文化・解説

〈伝統芸能〉 世阿弥の大曲「屋島」を初演 観世三郎太さん/能楽シテ方観世流 “戦い、勝つ義経”が主人公(6月の第3回「清門別会」) 2025年5月26日

 能の作品には「平家物語」に題材を採った曲も少なくない。「平家」が描いた“屋島の戦い”を典拠に、世阿弥が源義経を主人公にして作った能「屋島」もその一つ。大曲ともされるこの作品の舞台は、源平の合戦場・屋島の浦(香川県高松市)。シテ方観世流の観世三郎太さんが6月、第3回「清門別会」(東京・観世能楽堂)で、その初演に臨む。

●なじみ深い存在

 〈三郎太さんは、室町時代の14~15世紀に能楽を大成した観阿弥、世阿弥、音阿弥の子孫である観世宗家の嫡男。父であり師匠である二十六世観世宗家・観世清和さんのもとで研鑽を重ねる。2022年には“観世家の芸”である「翁」、翌23年には能楽師の登竜門とされる「道成寺」、昨年は、面を用いずに演じる直面物の代表作「安宅」と、初演に臨んできた。今年は、初面から10年の節でもある〉
  
 シテ(能の主役)の能楽師は、子方(子役)の時から、「鞍馬天狗」「船弁慶」「安宅」などで義経の役を演じます。義経と共に成長し、義経と共に能の道を歩むようなところがあると思うのです。
 小さい頃から義経と共に生きている私たちにとっては、歴史的に有名な人物ではあるけれども、身近で、なじみ深い人というのでしょうか。遠いようで近い存在ですし、子方が演じることが多いので、純粋というイメージが強いかもしれません。
  
 「清門別会」では「正尊」という演目にも義経役で出演させていただきますが、この義経はツレ(シテの助演役)で、やはり、若い義経です。元気よく、というと言い過ぎかもしれませんが、面をかけない直面で演じ、終始、現在進行形で話が進みます。
  
 「屋島」の義経が他の曲と違うのは、前場(曲の前半部分)は老いた漁師、後場(後半部分)では夢に現れた亡霊という、異なる姿で演じるところ。その意味で、“義経としての集大成”というのでしょうか。そのような位置の曲ではないかと思います。

●二つの特殊演出

 〈曲の後半では、自分の弓を取り落とした義経が、敵船近くまで追いかけて取り返した「弓流し」の逸話が語ら
れる。今回は義経のその振る舞いと、船上の扇を一矢で射た場面に基づく「大事」「奈須與市語」の小書(特殊演出)が付く〉
  
 義経は“屋島の戦い”で弓を落としてしまうのですが、中啓(能の主役や脇役が用いる扇)を弓に見立てて、その場面を演じます。弓を落とす「弓流」、潮に流された弓を取る「素働」という二つの小書があり、この両方を演じる時を「大事」と言って、囃子にも、通常とは違う特殊な手(打ち方)が入ります。
  
 能は、主役が後場で本性を現す曲が多く、前シテ(前半の主役)は本性を暗示し、正体をにおわせます。「屋島」でも前シテの漁師が義経という正体を隠して戦いの様子を語るのですが、型は少しあるものの、謡と語りで情景や緊迫感が伝わるよう工夫しなければと思っています。
 半面、分かりやすいようにと考え過ぎると、現代演劇のようになって、能ではなくなってしまいます。あくまでも能の規範の中で、いかに見せられるか。伝えられるか。謡や面の照り、型などを際立たせることができるか。そこが能の難しいところではないかと思います。
  
 前場では、ツレをお願いした林喜右衛門さんとの連吟(声をそろえて謡うこと)の息(呼吸)の合い具合など、本当に盛りだくさんな曲です。

●能は平和を願う芸術

 〈「屋島」は、武将の霊を主役とする「修羅物」の曲。勝ち戦の義経を題材にしていることから、能の中でも三番しかない「勝修羅」の一つに数えられる。力強さと迫力が感じられる一方で、修羅道のむなしさが表現されており、世阿弥の人間観、能という芸術の深さが感じられる〉
  
 能は人の悲哀を題材にしたものが多く、勝つ喜びの曲はあまりありません。修羅物の場合は「負修羅」の方が物語にしやすかったとも思えますし、勝修羅である「屋島」も、世の中が平和で、人々が安穏であるようにという願いを託した曲なのではないでしょうか。改めて、能は“鎮魂の芸術”だと感じます。
  
 修羅物だからといって、演じ方が他の曲と大きく変わることはありません。ただ、今回の前場でシテが演じるのは漁師の老人、後場は義経の亡霊です。面や装束など役柄を示す出立も変わりますので、歩み方も、わずかですが違ってきます。能には役や面に合った歩み方や出立があって、微々たる違いでも、印象を大きく変えてしまうのです。
  
 「屋島」は謡の量も多いのですが、やはり、体に入ってなければいけません。そのためにも、繰り返し稽古するしかありません。稽古の仕方は曲目によっても違いますが、今回のように小書が付く時は先人たちはどのように演じたかも含めて考え、さまざまな文献にも当たります。
  
 「屋島」はそれぞれの場面が鮮明に描かれていますし、ストーリーも比較的、分かりやすい曲です。能の魅力を皆さまにお伝えできるように、精いっぱい勤めます。

●インフォメーション 観世宗家の「正尊」など 観世能楽堂で6月15日 

 第3回「清門別会」は6月15日(日)午後1時から、東京・銀座の観世能楽堂(GINZASIX地下3階)で催される。
 観世三郎太さんの能「屋島」、二十六世観世宗家・観世清和さんの能「正尊」のほか、山階彌右衛門さんの舞囃子「葛城」、野村万作さんと野村萬斎さんの狂言「隠狸」を上演。武田宗和さん、観世恭秀さん、寺井栄さんが仕舞を披露する。
 SS席18000円、S席15000円、A席12000円、B席9000円、C席7000円。
 観世能楽堂=電話03(6274)6579 ※午前9時半から午後5時半、月曜休館