企画・連載
〈教育本部ルポ・つなぐ〉第2回=不登校② 2024年7月27日
時計の針が午前9時30分を指しかける。私服の小・中学生が次々とやって来た。ドアの前で藤田裕彦さん(副支部長)は「○○さん、おはよう!」と一人ずつ名前を呼び、笑顔で迎える。
ここは、愛媛・新居浜市教育委員会の教育支援センター。不登校の子たちが通う教室である。藤田さんはその室長だ。中学校の校長を定年退職した6年前から勤務する。費用は無料。通室日は原則、在籍する学校の出席扱いとなる。「焦らず、じっくりと心のエネルギーを高め、再び自分に活力を取り戻すための教室です」(藤田さん)
不登校の要因として、“心の電池切れ”と思われるケースは多い。子どもにとって「学校に行く」ことは大変なエネルギーを要するものだ。勉強や教員・友人との関係など集団生活の中でストレスを感じるたび、消耗してしまう。不登校とは一面、スマホの電池残量がゼロになったような状態である。まず“充電”をしなければならない。
では、心を充電するものとは何か? 藤田さんは「安心」だと断言する。「自分の存在を認めてもらえる」安心、「自分の価値を信じられる」安心だ。貫いてきた実践は、「子どもの意見を尊重すること」。キーワードは「子どものことは子どもに聴こう!」である。
教室の一日を追ってみよう。先の朝のあいさつから、安心感を育む取り組みは始まっている。20分の読書時間の後、30~40分の学習タイムが3コマある。事前に子どもたちと個別に対話を重ね、どんな学びなら楽しいかをよく聞いた上で、工夫を凝らした内容だ。子どもたちは体調に応じて、2コマ目や3コマ目から通室しても良い。
午後からは「集団・個別活動」と呼ばれる時間だ。「さあ、今日は何をして遊ぼうか」と藤田さんが呼びかける。決めるのは子どもたち。先輩も後輩も一緒に話し合う。「遊びは学び」。子どもは遊びの中で人との関わり方を学び、つながる喜びを知る。時には意見が合わず、ケンカになることも。藤田さんは程よい距離で見守り、時に助言するのみ。子どもが適切に自分の思いを伝え、相手の思いにも気付けるまで待つ。「一人でいたい」という子の意見を尊重することも大切だ。
「自分の意見を安心して言える」環境でこそ、子どもは心の電池を充電できる。また「自分のことを自分で決められる」実感は、「幸福度」に強い影響を与えるという研究結果もある。
それは藤田さん自身が校長時代、担任と共に不登校生徒と関わる中で得た確信でもあった。3年生が全員参加した卒業式を迎え、生徒から「この学校で良かった」とつづられた手紙をもらった感動は忘れられない。「教師こそ最大の教育環境なり」との池田先生の言葉をかみ締めた。
藤田さんは今、不登校の子どもが籍を置く学校長の了解を得て、担任に短文のLINEメッセージを毎日のように送っている。子どもの頑張りや成長を共有するためだ。「明日、家庭訪問で本人に会うので私からも褒めます!」と返信が来ることも。こうしたつながりが、学校に戻りやすい状況をつくる一助になる。
実際に、登校を再開する児童・生徒は多く、皆が高校進学の希望をかなえている。先日、藤田さんの教室に卒業生が遊びに来た。毎日の様子を楽しそうに語る“先輩”の姿に、“後輩”たちは目を輝かせる。「自分の未来を信じられる」安心感を覚えたのだろう。
子どもたちが話し合って教室の「大目標」を決めた。それは「しあわせを見つける」。藤田さんは膝を打つ思いがした。「教育の目的はやっぱり『子どもの幸福』なんですよ」
※ルポ「つなぐ」では、子どもや保護者と心をつなぎ、地域の人と人とをつなぐ教育本部の友を取材しながら、「子どもの幸福」第一の社会へ私たちに何ができるかを考えます。