学会創立100周年とメキシコ広布65周年となる2030年へ勇躍前進するメキシコの希望家族。ここでは、池田先生のメキシコ訪問(1981年)45周年を記念して開催されたメキシコ青年部総会(3月7日、メキシコ市のメキシコ平和文化センター)とメキシコ総会(同8日、同市のタナカ栄光会館)での、代表による活動体験(要旨)を紹介する。
学会創立100周年とメキシコ広布65周年となる2030年へ勇躍前進するメキシコの希望家族。ここでは、池田先生のメキシコ訪問(1981年)45周年を記念して開催されたメキシコ青年部総会(3月7日、メキシコ市のメキシコ平和文化センター)とメキシコ総会(同8日、同市のタナカ栄光会館)での、代表による活動体験(要旨)を紹介する。
〈メキシコ青年部総会〉 ロドリゴ・エルナンデスさん
〈メキシコ青年部総会〉 ロドリゴ・エルナンデスさん
師への誓いが勝利の力
師への誓いが勝利の力
私が3歳の時に母が難病で倒れ、過酷な日々が始まりました。幼い頃、池田先生に母の闘病を伝える手紙を書き、返事を頂いたことで、「池田先生と学会に守られている」と実感したのが、私の信心の原点です。
14歳の時に母が他界。「俳優になる」という母との約束を胸に演劇を志すも、国立演劇学校は不合格でした。絶望の中、不仲だった父が、涙ながらに私を支えると言ってくれました。私も、自らの意志で信心に立ち上がることができました。
その後、日本での青年研修会等で決意を深め、「広布のために立派な専門家に」と誓いました。猛勉強の末、難関のメキシコ国立自治大学に合格することができました。
2023年、先生の訃報に接した際は、「今こそ弟子として行動すべきだ」と奮起。病などの試練も題目で乗り越え、大学を卒業しました。
さらに、数百人が応募した日本の文部科学省の留学生制度に挑戦し、厳しい審査を勝ち抜いて本年2月、日本の国立大学の大学院への進学を勝ち取りました。
ここまでは、池田先生への誓いの第一歩に過ぎません。大好きなメキシコの青年部と共に、自他共の人間革命へ踏み出し、師匠に応える誓願を貫いてまいります。
私が3歳の時に母が難病で倒れ、過酷な日々が始まりました。幼い頃、池田先生に母の闘病を伝える手紙を書き、返事を頂いたことで、「池田先生と学会に守られている」と実感したのが、私の信心の原点です。
14歳の時に母が他界。「俳優になる」という母との約束を胸に演劇を志すも、国立演劇学校は不合格でした。絶望の中、不仲だった父が、涙ながらに私を支えると言ってくれました。私も、自らの意志で信心に立ち上がることができました。
その後、日本での青年研修会等で決意を深め、「広布のために立派な専門家に」と誓いました。猛勉強の末、難関のメキシコ国立自治大学に合格することができました。
2023年、先生の訃報に接した際は、「今こそ弟子として行動すべきだ」と奮起。病などの試練も題目で乗り越え、大学を卒業しました。
さらに、数百人が応募した日本の文部科学省の留学生制度に挑戦し、厳しい審査を勝ち抜いて本年2月、日本の国立大学の大学院への進学を勝ち取りました。
ここまでは、池田先生への誓いの第一歩に過ぎません。大好きなメキシコの青年部と共に、自他共の人間革命へ踏み出し、師匠に応える誓願を貫いてまいります。
〈メキシコ総会〉 ホセ・ルイス・エルナンデスさん
〈メキシコ総会〉 ホセ・ルイス・エルナンデスさん
闘病さえも飛躍の糧に
闘病さえも飛躍の糧に
私は、信心をして15年になります。一昨年7月に臀部の細胞の壊死と診断され、深夜の緊急手術で筋肉を切除しました。しかし、手術後も不思議と痛みはなく、入院初日から自力で歩くことができました。
大部屋に入院した私は、周囲の患者さんを励まそうと小声で唱題を開始。すると、不満を口にしていた人が穏やかになり、別の人からも「私にもお題目をあげて!」と声をかけられました。妻と協力して対話を重ねる中、ついには病室のほぼ全員と信心の話をするまでになったのです。
退院後も通院先で出会った青年を励まし、交流を続けています。懸念された再手術も回避し、8カ月を経て無事に完治。振り返ると今回の闘病は、妙法を語り広げる絶好の機会となりました。
一番苦しい時に支えてくれた家族に心から感謝しています。今後は自宅を座談会の会場として提供し、地区の責任者として友の激励と対話拡大に全力を尽くす決意です。
池田先生は「最悪の環境条件さえも、かえって、飛躍の原動力に変えていくところに、真実の健康像がある」と教えられています。
この指針を胸に抱き締め、どんな試練も人間革命の喜びに変え、朗らかに前進していきます。
私は、信心をして15年になります。一昨年7月に臀部の細胞の壊死と診断され、深夜の緊急手術で筋肉を切除しました。しかし、手術後も不思議と痛みはなく、入院初日から自力で歩くことができました。
大部屋に入院した私は、周囲の患者さんを励まそうと小声で唱題を開始。すると、不満を口にしていた人が穏やかになり、別の人からも「私にもお題目をあげて!」と声をかけられました。妻と協力して対話を重ねる中、ついには病室のほぼ全員と信心の話をするまでになったのです。
退院後も通院先で出会った青年を励まし、交流を続けています。懸念された再手術も回避し、8カ月を経て無事に完治。振り返ると今回の闘病は、妙法を語り広げる絶好の機会となりました。
一番苦しい時に支えてくれた家族に心から感謝しています。今後は自宅を座談会の会場として提供し、地区の責任者として友の激励と対話拡大に全力を尽くす決意です。
池田先生は「最悪の環境条件さえも、かえって、飛躍の原動力に変えていくところに、真実の健康像がある」と教えられています。
この指針を胸に抱き締め、どんな試練も人間革命の喜びに変え、朗らかに前進していきます。