エンターテインメント
綾瀬はるか×千鳥・大悟W主演 映画「箱の中の羊」是枝裕和監督〈インタビュー〉 2026年5月28日
死者は“誰のもの”なのか――。第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品された是枝裕和監督の最新作「箱の中の羊」は、この問いから生まれた。本作は、愛する息子を亡くした夫婦が、わが子にそっくりなヒューマノイド(人型ロボット)を迎え入れる中で、自身の心を見つめ直していく姿を描く。脚本と編集も担当した是枝監督に話を聞いた。
――本作で描くのは、子どもを失った夫婦の物語ですね。着想はどこから?
2年ほど前、死者を“よみがえらせる”という生成AIを使ったビジネスが中国で人気だというニュースを見たのがきっかけです。そういう時代になる予感はしていたけど、違和感を覚えました。簡単な映像と音声データだけで“復元”させることができるというのは、興味深い半面、危険だなと。
「死んだ人は“誰のもの”か」ということが倫理的に危ういと思ったんです。遺された家族であっても、何でも自由にしていい存在なのか。故人の人権を突き詰めずに、生きている人が都合のいい存在として死者を利用することが起きているんじゃないかという思いに駆られて。
――作品を見て、日常にヒューマノイドという存在がいる未来は決して遠くないと感じました。
ヒューマノイドには課題があるとはいえ、その存在を全否定するわけではないです。
わが子を“よみがえらせる”ことで、“過去に戻れる”だけではなく、夫婦のグリーフワーク(悲しみを受容し、乗り越える作業)を生み出し、その未来を開いていくこともできる。そこに救われる誰かがいることも事実で。
賛否が分かれる題材は、作品に幅が出て面白いんです。
――母親・音々役の綾瀬はるかさんと、その夫・健介役として出演した、千鳥・大悟さんのキャスティングは話題の一つになっています。
大悟さんを主人公に据えたのが意外がられるんですが、私の中ではそうではなくて。亡くなった息子の動画を二人で一緒に見る場面があるのですが、初めは単純なシーンで終える予定でした。だけど、動画の中の音々を見ている健介の表情がすごく切なく映った。その時に、“ああ、健介は妻の笑い声が聞きたくて、このロボットを受け入れようとしたんだな”と、大悟さんの芝居を見て思ったんです。
自分の中でも、この夫婦の関係性がストンと落ちたから脚本を変えて撮影しました。台本に書いていなかった予想外の化学反応を現場で発見するのって、一番楽しいんですよね。
――“ヒツジが入った箱”を手渡されて王子さまが喜ぶ逸話のある『星の王子さま』が重要なモチーフになっています。
正直、僕には、あの本を理解できない。どんな解釈もできる、すごく難しい内容だと思います。一つ言えるのは「箱の中」に何がいるのかは分からないけれど、目に見えない大切な事に気付くためには「想像すること」が大事ですよね。
主人公を建築士にした時に少し勉強したんですが、建築の世界でも、目に見えないところが重要だという考え方があって、『星の王子さま』に通ずるところがあるのかなと思いました。目に見えないつながりや、目に見えないものの大切さを描きたいという構想が膨らんでいって、そのために異質なもの同士を引き合わせていったんです。人間とロボット、夫婦、生者と死者――そういった異質なものをどう共存させるのかということを、いろいろなレベルで描きました。
映画を見た人に、「自分自身と異なる存在に寄り添えているか」という問いが生まれたとしたら、その答えは、皆さんに委ねたいですね。
――現代社会とそこに生きる人を鋭くも優しく描いた作品を作り続けていますが、そのきっかけとなるような人生経験が?
振り返れば、小学生の時は優等生でしたよ(笑)。周りからすれば、面白みのない子(笑)。学級委員もしていて、先生の期待に応えたいみたいな心があったね。でも高校生のある時から、“枠にはまっている自分”が嫌になっちゃって、あまり群れなくなった。
元から社会に対しての問題意識が強かったんじゃないんです。大学時代にはドキュメンタリー映画をよく見て、ノンフィクション書籍を読みあさったけど、(テレビのドキュメンタリー制作の)仕事を始めて、実は何も分かっていなかったと気付かされることばかりでした。そういった幼少期と青年期の葛藤や経験の蓄積があってこそ、自分の関心が社会に開かれていった感じかな。
――枠にとらわれない挑戦は、作品からも伝わってきます。
挑戦という言葉は、しっくりこなくて。自分に飽きちゃったことは何度かありますが(笑)。今回、久しぶりに脚本を書いてみて、新しい気持ちで作品と向き合えた気がします。
海外だと、60代の監督ってなかなかいなくて、皆、教える側に回っているけど、日本では80代でも現役で撮られているから、まだまだ中堅のつもりです。
安定してくると、ついつい壊したくなります。これからも頭の中にある撮りたいテーマに向かって一つずつ走っていくだけで、今は(陸上や競馬でいう)第3コーナーくらいかな。
【記事】鈴木将大、木村英治 【写真】外山慶介
これえだ・ひろかず 1962年6月6日生まれ、東京都出身。大学卒業後、ドキュメンタリー制作に携わり、1作目の「しかし…福祉切り捨ての時代に」(91年)でギャラクシー賞優秀賞を受ける。その後、「幻の光」(95年)で映画監督デビューし、社会に大きな反響を呼ぶ作品を次々と送り出す。2018年公開の「万引き家族」では、第71回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞。本年、自身が監督・脚本・編集を務める「ルックバック」が公開を控えている。
甲本音々(綾瀬)と健介(大悟)夫婦は2年前、7歳の息子・翔を亡くした。
そんなある日、息子にそっくりなヒューマノイドを迎え入れることに。到着したヒューマノイドの〈翔〉(桒木里夢)に、音々は何のためらいもなく「おかえり、翔」と声をかけるが、健介は「いらっしゃい」としか言えず、驚きを隠しきれない。
〈翔〉は、健介から生前の翔が江ノ電の全駅名を暗記していたと聞き、同じように駅名を暗唱してみせる。動揺した健介は外へ飛び出し、「機械、機械……」と自らの揺れる心に言い聞かせる――。
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