企画・連載
〈スタートライン〉 ユーモアコミュニケーショントレーナー 草刈マーサさん 2025年9月21日
「超」真面目人間からユーモアプロフェッショナルに
人間関係のギスギスや、コミュニケーションのすれ違い――。それらを変える鍵は、テクニックでも根性でもなく、「ユーモア」かもしれません。草刈マーサさんは、米国ユーモアセラピー協会(AATH)公認のユーモアプロフェッショナルとして、「ユーモアの力」を伝える活動をしています。かつての真面目すぎて苦しかった日々から、どうして笑顔を広げるトレーナーになったのか。草刈さんの話に耳を傾けました。
――ユーモアに注目したきっかけを教えてください。
私はもともと「超」がつくほどの真面目人間でした。人からの軽口にもすぐ傷つき、失敗するといつまでも引きずり、自分にまったく自信が持てませんでした。
アメリカに住んでいた頃、夫と交通事故に遭い、大けがを負ったんです。夫は足にギプス、私は手に包帯。手術が必要で、息をするのもつらい状態でした。不安でいっぱいで、会話すらままならないほど気持ちが沈んでいました。
手術の日、病院の待合室にいると、看護師さんが私たちを見るや、こう言ったんです。「あんれまあ。派手な夫婦げんかねえ。どっちが先に手を出したの?」って(笑)。私たちは顔を見合わせて笑い出してしまいました。あんなに苦しかったのに、心がすーっと軽くなったんです。ユーモアって、こんなにも人の気持ちを癒やす力があるんだと実感しました。そのときの感覚が忘れられなくて。
他にも、現地の人がちょっとしたことで大笑いしたり、初対面でも気軽にプライベートな話をしたり……。そうした場面に接するうちに、ユーモアって心と心をつなぐ大事なツールなんだと気付いたんです。それからAATHでユーモアについて本格的に学び、今の活動につながっています。
――著書『ユーモアコミュニケーション』の中で、「ユーモア体質になれば、人生は変わり出す」と語られています。
ユーモアのセンスって、面白いことを言うことではなく、面白いことを見つけることだと思っています。何げない日常の中に、クスッと笑えることや、ちょっと変なこと、不思議なことって意外とありますよね。そういう「小さな面白さ」を見つけようとすることが習慣になっていくと、日々の生活が輝き出すと思うんです。この「面白がろうとする気持ち」がある人のことを「ユーモア体質」の人と呼んでいます。もちろん誰にでも身に付けられます。
――具体的には、どんなことを実践すればいいですか。
まずは「相手に興味を持つこと」です。例えば、家族ではない子どもを前にして、何を話せばいいか分からないことってありますよね。共通点も少ないし、こちらが質問しても、素っ気なかったりして、なかなか会話が盛り上がらない。でも、そんなときこそ、焦らずじっくり観察して、相手の言葉に耳を傾けます。
そして、「今着ているTシャツどこで買ったの?」とか、かばんにマスコットを付けていたら「その人形、かわいいね」とか言ってみる。相手の興味がありそうなことを聞いていくと、自然とうれしそうに返してくれるものです。そういう姿を見ると、こっちまで楽しくなります。
また以前、ある子が、「お弁当のふたを開けるとき、すっごくワクワクする!」って、目をキラキラさせながら話してくれたんです。それを見て、自分も昔はそうだったなってハッとしたんですよ。今の私なんて、スマホを見ながら、何も考えずにふたを開けちゃっているなと(笑)。
相手のことを面白がろう、観察しようという姿勢があれば、自然とユーモアが生まれる。それが私の大事にしていることです。
――現在はどういった活動をされているのですか。
「自分を変えたい」「もっと気軽にコミュニケーションが取れるようになりたい」と思っている方々に向けて、ユーモアを使って自分らしく会話ができるようになるためのトレーニングを行っています。
また、感情表現や表情の使い方に着目し、ユーモアを取り入れて英語を学ぶ「ユーモア英会話」という講座も行っています。
2023年からは、午前6時30分から毎日、SNSでライブ配信をしています。一日の始まりに少しでも元気や笑顔を届けたいという思いで続けています。
――活動を続ける中で、印象的な出会いはありましたか。
ある男性は、奥さまに「あなたといても面白いと思ったことはない」と言われたそうです。その言葉をきっかけに、以前は「相手を言い負かしたい」という気持ちが強かったそうですが、講座への参加を重ねるうちに、「遊び心をもって人と関わろう」と思えるようになり、「相手の話をよく聞こう」という姿勢に変わっていったそうです。その結果、職場での人間関係までどんどん良くなったそうです。
また、会社の社長をしているある女性は「男性社会で戦うには、なめられちゃいけない」と、常に“鎧兜”で身を固めるような感覚で働いていました。なので怒ってなくても、周囲から「機嫌が悪いのかな」と気を使われていたそうです。それが講座を通して、だんだんと笑顔でいることが多くなり、今では「何かいいことあったんですか」と声をかけられるようになったとおっしゃっていました。
――ユーモアがあると、人生が前向きになりますね。
「草刈さんって、どんなことでも“いい経験”って言うよね」と笑われたことがあります。だって本当に“いい経験”だと思っているんですよ(笑)。象徴的なのは、初めに触れた交通事故の時で、あの事故があったからこそ、あのすてきな看護師さんと出会い、ユーモアの力に救われました。それがなかったら、今の私の生き方にはなっていなかったと思います。
だから私は、過去は変えられないけれど、過去の“意味”は変えられると信じているんです。
同じものを見ても、笑顔でいるのと、むすっとした表情でいるのとでは、笑顔の方が楽しく感じられるという実験があるそうなんです。私も試してみましたが、本当にその通りでした。“ユーモアのめがね”をかけて、ちょっとした笑いの視点や心の余裕をもって物事を見る。そうすれば、つらかった経験も「ありがたい経験」に変わっていくのだと思うのです。
・タコ糸で縛ってある焼き豚を見て
「どうして縛るの? まだ動くの?」
・気に入ったデザインだけど、サイズが小さい服を見て一言
「こんな細い服、内蔵取り出さなきゃ着られないわよ」
くさかり・まーさ 米国ユーモアセラピー協会(AATH)公認ユーモアプロフェッショナル。独自のプログラムを開発し、ユーモアコミュニケーションクラスを立ち上げる。
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