ユース特集
「AI時代、人間の最大の能力は、感情!?」 脳科学者・恩蔵絢子さんと対談(前編) 2026年4月13日
私たちは自分の感情で動いているようで、実はそうではないのかもしれません。「こうした方が良い」と、社会の型や価値観に無意識に合わせてしまってはいないでしょうか。
連載「駒崎弘樹のAIと未来」は、「AIで人の孤独を減らせるのか?」という問いを軸に、自治体や学校と連携しながら実験を重ねてきた、つながりAI株式会社代表取締役の駒崎弘樹さんが、各分野の識者と対談する企画です。
今回の対談相手は、人間の感情のメカニズムと自意識を専門に研究する脳科学者の恩蔵絢子さん。恩蔵さんは、「他者の見えない心を推し量り、理解し、適切に応じる能力こそが、これからの人間の最大の武器になる」と語ります。AIが進化する時代に、人間にしか持ちえない価値とは何か――。人間の根源にある「感情」の力を、あらためて見つめます。
駒崎 認知症のお母さまの介護を通して、恩蔵さんは「感情とは何か」という問いに、改めて向き合ったとうかがいました。
恩蔵 母に対して、感情をどう使うのが一番よかったんだろうと思うような、難しい場面がたくさんありました。
好きな人や大事な人だからこそ、難しくなってしまう問題っていっぱいあるんですよね。
相手に対して自分の期待を押し付けてしまい、自分と相手をなかなか切り離せない。自分のことを反省するという意味でも、「感情」について考え直したんです。
駒崎 僕もお恥ずかしながら、こうした対談の場では落ち着いて話すことができていますが、家庭では、ちょっとしたことでも、「その言い方何なの?」って、カチンときてしまうことがあります(笑)。関係が近いがゆえに、少しでも期待を裏切られるとガッカリしてしまうんですよね。
恩蔵 おっしゃる通りで、感情って扱い方がとても難しいんです。だから厄介なものとして捉えられがちなんですけど、感情って、もっとも人間らしさの核にあるものだと思うんです。
駒崎 僕の大好きな映画に「インサイド・ヘッド」があります。
ライリーという少女の脳内に住む、5つの感情のキャラクターたちの物語なんです。この映画のメッセージは、「カナシミ」というネガティブな気持ちが、実は自分を守り、人生を豊かにするために必要不可欠だということなんです。
悲しい気持ちは一見マイナスなものとして見られがちですが、実は悲しみがあるからこそ、人の痛みがわかったり、人とつながれたりする。感情には、いいも悪いもなくて、それぞれの感情に意味があると捉えていくことが大事だと思いました。
恩蔵 その通りだと思います。
SNSなどでは、「いいね」の数が多いものが良しとされて、そうではないものは価値のないもののように扱われてしまう。感情も同じで、「いい感情」だけじゃなく、「悪い感情」も排除することなく、感情をもっと広く見ていく必要があると思っています。
駒崎 そんなふうに「感情」を見ていくと、単なる気分や反応ではなく、人間らしさの土台にあるもののようにも感じます。
そもそも生命の進化の過程で見ると、「感情」はどのように生まれてきたものなんでしょうか。
恩蔵 実はそれ、すごく難しい問題なんです。
自分の生存を脅かす外敵から逃げる、というような「生命を守る反応」として「感情」を捉えると、生物として細胞レベルから鍛えられてきたものが私たちの中に残っています。
その視点から「感情」を見つめると、後から付け足されたものというより、最初から私たちにあったものなんじゃないかと思うんです。
駒崎 しかし、現代人は、そうした人間の土台にある「感情」をうまく扱えているかというと、疑問符が残りますよね。
僕自身、経営者をしているなかで、自分の思っていることが部下にうまく伝わらなかったり、逆に部下の言っていることが、よくわからなかったりすることがありました。
経営者は現場の人たちとは違って、売り上げや人件費みたいな抽象概念を扱わなくてはいけない。そういう意味で、現場の温度感や感情的な部分と距離を置き、あえて感情的にならないようにしていたんです。
それは一見、自分の心の平穏を保っているようにも見えるんですが、実は抑えていた感情がどこかに溜まっていて、ふとした拍子に一気にあふれてしまうんです。
恩蔵 日本ではどこか、感情的にならないことが美徳とされ、自分の感情を見ないようにしてきたところがあると思います。“みんなのために、ちょっと我慢しておきましょう”みたいな。
でも、そうじゃなくて、「自分が何を感じているのか、他者が何を感じているのか」といったことを、本来は見ていく必要があると思うんです。
問題解決の場面でも、お互いが我慢して遠慮するのではなく、自分と相手を理解するためにあえて衝突して、そこから解決策を一緒に探していく。そういった成熟した社会になるのが理想だと思います。
