聖教ニュース(紙面)

“自由と寛容の国”で描く「宗教の未来」 オランダで紡ぐ師弟の物語 2025年5月8日

祈りが人をつなぎ、語りが心を開く。

 アムステルダム市西部の住宅街の一角に、レンガ造りの趣ある建物がたたずむ。かつてカトリック教会として地域に親しまれたこの場所が、2021年10月10日、「オランダ池田友好平和会館」として新たに生まれ変わった。くしくもその日は、池田大作先生が1961年にアムステルダムを初めて訪れた記念日でもある。(取材=野田栄一、山路伸明)

再生の空間

 アムステルダム市の歴史的建造物に指定されているオランダ池田友好平和会館は、外観を往時のままに保存。敷地内にそびえる鐘楼もそのまま残され、街に息づく“祈りの記憶”を静かに伝える。
 内装も教会時代の面影が受け継がれ、かつて礼拝堂で人々を迎えていた木の椅子は、現在の大礼拝室の壁や扉へと姿を変え、新たな“祈りの空間”を支えている。幾歳月の間、祈りを受け止めてきた木のぬくもりが、今もなおこの場所に息づいている。
 オランダSGI(創価学会インタナショナル)ではこの大礼拝室を使い、毎週土曜日の10時から14時まで“自由唱題”を行っている。形式にとらわれず、誰でもふらりと訪れて祈り、そっと去っていく。ただ題目を唱えて帰る人もいれば、胸の内を語り始める人もいる。そうした来訪者の多くは会館内のカフェスペースなどでメンバーと言葉を交わし、自分の心と向き合うひとときを過ごしていく。
 同SGIのイワミ理事長は語る。「オランダでもコロナ禍を通して、人と人とのつながりが希薄になったと感じています。直接会って語る機会が減り、SNSでも本音を言いづらい。だからこそ、“話してもいい”“祈ってもいい”と思える空間が、今ほど求められている時はありません」
 イワミさん自身、毎週土曜日の“自由唱題”の時間には、多くの人から相談を受けるという。仕事への不安、人間関係の孤独感、家庭内の葛藤――時には言葉にならない思いに、ただじっと耳を傾け、静かに受け止める。
 近年、オランダでは教会の閉鎖が相次ぐ。ある宗派では、今後20年以内に全国の教会の約3分の2が閉鎖される見通しだとの現地報道もある。背景には宗教人口の減少があり、無宗教を選ぶ人も年々増加。若い世代を中心に「信仰は個人の内面にとどめるもの」とする傾向が強く、組織としての宗教から距離を置く人も少なくない。
 「だからこそ、私たちはこの会館を“祈りの場”として開き、他宗教と対立することなく、宗派や立場を超えて支え合える信仰のかたちを地道に築いています」と、イワミさんは語る。
 その象徴ともいえるのが、一人の高齢のキリスト教信者の姿だ。教会だった当時からこの場所に通い続けてきた彼女は、今は毎週“自由唱題”に参加し題目を唱えている。「私は入会していません。でも、祈る心は変わらないと感じています」とほほ笑むそのまなざしからは、宗派の違いを超えた共感と信頼が穏やかに伝わってくる。

私が変わる

 昨年12月、ドイツ人看護師カロリン・ウィーデナーさんとオランダ人教師ブリヒッテ・モルさん、親友である2人が確かな決意をもって創価学会に入会した。
 それは誰かに勧められたからでも、何かに困っていたからでもなかった。きっかけは、会館で行われていた“自由唱題”。ただ静かに祈る――その行為が、こんなにも深く自分を見つめさせてくれるのかと、思いがけない体験だった。
 ウィーデナーさんは池田先生の著作に出あい、「誰かにすがるんじゃない。人生を変える力は、自分の中にあるんだ」と感じた。以来、仕事や人との関わりに対する自分の姿勢が少しずつ変わっていくのを実感した。
 モルさんにとっても、自分の意志を大切にするSGIの哲学は新鮮だった。「オランダ人ってね、カーナビに“右です”って言われると、つい左に曲がりたくなるんです」と笑う。「でもSGIでは、“どう生きたいか”を自分で考えていい。それが、何よりもうれしかった」
 今、ヨーロッパには分断と対立の空気が広がっている。だからこそ、誰も否定せず、ただ祈り、語り合い、耳を傾け合うこの空間が、2人にとってどれほど大切だったか。命じられる信仰ではない。自らの言葉で語り、体験を通して共鳴し合う信仰――そこに、彼女たちは“生きる力”と本当の自由を見いだした。

自分の中に

 オランダの地で「師弟」を語ることは、たやすいことではない。ナチス政権下の個人崇拝の記憶は今もなお重く、人間の尊厳を奪われた歴史の教訓が、「一人の人物を仰ぐ」という行為に警戒心を抱かせる。
 ジーナ・ハメーテマンさんは、インドで入会後、シンガポールで活動し、オランダに移住して20年以上。現在はオランダSGI婦人部長として、多様な背景を持つ人々と真摯に向き合う。その中で最も心を砕いているのが、“師弟”という価値をどう伝えるかだという。
 「創価学会で語られる“師弟”は、命じられる関係ではありません。師の生き方に学び、自分の尊厳を輝かせていく――むしろ、自立を促す関係です」
 彼女は「押しつけない語り」を大切に、池田先生の著作や自身の体験を通して、その意味を伝えてきた。特に深く心に刻むのは、小説『新・人間革命』に描かれた1973年のアムステルダムでの「青空座談会」。病を押して空港近くの公園で同志を励ました池田先生の誠実な姿に、彼女は「この先生の心を伝えたい」と決意する。
 オランダSGI壮年部長のヨハン・ファンクレイさんも、かつては“師”という言葉に抵抗を感じていた。だが、日本で参加したSGI研修会で池田先生のまなざしを受けた瞬間、自分の人生を心から信じてくれる存在に初めて出会ったと感じた。
 「自分なんて……と思っていた青年に、“あなたはできる!”と伝えてくれた。その瞬間から、人生が動き出したんです」。今は音楽家、大学教員としても活躍する。
 “信仰とは何かにすがることではなく、自分の中にある力を信じること”――今週の土曜日もまた、オランダ池田友好平和会館には、静かな祈りの声が満ちていく。選び取った“信仰の場”に集った友の心には、“共に生きよう”との師の声が響いている。