企画・連載

〈SDGs×SEIKYO〉 キッチンから世界を変える イタリア料理界の巨匠 マッシモ・ボットゥーラさん  2022年8月10日

インタビュー:捨てられる食材を最高の一皿に

 イタリア北部、エミリア・ロマーニャ州のモデナ。この街に、世界で最も予約の取りにくい、ミシュラン三つ星レストランの「オステリア・フランチェスカーナ」があります。オーナーシェフを務めるマッシモ・ボットゥーラさんは、数々の賞を獲得してきた、イタリア料理界のカリスマ。2016年、彼は妻のララさんと共に、食品ロスと貧困問題に取り組むNPO(非営利団体)「Food For Soul」を立ち上げました。“戦う料理人”が描く「食の未来」について聞きました。(取材=サダブラティまや)

◆テーブルの下から眺めた景色

 ――モデナは食材の宝庫です。チーズの王様パルミジャーノ・レッジャーノ、生ハム、バルサミコ酢など、枚挙にいとまがありません。豊かな食文化に囲まれて育ったシェフは、どのような幼少期を過ごしましたか。
  
 私は5人きょうだいの4番目として生まれました。男兄弟の中では末っ子だったので、いつも兄たちに追い掛け回され、決まって逃げ込む先は台所のテーブルの下。そこから眺めた光景が、料理人としての原点になっています。キッチンでは、祖母や母たちがにぎやかにおしゃべりをしながら、得意のパスタ料理“トルテリーニ”を作っていました。そっとテーブルの下から手を伸ばし、よくつまみ食いをしたものです。
 イタリア料理の根底には、素材を無駄なく使い切る「クチーナ・ポーヴェラ(質素な料理)」の精神が流れています。私が幼い頃に大好きだった味も、ひとさじの砂糖を加えたホットミルクに、古くなったパンを浸すというシンプルなものでした。
 「クチーナ・ポーヴェラ」は、イタリア人の歴史や文化と深く結び付いた、いわばDNAに染み込んだ哲学です。私もその全てを祖母から教わりました。

 ――「オステリア・フランチェスカーナ」は「世界のベストレストラン50」の1位に2度も輝くなど、最高峰のレストランです。ただ途上では、“イタリア料理を破壊している”と揶揄されることもありました。
  
 郷土料理を愛し、「マンマ(母)の味」こそが最高だと信じるイタリア人にとって、そのレシピを変えることは許し難い行為です。

 でも、1995年のオープン以来、私はあえてそこに挑み、「伝統の中の革新」を料理のコンセプトにしてきました。これは、27年間、一貫して変わらないことです。
 自分の出自や文化、歴史を否定せず、伝統を尊重しながら、さらに成長を遂げていくには、どうしたらいいか――。「オステリア・フランチェスカーナ」では、過去をノスタルジック(郷愁的)に捉えるのではなく、クリティック(批判的)なまなざしで見つめています。昔から伝わるレシピの最高の部分だけを取り出し、一度壊して、現代的な要素を加えて未来に伝えるのです。
 試行錯誤の連続でしたが、もしも若いシェフたちにアドバイスを送るとしたら、焦らずに根を張り、木のようにゆっくりと成長してほしい。
 そして、伝統への深い知識を持ちつつ、詩や音楽、芸術を愛し、日常の些細なことにもひらめきを感じられる柔軟性を養ってもらいたい。成功とは、10%の才能と、90%の努力で決まるのですから。

◆一流シェフ60人が結集

 ――そのひらめきが最大限に発揮されたのが、2015年のミラノ国際博覧会(万博)です。この時、ボットゥーラさんは、世界中から一流シェフを呼び集め、恵まれない人々に無償で料理を提供する食堂「レフェットリオ」を開設しました。
  
 この年の万博のテーマは「地球に食料を、生命にエネルギーを」でした。食をメインテーマにした開催は史上初めてのことです。

 私とレストランのチームは、これを絶好の機会と捉えました。プロの立場から、食とは何であるかを広く人々に問い掛け、深刻化する食料危機と貧困問題に取り組むプロジェクトを立ち上げることにしたのです。

 万博のパビリオン(展示館)から少し離れた場所に、ミラノ一貧しいといわれるグレコ地区があります。そこに、廃虚になっていた小劇場がありました。地域のカトリック教会や慈善団体と協力し、万博に間に合うように、1年がかりで食堂へと改装しました。

 と同時に私は、世界のトップシェフたちに電話で応援を呼び掛けました。フランス料理の巨匠アラン・デュカス、デンマークのレネ・レゼピ、スペインのフェラン・アドリア……。

日本からも成澤由浩シェフが駆け付けてくれました。その結果、万博期間中の5月から10月までの半年間で、60人あまりの料理人がボランティアで参加をしてくれたのです!

