企画・連載

〈ブラジル教育リポート〉⑤ ブラジル創価学園――カトリックの学園長に聞く 2025年9月15日

創価教育を宣揚する理由とは?

 ブラジルの国勢調査には、自らの「信仰」を自由記述で答える欄があります。それによると人口の約84%はキリスト教徒。昨年10月、ブラジル創価学園の学園長に就いたホドリゴ・テイシェイラ・コンセイソン氏も敬虔なカトリックです。氏はなぜ、仏法の人間主義の思想に基づく創価教育を宣揚するのでしょうか。(記事=大宮将之、写真=種村伸広)

■学びと人生に「意味」を見いだせる人に

 サンパウロ市にあるブラジル創価学園を訪れたのは、3月27日の朝(現地時間)だった。
  
 登校してきた児童の一人と目が合った。4日前に、市内の創価学会の会館で行われた会合を取材した折、出会った少年だった。まさか学園生だったとは。日本のアニメ「ドラゴンボール」が大好きだと言うので、主人公・孫悟空のイラストをA4用紙に鉛筆で描き、プレゼントしたのを覚えている。

 その彼が駆け寄り、バッグから紙を取り出した。あの悟空の絵に鮮やかな色が塗ってある。「いつかまた会えた時に」と、渡す準備をしていたらしい。
  
 両手で、大切に受け取った。

 迎えてくれたコンセイソン学園長に伝えると、目を細めた。
  
 「私たちは、学園生と常々、『創立者・池田大作先生と同じ目線で世界を見よう』と確認し合っているんです。彼は自分なりに、『池田先生だったらどうされるだろう』と考えて、行動したのでしょう」

 創立者がブラジル創価学園に託した「社会的使命」がある。それは「一人ひとりの価値創造の可能性を開花させる人間教育の要塞」に――創価学会初代会長・牧口常三郎先生が、第2代会長・戸田城聖先生と共に確立した「創価教育学」の理念は、この一言に凝縮されている。
  
 コンセイソン学園長は昨年、ブラジル創価学会のリーダーを通して、創価三代の会長を貫く人間教育の軌跡を知った。牧口先生の『創価教育学体系』や、池田先生の指針集『わが教育者に贈る』をひもといた。

 感嘆した。口惜しさすら覚えたそうだ。サンパウロ大学やハーバード教育大学院で教育学と教育経営を学び、三つの大きな私立学校の経営を成功させてきたが「なぜこれまで、創価教育に出合わなかったのか」と。
  
 理想としていた教育がここにある――そう確信し、決めた。「私は池田先生の弟子だ」

自分の言葉で

 卓越した経営手腕と高潔な人柄が評価され、昨年10月、学園長に。2001年、最初に「ブラジル創価幼稚園」が誕生して以来、カトリックの信仰を持つ学園長は初だという。
  
 幼稚園から高校までの一貫教育となった現在、94人の教職員のもとで375人の学園生が学びを重ねているが、児童・生徒の6割の家庭が仏教以外の宗教的背景を持つことを考えると、驚く必要はないかもしれない。
  
 むしろ信仰者として学校経営を追求してきたからこそ、「仏法を土壌としたこの学園であれば、商業主義ではなく『人間主義』の学校として、社会に貢献できると実感しています」(コンセイソン学園長)。

 法華経は「智慧と慈悲の開花」を仏の願いとする。万人の生命に備わる無限の可能性を信じ、「仏の境涯」に高める哲理だ。
  
 創価教育は「幸福になる力の開発」を目的とする。幸福とは「美・利・善」の価値の創造にあるとして、それを可能にする「人格価値」を高める実践だ。
  
 「実際に授業をご覧ください」と、学園長が案内してくれた。まず気付いたのは、どの教室も「少人数の編成」であること。「1クラス20人まで」と決められていて、教員は一人一人と対話しながら授業を進めている。

 記者が日本人だと分かると、流ちょうな日本語で声をかけてくれる児童・生徒も。公用語はポルトガル語だが、英語を第2言語として位置付け、日本語やスペイン語も学べるという。
  
 高校の部では数学や国際政治の授業が英語で行われる。「国際バカロレア(IB)」の教育プログラムの一環だ。これにより、国内の大学をはじめ、日米の創価大学や世界的な名門学府に卒業生を送り出している。
  
 ただ試験のために語学を学ぶのではない。生徒は「何のために学ぶのか」と問われると、それぞれが“自分の言葉”で答えを返す。「世界中に友達をつくりたいから」「国際的な課題を解決したくて」等々――。

幸福を感じる

 「この学びにどんな意味があり、人生のどんな価値が創造されるか」を子どもたちが意識できるよう、教育者は意識的・計画的に関わらなければならない――それが、牧口先生の考える「創価教育」だった。
  
 ブラジル創価学園の体育の授業で、中学生がバレーボールの「トス」を練習していた。
 学園長は言う。「この授業に『美・利・善』の三つの価値があることを、教師は生徒に伝えます。牧口先生は前提として、体育の目的は『幸福の根底である健康』の増進にあると述べられていますが――」

 その上で三つの価値とは?
  
 まずは「美」。スポーツそれ自体を「楽しむ」ことである。
  
 続いて「利」。飛んでくるボールの位置を捉え、指を大きく広げて受け止める動作は、“第2の脳”といわれる指先の感覚を鍛え、思考力や集中力を高める。図形や文字を自在に書く力も向上する。空間認識能力も磨かれる。これらは日常の生活でも、いつか何らかの仕事に従事する際にも、「自分と他者のため」という行動を通して「利益」を生み出す力となろう。
  
 そして「善」。仲間が受け取りやすいようにトスをする。声を出し合い、呼吸を合わせる。そうすれば自分も相手も、力をより発揮できる――こうして、協調の感度と技術を高めることは、社会的価値(公益)を創造する生き方につながる。
  
 「トスの練習」一つでも、生徒が生き生きとしているのは、「何のため」を実感できるからだろう。科学の実験室でも、音楽や絵画、図工に取り組む教室でも、その輝きは同様だった。

 「ユネスコスクール」の加盟校として、「平和」「人権」の理念を基に地球的課題の解決に向けた人材育成が求められるからこそ、学園長は「創価教育の理念の強化」を一段と図る。教職員とはもちろん、児童・生徒や保護者との間でも「創価教育とは何か」を語り、確かめ合うミーティングを定期的に開催しているという。

 ――学園のロビーに小学生と教職員が集まった。3月に誕生日を迎えた子どもと大人の名前が一人ずつ呼ばれ、皆が口々に「おめでとう!」「大好きだよ!」と伝えている。そして「バースデーソング」の大合唱へ。
  
 学園長は、ほほ笑んだ。
 「『生まれてきて良かった!』と皆が幸福を感じられる、人間的な世界を築くこと――それが池田先生の願いですよね」

●記事のご感想をこちらからお寄せください。
  
●「ブラジル教育リポート」のまとめ記事は、こちらから無料で読めます。電子版では、紙面で掲載しきれなかった写真を数多く追加しています