企画・連載

〈ブラジル教育リポート〉⑨ 最大の環境教育とは? 2025年11月8日

アマゾンの知の拠点・パラー連邦大学
マリア・ルデタナ・アラウジョ教授に聞く

 「最大の環境教育」とは、何でしょうか。環境問題の知識を教えること? ゴミの削減やリサイクル(再資源化)、リユース(再使用)などを習慣づけること? もちろん、どれも大切です。その上で、この問いと約40年にわたって向き合い、一つの確信にたどり着いたブラジルの教育者がいます。アマゾン地域における環境教育の大家、パラー連邦大学のマリア・ルデタナ・アラウジョ教授です。敬虔なプロテスタントでありながら、仏教者である池田大作先生の教育指針や平和提言に深く共鳴し、学生たちと共に学び、行動を起こしています。「池田先生の理念と創価教育にこそ、最大の環境教育がある」と訴える、その理由を尋ねました。
 (記事=大宮将之、写真=種村伸広)

人間の「内なる力」を信じ抜き
生き方の変革を促す創価教育

 パラー州の州都ベレンに立つメインキャンパスは、アマゾン川の支流に面している。
  
 緑が多い。道々にも、校舎の中にも、アラウジョ教授の研究室にも。「木や植物があったほうが、みんな心地よく過ごせるでしょう?」と、教授は大きな笑顔と身ぶりで迎えてくれた。

 「植物を見ると心身がリラックスして、能力も高まること」は近年の研究でもいわれているが、なるほど、教授の仕事ぶりを知ると納得してしまう。
  
 教育学、自然科学、衛生工学の3学部で講義を受け持ち、教員養成プログラムの責任者も務める。大学のアマゾン環境教育研究グループを主導し、市民社会と協働した教育活動や、技術革新・教材開発にも尽力。今月10日にベレンで開幕する国連の気候変動対策会議「COP30」に合わせ、ワークショップなどの準備にも余念がない。

 そんな教授が環境問題に関心を抱いたのは今から62年前、13歳の時だったという。
  
 <アラウジョ教授>
 私はブラジル北東部のピアウイ州カンポ・マイオルという、自然豊かな町で生まれ育ちました。わが家の近くには、大きな湖があったんです。
  
 学校から帰ると大きな樽を持って、そこに行くのが幼い頃からの日課でね。家族全員の飲み水や生活用水を汲むんですよ。
  
 休日には、湖にいるピアーバ(小さな淡水魚)を友達と一緒に釣るのが楽しみでした。

 ところが年々、湖が汚れていくんですね。空き缶などのゴミが捨てられて、水も濁って、ピアーバも減って……。私は居ても立ってもいられなくなり、近所の友達に呼びかけたんです。「湖をきれいにして、魚が気持ちよく泳げるようにしよう!」って。
  
 私一人ではできないけれど、「みんなで力を合わせれば、必ずできる」と思ったんです。一人また一人と声をかけ、真剣に思いを伝えていきました。結果的に大勢の友達が集まり、“湖の大掃除”を実施。やり切った後の、みんなの生き生きとした表情は忘れられません。
  
 きっと感じるものがあったのでしょう。その後、友達の多くが自発的に“湖の見守り”をしてくれるようになったんです。登校の折に湖の前を通っては、「今日も、きれいだったよ!」「大丈夫だね!」と確かめ合うようになりました。
  
 この経験が、私にとって初めての「社会的な行動」だったと思います。

■地球の空気清浄機

 子どもたちの協働を誰よりも喜び、たたえてくれたのが当時の学校の先生だったという。そして、こう提案されたそうだ。
  
 「自分の家の周りもきれいにしたら、どうだろう? 隣の人も、その隣の人も続くかもしれない。そうした行動は社会へ、世界へと広がっていくんだよ」

 <アラウジョ教授>
 信頼する先生の一言って、すごいですよね。「そうだ、やろう!」って心が動きましたもの。
  
 「人を魅了することによって環境教育は実を結ぶ」「環境教育は、みんなをヒーローにする教育」――これが私の持論です。
  
 「魅了する」とは、共感を広げること。環境を守る行動は、いつも一人から始まりますが、一人のヒーローだけでは続きません。「私にもできる!」「私も地球を救うヒーローに!」と思える環境教育には、正しい知識の共有とともに「心が動き、体が動き、自信が湧く」ような励ましが欠かせないのです。

  
 ◆◇◆
  
 少女時代の体験を原点に、パラー連邦大学へ進学。教育の道を志し、アマゾンの環境保全に生涯を捧げる誓いを固めた。
  

 地球の“空気清浄機”――アマゾンの巨大な熱帯雨林は、そう呼べるかもしれない。古来、大量の二酸化炭素を吸い込み、大気を浄化しながら、気候を安定させてきた。
  
 しかし、その“清浄機のフィルター”が焼かれ、削られ、機能を失いつつある。この半世紀で、森林の少なくとも約17%が消失。劣化を含めれば、50%が危機的な状態という。科学者は「あと5%を失えば、二度と元に戻らない」と警鐘を鳴らす。