 食材は、万博やミラノ市内のスーパーマーケットから出る廃棄対象の食品(賞味期限が近いもの、鮮度の落ちた野菜、果物、チーズや固くなったパンなど)を無償で譲ってもらいました。

◆食品ロスと貧困問題に取り組む「レフェットリオ」

 ――前代未聞の試みですね。料理を食べに来た人たちは、どのような反応でしたか。
  
 レフェットリオを訪れるのは、薬物中毒者、ホームレス、難民の方々など、困難な立場にある人々です。料理をしてくれる有名シェフの名前や顔も知らなければ、当然、店に行ったこともない。初めは、見知らぬ外国人が作った見慣れない料理に難色を示す人もいました。

 でも、最終的には皆がおいしいと言ってくれたのです。少しずつ互いに歩み寄り、心を通わせ、信頼を築き上げていきました。万博が終わる頃には、毎晩がお祭り騒ぎです。参加してくれたシェフたちも、自分たちの店では経験することのない刺激に、「またやりたい」と心から楽しんでくれました。

 その後、レフェットリオのモデルを世界に展開するべく、私と妻のララは、2016年に「Food For Soul」というNPOを設立しました。現在、フランスやブラジルをはじめ、9カ国に13のレフェットリオがあり、各地域のNPOとパートナーシップを組んで、食品ロスと貧困の解決に取り組んでいます。

 これまで、670トンの食料を廃棄から救い、85万人に手を差し伸べ、150万食を提供してきました。

 実は、「レフェットリオ」という言葉は、もともとラテン語に由来し、「復興する、復元する」という意味があります。

 この活動の目的も、温かい環境と良い食事を通して、人々を蘇生させ、地域に連帯と活気を取り戻すことです。

 私がレフェットリオを“慈善行為ではなく、文化的行為”と位置づけるのも、こうした理由によります。差異や分断を乗り越える鍵は、文化にこそあると信じているからです。

◆行動を起こす時は「今」

 ――ボットゥーラさんのような一流シェフたちが、社会活動に携わる意義はどこにあると考えますか。
  
 私は常々、料理人にとって最も重要な四つの要素を挙げています。それは文化、知識、意識、責任感です。
 文化とは、どんな環境で何を食べ、どう感じてきたのか――自分の土台を形成しているものです。知識とは、どのような料理や歴史があるのかを学び、掘り下げていくことです。
 意識とは、学び得たものを、どう、何のために使っていくのかを考えること。そして、最後に芽生えるのが責任感です。単に、お客さんにおいしい料理を振る舞うという責任ではなく、地域や社会に対する責任であり、ひいては未来に対する責任を指しています。
 食品廃棄物の問題は、今世紀最大の課題の一つです。世界では毎年、食料生産量の3分の1に当たる13億トンが廃棄されています。一方で、8億人以上が十分な栄養を取れずに苦しんでいる。いつまで、こんなことを続けるのでしょう。行動を起こす時は「今」です。
 日頃から、食の現場で働いているシェフには、その経験と知恵を伝えていく使命があります。上手な水の使い方。痛んだ食材を生かす調理法。買い物のこつ。少しの工夫で、全ての人が世界に良い影響をもたらすことができる。変革はキッチンから始まるのです。
 今後、ガストロノミー(美食文化)の世界は、限られた人々のものではなく、ますます地域や社会といった“外”へと向かっていくことは必然です。なぜなら、真の「美しさ」とは、「善」の行動と表裏一体でなければならないからです。

 ――最後に、日本の読者へメッセージをお願いします。
  
 日本は、私の心で特別な場所を占めています。
 昨年10月、ファッションブランドのグッチと共に、東京・銀座にレストラン「グッチ オステリア ダ マッシモ ボットゥーラ トウキョウ」をオープンしました。
 食材を無駄にしないイタリア料理の哲学を根底に据えながら、日本の文化や技術を用いて独創性あふれる品々を提供しています。
 これまで私は、料理人として、数々の名誉を頂いてきました。でもそれは、全て社会に還元するためにあると思っています。
 世界をもっと“おいしく”、良い場所にするために――これからも行動を続けていきます。

 
 

〈プロフィル〉 マッシモ・ボットゥーラ 1962年、イタリア・モデナ生まれ。レストラン「オステリア・フランチェスカーナ」のオーナーシェフ。2011年にミシュラン三つ星獲得。16年と18年に「世界のベストレストラン50」の1位に輝く。グイダ・エスプレッソ史上初の20点満点取得のほか、ガンベロ・ロッソ最高得点、ヨーロッパ最優秀シェフ賞など、料理界のタイトルを独占してきた。主な著書に『BREAD IS GOLD』(PHAIDON刊、英語)がある。

 
 

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