信仰体験

〈Seikyo Gift〉 畑から生まれた日本一のドレッシング〈信仰体験〉 2026年2月28日

名脇役が引き立てる至高の味

 【群馬県渋川市】ネット販売すれば、数時間で「Sold Out(売り切れ)」。「野菜を食べるのが楽しみになった」と話題沸騰中のドレッシングがある。作り手の関口主税さん(44)=副創価長(副ブロック長)=は、和食料理で培った経験を生かし、3日間かけて、野菜のおいしさを濃縮させる。支えてくれた人々への感謝が込められている。(1月13日付)

 この冬、知り合いの農家から関口さんに電話があった。「ニンジンが、いい感じになったよ」。車を走らせること30分。もぎたてをかじると、濃厚な甘さが口いっぱいに広がる。「これこれ! この甘さ」

 この時期、ニンジンは寒さから自らを守るため、でんぷん質を糖に変え、ぐっと甘くなることを農家から教わった。その後も、タマネギやキャベツを作る農家のもとへ。時には一緒に収穫を手伝いながら、その野菜が最もおいしくなるタイミングなどをじっくり聞く。

 「同じ野菜でも、収穫のタイミングを誤ると、風味や食感が大きく変わります。野菜次第でドレッシングの味が決まるので、農家さんや野菜との“対話”が最も重要です」と関口さん。

 自宅に戻ると、小さな作業場にこもる。仕入れたニンジンをオーブンで焼き、タマネギや酢などを加えたら、ミキサーへ。仕込みから三日三晩で完成する。

 こだわりは、和食にも合うドレッシング。「五味(甘味・酸味・塩味・苦味・うま味)のどれか一つが強すぎてもダメ。バランスの良い優しい味にしたい」。刺し身にかけても、ハンバーグにかけても、「高級店の味になる!」と言う人が続出し、SNSで話題になった。

 一昨年、周囲から「出てみたら」と声をかけられたのが、日本野菜ソムリエ協会が主催するドレッシング選手権。出品してみると、63商品の中から、なんと最高金賞に選ばれた。

 「一番うれしかったのは、おいしい野菜を真剣に作ってくださっている農家さんが、『私のニンジンが日本一になった!』って喜んでくれたことです」と、関口さんは満面の笑みで語る。

 高校卒業後、和食料理店を営む父・康二さん(86)=壮年部員=のもとで働いた。料理の腕を磨き、見聞を広げるため、21歳でオーストラリアへ。自分だけの“武器”を身に付けたかった。

 昼は語学学校に通い、夜はカフェで働いた。皿洗い、ウエーター、サンドイッチやサラダ作りなど、何でもやった。だが、英語力がおぼつかない。言葉や文化の壁にぶつかり、何度、帰国しようと思ったことか。

 ある日、母・たか子さん(77)=支部副女性部長=からの荷物が届いた。池田先生の『青春対話』が入っていた。
 「目の前の『現実』から逃げないことだ。逃げずに頑張る『くせ』をつけることだ。そうやって、もがきながら、自分らしく、一ミリでも二ミリでもいいから、『前へ』進むことだ」

 気付いたのは、「壁にぶつかるたびに“俺はこんなもんだ”と諦めてしまう、逃げぐせが自分にあること」だった。“変わりたい”一心で、SGIメンバーと中継行事に参加した。池田先生の姿を目にした時、なぜか、涙があふれた。不撓不屈の魂を鍛え、カフェの“顔”ともいえるバリスタを任されるまでになった。

 28歳で日本に戻り、父の店に立った。考案したサーモンサラダは人気メニューに。店は連日、大盛況だった。ところが、コロナ禍で一変した。父も体調を崩し、2023年(令和5年)、店は街の人々に惜しまれながら、47年の歴史に幕を閉じた。

 父から託されたのは「地域のために生きる」という覚悟。関口さんは、自分にできることを考えた。ふと思い浮かんだのは、店でサラダにかけていた手製ドレッシング。「これだけで売ってないの?」と聞かれることが何度もあった。

 その頃、ある農家と知り合った。畑を訪ね、採れたてのニンジンを一口かじっただけで、驚いた。「あ、甘い!」。うま味や、香りも段違いだった。即座に、「野菜嫌いの子どもたちの顔が浮かんだ」。パパ友から、あの手この手で試しても、ダメだったという話を聞いていた。“この野菜のドレッシングならいけるのでは……”。闘志が湧いてきた。

 自宅の隣にプレハブ小屋を建て、ドレッシング作りを始めた。「あれこれ試したが、何かが足りなかった」

 心が折れそうになった時、学会の先輩が「絶対にできる」と信じてくれた。ページが外れそうになるまで読み込んだ『青春対話』を開いた。無我夢中で題目を唱えた。

 ひらめいたのは、みそ。においも味も濃いから野菜のうま味が負けてしまうと思い込み、選択肢から外していた。そこに懸けてみることにした。0・1グラムにこだわり、何百回、何千回と試した。

 妻・あゆみさん(37)=女性部員=は夜食を用意してくれたり、試食してアドバイスをくれたり、献身的に支えてくれた。妻の真心を胸に、関口さんは焦らず、じっくりと味の極みに迫る。

 3カ月後、出来上がったドレッシングを一口なめた。豊潤な香り、濃縮されたうま味が口の中に広がり、絶妙な余韻が残った。「思わず、もう一口なめたくなるほど、おいしかった」

 こうして誕生した関口さんのドレッシングは、24年にドレッシング選手権で日本一に輝くと、メディアで取り上げられた。ニンジンが苦手だった長男・奏太さん(8)=小学2年=も、「パパのドレッシング、最高!」と野菜を頰張ってはニッコリ。

 かつては父が得意とする、豪快な盛り付けの皿鉢料理に憧れた。華やかな料理の主役。「それに比べて、ドレッシングは、バイプレーヤー(脇役)かもしれません。でも、映画もドラマも、名脇役がいる作品ほど、人の心に残る傑作になります」と、関口さんはほほ笑む。

 「月々日々につより給え」(新1620・全1190)を心のど真ん中に置き、努力に努力を重ねる。昨年は、新しょうがのドレッシングが、調味料選手権のドレッシング部門で最優秀賞に輝いた。

 2年連続“日本一”の栄冠。それでも、探究心はとどまることを知らない。「まだ誰も味わったことのないドレッシングがあるはず」と。

 指もかじかむ上州のからっ風も何のその。今日も畑を訪ねては、採れたての野菜を手にし、至高の味を思い描く。