ユース特集

「社会に対して諦めない大人」を増やす 一般社団法人リディラバ代表 安部敏樹さん 2025年9月16日

電子版連載「著者に聞いてみよう」

 今回の電子版連載「著者に聞いてみよう」では、一般社団法人リディラバの代表を務める安部敏樹さんが登場。近著『みんながんばってるのになんで世の中「問題だらけ」なの?:知識ゼロからの社会課題入門』(NewsPicksパブリッシング)をもとに、社会課題との向き合い方について聞きました。

■時間をかければ社会はちゃんと変わる?

 ――ある調査では、日本の若者で「自分の国の未来は良くなる」と答えた人はわずか15%。アメリカや中国など6カ国の中で、もっとも低い数字です(2024年、日本財団調べ)。

 それだけ多くの若者が、将来に希望を持てずにいるということですよね。希望がなければ、人は自然と諦めてしまいます。ニュースなどで社会課題について知ったとしても、「自分にできることなんて小さすぎる」と感じる人が多くなるのも分かります。

 だからこそ、私はこの15年間、「社会に対して諦めない大人」を増やすことに力を注いできました。

 人間の脳にはある特徴があります。それは、「人間は短期的なアクションを過大評価し、中長期的な影響を過小評価する」ということ。目の前の変化は注目しやすいが、時間がかかる変化には意味を見出しにくいんです。本当は、時間をかければ社会はちゃんと変わるのに、なかなかそう信じられない。

 実際、15年前に「ビジネスで社会課題を解決しよう」と言っても、ほとんど誰にも理解されませんでした。でも今では、従来の「財務的リターン」とともに、「社会課題解決に良いインパクトを与えられるかどうか」も、投資をする際の評価軸になってきています。社会は、一歩ずつでも着実に変わっているんです。

 「変わらない」と決めつけて諦めるのではなく、「時間がかかっても、変えていける」と信じて、関わり続けることが大切だと思います。

■「悪人探し」では変わらない社会

 ――著書の中で出てくる、「社会課題の現場には悪人はいない」という安部さんの言葉が印象的でした。

 私たちは問題が起こると、「誰かが悪い」と思いたくなる。怒りをぶつければ気は晴れるかもしれませんが、それは構造的な問題の解決にはつながらない。

 実際、社会課題は網の目のように複雑に絡み合っています。例えば、事件の加害者とされる人も、育った環境や貧困、虐待などで孤立し、追い詰められていたかもしれない。もちろん、加害行為自体を肯定するわけではありませんが、「加害者もまた被害者」の可能性もある。

 つまり、問題を“誰か”のせいではなく、“仕組み”に原因があるかもしれないと捉え直してみることで、物事の進め方は変わっていくと思います。

■対話で偏りを壊す。「おば」との議論の意味

 ――構造的な部分にメスを入れるには、当事者や関係者の立場を丁寧に整理し、時間をかけて合意形成していかなければなりません。そのためには社会全体の対話の質の向上が求められますね。

 まさにそうです。でも今は、多くの人が地雷原を歩くように、安全な言葉しか選べなくなっている。極端なことを言うと、たちまち誤解されたり、叩かれたりします。

 例えば、男女の脳の違いについて語ろうとしただけで、「差別だ」と受け止められることがある。解雇規制についても、労働者の保護と経済の流動性という両方の観点から議論すべきなのに、それが難しい。だからこそ、そうした議論をオープンに行える場が必要なんです。

 そこで本書では、「一人語り」を避けました。代わりに、“大阪のおばちゃん”のように率直に意見を言うキャラクター「おば」を登場させ、私と対話する形式にしました。児童虐待やホームレス問題など「外では言いにくいことをあえて言ってもらう」役割を担ってもらうことで、読者に思考の幅を広げてもらいたかったんです。

■自分の「正しさ」を疑う力

 ――現代では、自分と近しい考えの人とだけつながりたいと考える傾向も強まっています。

 そうした「心地よさ」は、思考の偏りを強化してしまうでしょう。人の脳には、情報処理の限界があります。だから、自分が「これが正しい」と思っていることも、実は脳がエネルギーを節約するために、勝手にそう思い込んでいるだけかもしれません。

 いちいち全ての情報について深く考えていたら、脳は疲れてしまうので、なるべくシンプルに「これは正しい」「これは間違い」と決めつけてしまうクセがあります。でも、その思い込みには偏り(バイアス)があることが多いんです。そのため、「自分の考えは100%正しいとは限らない」と意識しておくことが大切です。

 とはいえ、一人では自分の偏りに気づきにくい。だからこそ「対話」や「小さな摩擦」が重要なんです。異なる価値観と出あうことで、「それって本当にそうなの?」と自問自答できるようになっていきます。

■社会課題に必要なのは「好奇心」

 ――深刻なテーマを扱いながらも、安部さんの言葉や活動には、ある種の軽やかさのようなものを感じます。

 それは意識的に「怒り」よりも「好奇心」を大事にしているからです。

 私自身、14歳の時、家庭内暴力をきっかけに家を出て行かざるを得ず、横浜の路上で仲間とつるみ、たむろする日々を過ごしました。その頃は、学校にも行っていませんでした。つまり、家庭内暴力や貧困、路上生活の元当事者であったわけです。

 日本では自己責任を強いる風潮が強く、個人的には当時、十分な支援を受けられなかったという社会への不信感があった。また、社会課題の現場に足を運ぶようになり、「支援される側」の意志が無視されたまま、支援のあり方が決められているような事実を知り、憤りを感じたこともありました。

 ただ、怒りや恐れは短期的には力になりますが、それだけでは、身も心も長くはもたないと思います。一方、好奇心は、誰かの痛みを前に「なぜこうなっているのか?」という関心を持ち、問いを重ねることができるため、結果として継続的なアクションを可能にするんです。

 机上の正論で分かったような気になるのではなく、「現場のザラザラしたリアリティー」を感じるからこそ、問いは生まれます。ですから、リディラバでは社会課題の現場に足を運び、“自分”に何ができるかを本気で考えるためのスタディツアーを行ってきました。

 ここまで話をしてきて、勢いを削ぐような話に聞こえるかもしれませんが、現実の世の中は、たとえ一つの社会課題が解決されたとしても、何かしら次の課題が生まれるものです。ですが、課題に向き合うことが無駄や徒労ではなく、「誰かと未来をつくる機会」として実感するような人が増えていけば、変化への意志は連鎖していきます。その積み重ねこそが、より良い社会をつくる力になるのだと思います。

〈プロフィル〉
 あべ・としき 株式会社Ridilover/一般社団法人リディラバ代表。1987年生まれ。2009年東京大学在学中に社会問題をツアーにして共有するプラットフォーム「リディラバ」を開始し、後に法人化。現在は教育旅行事業、企業研修事業、メディア事業の他、社会課題解決に向けた資源投入を行う事業開発・政策立案事業も手掛ける。2024年、世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ」に社会起業家として選出。近著に『みんながんばってるのになんで世の中「問題だらけ」なの?:知識ゼロからの社会課題入門』がある。

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