もちろん下手にやると対立構造を生むことにもなるので、すごく難しい。でも、そうやって感情を見つめ直すことの中に、人と人とがわかり合うきっかけがあるとも思うんです。
たとえば、かんしゃくを起こしている子どもに向き合う場面でも同じです。「この子は困った子だ」と決めつけるのではなく、「なぜ怒っているのだろう」「どうすれば気持ちが落ち着くのだろう」と考えてみる。そうした温かい向き合い方が必要だと思います。
駒崎 なるほど。自分の中で何かの感情が発生した時は、“それはいらないものだから、胸の内に閉まっておかなくては”と抑え込むのではなく、“何で自分は怒っているのか”“自分は今何に苦しんでいるのか”と、感情を読み解くことが必要だということですね。
他者に感情をひもといてもらうことや、自分で自分の感情をほぐしていくことが大切なのだと思いました。
恩蔵 やっぱり、自分の感情を「メタ認知」していくことが大事なんだと思います。
自分の感情を自分で理解できるようになると、感情を自分でコントロールしやすくなっていくと思います。
駒崎 きっと僕だけじゃなくて、多くの人が自分の感情をうまく扱えるようになりたいと思っているんじゃないでしょうか。
怒りや悲しみ、不安や喜び。毎日いろんな感情の揺れがあるのに、僕たちはそれをどう扱えばいいのかを、ほとんど教わらないまま大人になってしまった。
学校で勉強したり、本を読んだりして、知識を身につける訓練はしてきたけれど、心をどう鍛えるかについては、案外、置き去りにされてきた。
恩蔵 たしかに、そうですね。
駒崎 ビジネスの現場でも、「今日はどんな気分なの?」とはあまり聞かれない。聞かれるのは、「今日どれくらい売り上げたの?」「タスクは終わってる?」といったこと。
数字や成果を共通のものさしにして、多少つらくても弱音を吐かず、上から言われたことをきちんとこなしていく。そういう振る舞いが、暗黙のうちに社会人のマナーとして広がってきたところがあると思います。
でも、AIが知識や情報処理の部分で人間を超えてしまう今、これから問われるのは、むしろ感情をどう扱い、他者とどう関わるかということなんじゃないかと思うんです。
だからこそAI時代において、人間の武器になり得るEQつまり感情知性は、どうすれば鍛えられるんでしょうか。
恩蔵 私はEQを鍛える方法は大きく二つあると思っています。
一つ目は、自分を新しい物事にさらす経験をたくさんするということです。
感情って、新しいものに出会った時に一番動くんです。初めてのことを体験するとか、人と衝突するとか、そうやってたくさん感情を動かしていくこと自体がEQを育てることにつながると思います。
そして二つ目は、自分の心の動きを観察し、理解することです。
感情が動いた時に、ただ「うれしい」「悲しい」で終わらせるのではなく、その中にどんな感覚があるのか。切なさなのか、安堵なのか、満たされた感じなのか、そういうふうに解像度を上げていく。
すると、自分が何を感じていて、相手が何を感じているのかにも、少しずつ敏感になっていくと思います。そうした「メタ認知」が大切です。
新しいものに自分をさらすこと。そして、その感情の動きを見つめ、自分の心の変化を把握すること。この両方が、EQを鍛えることにつながると思います。
駒崎 EQを鍛える“道場”みたいなものがあるわけじゃないし、心を鍛える場所って、案外、社会の中には少ないですよね。
AI時代において、人間の強みが感情知性にあるのだとすれば、社会全体でもっとそれを育てていく必要があると思います。
(後編に続く。14日掲載予定)
【プロフィル】
おんぞう・あやこ 脳科学者。1979年、神奈川県生まれ。専門は自意識と感情。2002年、上智大学理工学部物理学科卒業。07年、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻博士課程修了(学術博士)。現在、東京大学大学院総合文化研究科特任研究員。金城学院大学・早稲田大学・日本女子大学非常勤講師。著書に『脳科学者の母が、認知症になる』『感情労働の未来』、共著に『なぜ、認知症の人は家に帰りたがるのか』『認知症介護のリアル』などがある。
こまざき・ひろき つながりAI株式会社代表取締役社長。1979年、東京都生まれ。認定NPO法人フローレンスを創設し、病児保育やひとり親支援を先導してきた。2025年に「孤立をなくす」をミッションに掲げ、つながりAI株式会社を設立し、AIを活用した社会インフラづくりに挑む。自治体の窓口で相談を受ける「相談AI」、中学生など若者の声を匿名で受け止める「友達AI」などを展開。さらに物資支援と相談AIを組み合わせた伴走モデルを実証し、AIと人の協働による新しい福祉モデルを模索する社会起業家。
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