池田先生

烈風 218~220ページ 【小説「新・人間革命」】第14巻 2024年9月19日

 全精魂を傾けての、山本伸一の講演であった。
 時間は十分、十五分、二十分と過ぎていった。妻の峯子も、医師も、同行の幹部たちも、ハラハラしながら、講演する伸一を見ていた。もう限界は、超えているはずであった。
 “とにかく早くやめていただきたい”
 それが医師の、偽らざる気持ちであった。
 伸一の話は、二十四分に及んだ。
 式次第は、学会歌の合唱に移った。
 総合本部長の長山嘉介の指揮で、「威風堂々の歌」を合唱したのに続いて、関久男や森川一正など、総務四人の指揮で、「嗚呼黎明は近づけり」を歌った。
 学会歌を合唱している最中も、伸一は高齢者の姿を見つけると、舞台の下まで招いて、激励の念珠などを贈り、握手を交わして励ました。
 合唱が終わるや、会場のあちこちで「先生!」という叫びが起こった。
 「学会歌の指揮を執ってください!」
 ひときわ大きな声が響いた。伸一は笑顔で頷いた。
 その時である。喉に痰が絡み、彼は激しい咳に襲われた。
 口を押さえ、背中を震わせ、咳をした。五回、六回と続いた。
 一度、大きく深呼吸したが、まだ、治まらなかった。苦しそうな咳が、さらに立て続けに、十回、二十回と響いた。
 演台のマイクが、その音を拾った。
 咳のあとには、ゼーゼーという、荒い呼吸が続いた。皆、心配そうな顔で、壇上の伸一に視線を注いだ。
 だが、彼は、荒い呼吸が治まると、さっそうと立ち上がった。
 「大丈夫ですよ。それじゃあ、私が指揮を執りましょう!」
 歓声があがった。
 「皆さんが喜んでくださるんでしたら、なんでもやります。私は、皆さんの会長だもの!」
 大拍手が広がった。
 「なんの歌?」
 「武田節!」
 「よーし、やるぞ!」
 音楽隊の奏でる、力強い調べが響いた。
 「おやめください!」
 舞台のソデで医師が言ったが、その声は、参加者の力のこもった手拍子にかき消された。