ユース特集

〈スタートライン〉 うえだ子どもシネマクラブ 直井恵さん 2024年12月8日

学校に行けない日があってもいいんだよ
映画館を子どもの居場所に

 1917年(大正6年)の創業から100年以上の歴史を持つ老舗の映画館「上田映劇」(長野県上田市)。現在ここでは、通常の作品上映とともに、「うえだ子どもシネマクラブ」として、子どもたちの居場所づくりの取り組みを行っている。同クラブを運営する直井恵さんに話を聞いた。

 ――「うえだ子どもシネマクラブ」は、どんな活動をしているのですか。
 
 毎月2回、平日の休館日に、学校に行きづらい、行かないお子さんを無料で受け入れ、彼らのためにセレクトした映画を上映しています。
 
 そして見終わった後は、皆であれこれ感想を語り合うワークショップの時間を設けています。話すことや読み書きが苦手な子もいるので、話し言葉だけでなく、擬音語を使って映画の感想を表現し合うなど工夫もしていて。館内ポスターの張り替えを手伝ってもらうなど、いろんな役割をお願いすることもあります。
 
 現在、小中高生など250人以上のお子さんが登録しており、市外からも来てくれます。中には1時間以上かけてやってくる子も。また、登録してから1年以上たって初めて来た子もいます。その子の保護者と話したとき、お子さんと何度も会話を重ねて、やっと家の外に連れ出すことができたと、あふれる思いを語ってくれました。

 ――子どもたちを映画館で受け入れる。とてもユニークな取り組みですね。
 
 ここに来てくれるような子どもたちと映画館って、とても相性がいいと思っています。真っ暗な中で上映するので、「個」が保たれつつも他者と空間は共有されている。しかも、スクリーンの中にある「外の世界」ともつながれる不思議な場所です。誰かと話したいと思えば、上映後に感想を共有することもできます。そもそも映画って、「これが正しい」って言い過ぎず、見る人に考える「余地」を与えてくれるのがいいところです。
 
 学校でも家でも“不登校の子ども”と見なされがちな彼らですが、ここではただの「映画を見にきた子ども」として接します。彼らがそっと肩の荷をおろせて、“何者でもない子ども”でいられる場所になればいいなと思っています。

 また、映画ってダメダメな主人公ほどワクワクな展開がありますよね(笑)。私もそうですが、つらい時にそういう映画を見ると、「今の自分の人生って、映画ならまだ始まったばっかりだ」と、俯瞰して自分を見つめるきっかけにもなるんです。
 
 学校や社会が求める“正しさ”に疑問を持ったり、順応しにくかったりする子どもたちが、学校に行かなくなることが多い気がします。ここではそんな子たちが、映画を見ることはもちろん、映画館のスタッフや同じ境遇の子どもたち、時には舞台挨拶に来る映画監督や俳優の方など、多様な人と出会い、視野を広げる場になっています。
 
 今では、このシネマクラブの取り組みが、多様な学びの一環として承認され、出席扱いになる学校もあるんです。

 ――ご自身の子育て経験が、今の活動の役に立っているそうですね。
 
 実は、私の子どもも学校に行かない時期がありました。その時は、毎朝、「今日は行けるかな」「学校に行かせなきゃ」と、不安と焦りを抱えていました。思い詰めていた時、知人に相談したら、「子どもは楽しい場所には行くんだよ」と言われ、「今はこの子にとって学校が楽しい場所じゃないだけだ」と、心が軽くなったことがあります。
 
 そんな経験をしたから、切羽詰まった顔で訪れるお母さんの気持ちがよく分かります。上映した映画のせりふに「完璧な子育てなんてないよ」とあり、あるお母さんと一緒に号泣したこともありました。
 
 毎日子どもに付きっきりで、相談できる人もおらず、息苦しく感じている保護者も多いのではないかと想像します。だから保護者にとっても、ここが安心できる場所であってほしい。うれしいことに、保護者から「子どもとの会話が増えた」とか「学校に行くきっかけになった」などの声をいただくこともあります。

 ――子どもだけでなく、保護者にとっても必要とされる居場所になっているんですね。運営する中で心がけていることを教えてください。
 
 資金のやりくりは毎年本当に大変で、常に“自転車操業”ですが、子どもたちを無料で受け入れることにこだわっています。義務教育が無償だからこそ、お金を払う・払わないが、シネマクラブに来られる・来られないの線引きになるのが嫌なんです。せめてここだけは、どんな子どもでも受け入れることのできる場所でありたいと思っています。
 
 私はここを、子どもたちにとって“自分を取り戻せる場所”にしたい。好きなものや、やりたいことなども、「自分の欲求を優先していいんだよ」って、誰か一人くらい言ってあげてもいいのかなと。
 
 「不登校」と言われる子どもが何十万人といる中で、ここに来る子どもたちは、自分の人生を切り開く大きな一歩を踏み出したパイオニアです。
 
 彼ら彼女らが、「学校に行かない」というだけでふさぎ込んでしまうのではなく、自分が生きたいような未来を開拓するためのエネルギーをためる場所でありたいのです。

●プロフィル

 なおい・めぐみ 長野県上田市出身。フィリピンで活動する国際協力NGOや環境系NPOに勤務した後、出産を機に2007年に上田市に戻り、文化交流の市民企画を行う。2017年からNPO法人上田映劇の理事として上田映劇の再起動に関わる。2020年「うえだ子どもシネマクラブ」を開始。

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 【記事】折原正浩 【写真】手面香