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HSPとの出合いをゴールではなくスタートに 創価大学専任講師・飯村周平さん 2025年2月8日

電子版連載〈WITH あなたと〉 #HSP

 「HSP(Highly Sensitive Person)」は心理学の分野で提唱され、研究が進んでいます。
 HSP傾向のある人は、「とても感受性が高く、良くも悪くも影響を受けやすい」とされます。それは病ではなく、あくまで個人の特性の一つです。
  
 HSPの研究者である、創価大学専任講師で心理学者の飯村周平さんは、正しい情報にアクセスする重要性と、その方法について語っています。(取材=久保田健一、宮本勇介)

■ブームの負の側面
 ――HSPは現在、日本で広く認知されるようになりました。飯村さんは著書『HSPブームの功罪を問う』(岩波ブックレット)の中で、ブームになったのは、2020年に複数のメディアがHSPを取り上げたからではないかと言及しています。

 「HSPを知って、それまでの生きづらさが、ふに落ちた」。こうした投稿をSNS上で目にするようになりました。
  
 目に見えない生きづらさに、HSPという名前が与えられたことで、安心する人が増えたからだと思います。これはHSPブームの良い側面といえるかもしれません。
  
 一方で、SNS上には根拠のないHSP情報が数多く出回っており、専門家以外の人にとっては、正誤の判断がつきにくい状況でもあります。
  
 そのため、本来は精神障がいの疑いが強く、医療機関につながる必要があるにもかかわらず、「HSPだから自分には必要ない」と、診察の機会を逸している人もいます。
 ここには、精神的な障がいに対するネガティブなイメージが、いまだ社会の中に根強くあるのが原因のように思われます。
  
 また、HSPは気質であり病ではないのに、「HSPを脳波で検査・診断できる」とうたっている場合があります。結果、自費による高額な診療を受けることもあるようです。
 読者の中には、HSPを自認していて、精神科クリニックで相談したいと考えている人もいると思います。その場合は、「HSPを検査・診断できる」とアピールしていないクリニックを選ぶことを個人的におすすめします。
  
 さらに、HSPを自称する人をターゲットにした、カルト団体やマルチ商法の勧誘も見受けられるので、気をつけたいものです。

 ――どうすれば正しい情報にアクセスできますか?

 「HSPは、学術的にはどう定義されているのか」という視点も持ってもらえればと思います。
  
 日本で浸透したHSPの情報には、科学的な根拠に基づかないものが多いんです。
 心理学では、「感覚処理感受性」が相対的に高い人にHSPのラベルを貼ることがあります。
  
 専門的な言葉ですが説明すると、感覚処理感受性とは、HSPの生みの親・エレイン・アーロン博士が提唱した概念です。
 博士は、感覚処理感受性には、次の4要素(DOES)があると言及しています。
  
 ・感覚刺激に対する深い処理
 ・感覚刺激に対する圧倒されやすさ
 ・情動的反応や共感の高まり
 ・僅かな感覚刺激に対する気づき
  
 HSPブーム下では、「Highly Sensitive Person」をそのまま日本語訳しただけ、すなわち「生まれつき非常に感受性が高く敏感な気質をもった人」とだけ説明して終えているものが非常に多いんです。
 そのため、4要素全てに当てはまらず、敏感な気質があるというだけで、「私はHSPなんだ」と捉える人が急増しました。
  
 実は、心理学の研究において、HSPかどうかを判断するための明確な基準はありません。
 感受性は、私たちの誰もが持つ特性で、低い人から高い人まで連続的なグラデーションが観察されます。ですので、心理学者によって、感受性の程度が「上位15~20%程度」をHSP群とする場合もあれば、「上位30%程度」とする場合もあります。
  
 そもそも、この分野の研究者は、ある個人がHSPであるかどうかを「診断」するための研究をしていません。
 基本的に、感覚処理感受性の個人差が、その他の心理学的な変数(データ項目)とどのように関連するのかを明らかにしようと努めているのです。

■正確な情報に触れて環境調整を
 ――誤った情報による被害は避けたいものです。他方で、ブームの良い側面の指摘もあり、「HSPを自認することで本人の生きづらさが解消されるなら、それでいいじゃないか」という声も一定数あろうかと思います。

 私自身、幼少期から神経質だといわれたり、不登校やパニック症などを経験したりしました。
 そのため、大学に入ってHSPという概念に出合い、自分をよりフラットな目線で見られることに衝撃を受けた一人です。
  
 ただ、HSPというラベルを貼るだけでは、一時的な不安を解消することはできても、長期的な視点では生きづらさを改善することは難しいでしょう。なぜなら、人間の生きづらさというものは、HSPだけに起因するわけではないからです。
 「HSPだから、こうしなければいけない(してはいけない)」と、何にでも当てはめるような“単純化”には注意が必要です。
  
 その意味では、HSPとの出合いを「ゴール」にするのではなく、「スタート」にする視点が、生きづらさの改善にとっては不可欠になると思います。

 ――HSPとの出合いをスタートにするためのヒントを教えてください。

 まず、より正確なHSPの情報に触れてほしいです。
  
 HSPブームが加速するさなかの2020年に、学術的なHSPの情報が得られるサイトとして、「Japan Sensitivity Research」を立ち上げました。
  
 できるだけ正確な記述を心がけた上で、HSPの考え方や世の中で広まった誤解を分かりやすく解説してみましたので、参照してみてください。

 心理学者によるHSP情報サイトは、以下のリンクから。
https://www.japansensitivityresearch.com/

 他におすすめしたいのは、正しい情報をもとに「環境調整」をすることです。
  
 自身の環境に目を向け、「なぜ、生きづらさを感じるのか」を探ってみる。そして、場合によっては、その環境から離れたり、周囲の人や、臨床心理士などの専門家に相談して調整したりすることが必要になります。
  
 単純化された情報が求められやすい時代ですが、人間の心理は複雑です。簡略化して説明することは容易ではありませんし、そこが興味深いところでもあります。
  
 一学術者としては、人間への理解が深まり、生きやすさを模索する手立てにつながるよう、今後も正しい情報発信に努めていきたいと思います。

〈プロフィル〉

 いいむら・しゅうへい 1991年、茨城県生まれ。2019年、中央大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て、22年から創価大学教育学部専任講師。専門は発達心理学。研究テーマは思春期・青年期の環境感受性。心理学者によるHSP情報サイト「Japan Sensitivity Research」企画・運営者。著書に『HSPの心理学』(金子書房)など。

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