 森林伐採の一因は、大豆や牛肉などの過剰生産にある。日本も無関係ではない。日本が輸入する大豆のうち、約2割がブラジル産。大半は鶏肉や豚肉、卵などのための飼料として使われている。私たちの食卓がアマゾンと結び付いているのだ。
  
 「だから肉や卵を食べるな」という話ではない。持続可能な農法で生産された農作物を選ぶこと、食品ロスを減らすこと――そんな一つ一つの選択が、“地球の空気清浄機”を守ることに直結することを、意識できるかどうかが問われている。

■不可欠な3段階

 教授は、パラー連邦大学で市民社会と連携した環境教育に取り組む中、ブラジル創価学会のメンバーと出会った。
  
 <アラウジョ教授>
 宗教や国籍の違いを超え、人を魅了し、皆を「社会変革の主役」にしていく――その創価学会の連帯の在り方に、深い共感を覚えました。皆さまが数十年にわたり、アマゾンと地球の未来を守る環境教育を推進してこられたことにも、敬意を抱かずにはいられません。
  
 リーダーシップを執り続けてこられた池田先生の言葉と行動に、私自身、どれほど勇気づけられてきたことでしょう。毎年の平和提言や、環境提言も欠かさず拝読しました。提言には創造的な知恵と具体的な提案があり、何よりも人々をエンパワーする(内在する力を引き出す)言葉があふれています。

 池田先生は2002年に発表した環境提言で、環境教育で重視すべき3段階を示した。
  
 それは――①環境問題の現状を知り、学ぶこと②持続可能な未来を目指し、生き方を見直すこと③問題解決へ共に立ち上がり、具体的な行動に踏み出すためにエンパワーすること――である。
  
 ①は、多くの教育者が実践してきたことに違いない。だが、「環境教育」とは突き詰めれば「生き方の教育」であるとの信念を持つ教授は、②③こそ必要不可欠だと言う。

 <教授>
 私が現在、受け持っている三つの学部の講義では全て、池田先生の提言を教材として、学生と共に学び考え、語り合っています。
  
 「提言の中で私たちが今、できることは何だろう?」「他者や自然環境と共生する生命感覚を育むには?」等々――私たちの日常生活は環境問題と深くつながっていて、地球規模でより良い変化を起こす「力」と「使命」が一人一人にあるという自覚を促します。これが②です。
  
 そして「使命」を果たすことを「誓い」とし、「喜び」としていく――そんな自発的な生き方を、教育者である私自身が、まず示すのです。それが③の実践に欠かせません。ほかならぬ私が、池田先生の言葉と行動にエンパワーされ、自らの生き方の規範としていることを、学生たちにも話しています。

■種を一つ植えれば

 なぜエンパワーされるのか。「人間の内なる力への『信』が、池田先生の言葉と行動にあるからです」と、教授は語る。
  
 <教授>
 深い「信」から生まれる励ましがあるからこそ、人は「より良く生きたい」と立ち上がり、行動に踏み出せるのです。信の源にあるのが、万人の生命に最大の尊厳を見いだす、「南無妙法蓮華経」の仏法であると学会員の友人から教わり、深く納得しました。
  
 そして、仏法の理念に基づいた「創価教育」が、まさに自他共の「信」の確立を第一歩として、まず自ら「変わる」ことで周囲や社会を「変える」教育であることも――。

 創価教育の創始者・牧口常三郎先生は、教育の目的を「幸福な人生を生き抜くことができる人間づくり」に置いた。その幸福とは、自分さえ幸せであれば他のことはどうでもよいといった、利己的なものではない。他者や自然環境との共存という、社会的な概念を含んでいる。
  
 牧口先生は、人間とは「環境に調和した生活の上で、個性に応じた『美・利・善』の価値を創造し、社会に貢献する中で、『この世に生まれた目的を果たせた』と満足するもの」だと述べた(第三文明社刊『牧口常三郎全集』第6巻、趣意)。
  
 「学び、生きることは楽しい」「生まれてきて良かった」と実感できるところまで、若き生命を導くことができれば、それこそ「創価教育の期するところ」なのである。

 <教授>
 私は、このパラー連邦大学で“創価的環境教育”を実践していると思っています。その証しは、池田先生の思想と行動を学んだ学生たちの生き生きとした姿にほかなりません。自らを「変革の主体」だと自覚し、「より良い生き方」を目指して励まし合っているのです。
  
 地域の学校や行政機関などに就職し、アマゾンの保全や環境教育の担い手として活躍している青年が多くいます。地域住民と協働しながら、持続可能な農業や森林再生プロジェクトを立ち上げた卒業生もいます。

 私は植樹活動にも携わってきましたが、一つの種を大地に植えれば樹木が育ち、多くの花や実りが得られます。それと同じように一人の胸に「希望と行動の種子」を植えれば、「幸福」と「持続可能な世界」という実りを必ずもたらすでしょう。
  
 人間の内面から変革する教育こそ、地球の未来をも変える最大の環境教育なのです。

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