信心根本に就職活動に励む中で転職し、給与が前職から40%上がりました。
 
 また、ある男子部員は部員激励とともに、「11・18」に向けて折伏に挑戦し、4人に弘教を実らせました。
 
 私自身は35人に仏法対話し、8人が会合に参加。そのうち、2人がBSGの一員となりました。
 
 私たち青年部は常勝スピリットを胸に、“題目と折伏のチャンピオン”としてインド広布をけん引していく決意です。

〈全国幹部会〉 リシャブ・パンデー男子部本部長
亡き弟と歩む広布の道

 私は母、妹、弟と一緒に入会して15年になります。当時、父はアルコール依存症で無職だったため、わが家はいつも貧乏でした。家主との裁判で負け、家財道具は道に投げ出されました。
 
 しかし、母は動じませんでした。毎日3、4時間唱題し、私たちを広布の人材に育てると決意していました。その姿に励まされ、私は信心根本に奨学金を勝ち取りました。また、小説『新・人間革命』を学ぶ中、アジアの民衆の平和と幸せを願う池田先生の心に触れ、“師匠の祈りにお応えするために私は生まれたのだ。従藍而青の弟子になる”と誓いました。
 
 勇んで折伏に挑戦し、これまで40人が入会しました。
 
 そうした中、父はアルコール依存症を克服し、借金を返済することができました。
 
 弟は広布の使命に目覚め、地区で20人の同志を立ち上がらせ、皆の幸せのために尽くしました。そして優秀な成績を収め、念願だった映画学校へ進学しました。
 
 しかし、入学後すぐに、結核性髄膜炎を発症。昨年3月、霊山へ旅立ちました。
 
 私は弟の分まで広布に戦うと決意したものの、喪失感に襲われました。その後、勇気を奮い起こし、資格試験の受験を決意。受験当日の朝、祈っていると、弟との誓いを思い出しました。
 
 弟は生死を貫く仏であり、広布誓願に立ち上がった私たちは永遠に結ばれているのだ、と深く実感しました。
 
 心の暗雲は晴れ、仕事と学会活動に打ち込みました。職場では、システムの大規模なクラウド移行を主導し、社内表彰に推薦されました。また、縁した20人に仏法対話し、担当する地区では新たに5人の男子部員が誕生しました。
 
 弟は新たな使命とともに「地涌の菩薩」として再び生まれてくるに違いない――この確信で広布の道を歩み、幸福の連帯を広げていきます。

〈全国幹部会〉 アマン・ナヤル本部長
職場で信頼の実証示す

 私は1992年に入会しました。青年時代はMBA(経営学修士)取得を目指し、勉強に取り組んでいました。
 
 その頃、先輩から“社会を変革する先駆の学生部たれ”との池田先生の指導を教えていただきました。使命を自覚し、祈りと学業に励み、インド屈指のビジネススクールであるインド経営大学院アーメダバード校に進学しました。
 
 その後、MBAを取得し、インド有数のメディア企業に入社。信心根本に仕事に全力で取り組みました。
 
 やがて、グループ内のヒンディー語新聞部門の責任者に。大胆な改革を行い、国内の日刊紙として発展させることができました。
 
 そんな中、2009年に日本でのSGI研修会に参加。先生にお会いし、不惜身命の実践を誓いました。
 
 その後、仕事で大きな試練に襲われました。私は不屈の決意を手紙にしたため、先生に送りました。広布拡大の先頭に立ちながら業務に従事。2年間の格闘の末、職場で信頼を勝ち取り、昇進することができました。
 
 池田先生は述べられました。「師と出会い、師に応え、師と共に戦い、師の勇気と智慧を生命に刻んでいく中で、自分の小さな境涯のカラを破ることができる。それこそが、大いなる未来の自己を築きゆく勝利の根源力となる」と。
 
 この言葉を命に刻み、同志の激励に奔走。学会活動のため、車で1日100キロ以上を運転することもありました。その中で、多くの人材を育てることができました。
 
 そして2015年、BSGは目標だった10万人の連帯を達成しました。
 
 壮年部では今、小説『新・人間革命』を学び合っています。これを通して、私は毎日、師匠と対話しています。
 
 これからも師弟誓願の祈りを根本に、御書と『新・人間革命』を研さんし、折伏と人材育成に尽くしていきます。