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「発達障がい」グレーゾーン――あなたの“生きづらさ”ってどこから? 精神科医・岡田尊司さん 2023年4月1日

【電子版連載】〈WITH あなたと〉 インタビュー

 医療機関を受診後、発達障がいの「グレーゾーン」、つまり、障がいというレベルには該当しないと判定された記者の友人が悩んでいました。
 「生活上の困りごとは変わらずに存在するのに、『グレーゾーン』と言われると、『自己責任でお願いします』と言われてしまったようで」と。

 そうした状況に「障がい未満だからといって、軽視してはいけない」と語る、精神科医の岡田尊司さんに、「グレーゾーン」との向き合い方について聞きました。(記事=宮本勇介、橋本良太)

■こんなに悩んでいるのは過剰反応なのか

 ――「発達障がい」という言葉が広く認知されるようになり、「自分や家族が発達障がいかもしれない」と感じて、受診や相談するケースが増えています。

 家庭や職場などの対人関係がうまくいかない。さまざまなことで、責められたり、ののしられたり、否定的な評価を受けることが多くて苦しい。そうした生きづらさや困りごとを長年抱えてきた方々が、「発達障がいに原因があるのではないか」と感じて診察にやってくる場合が非常に多いです。

 きちんとした診断を行うには、丁寧な問診と診察、発達検査が必要になります。発達障がいの場合、通常、幼少期から12歳までの間に、ある程度、顕著な問題が見られていることが診断する上での条件になります。

 同時に現在の症状ももちろん必要です。診断基準で決められた症状がきちんと存在するかどうか。例えば、三つの症状が当てはまらないと診断できない「障がい」がある場合、二つや一つだけでは、能力間のばらつき、“発達の凸凹”があるとはいえますが、障がいとはいえず、グレーゾーンの判定になります。

 「グレーゾーン」と言われると、“自分がこんなに悩んでいるのは過剰反応なのか”と戸惑ってしまう方もいます。長年、味わってきた苦しみを、軽くあしらわれたような気持ちにもなり、すっきりするどころか、モヤモヤがかえって深まってしまうこともあります。

 では、グレーゾーンは、障がいに比べれば軽いものと考えればいいのかといえば、そんなことは全くありません。逆に、グレーゾーンの人は、障がいレベルの人と比べて、生きづらさが弱まるどころか、時には、より深刻な困難を抱えていることも多いのです。

 ――それはなぜでしょうか?

 グレーゾーンの方は、ある部分では能力の高いケースも多々あり、その人にかかる期待も大きくなります。

 それだけでなく、グレーゾーンは単なる「障がい未満」の状態ではなく、心の傷など、性質の異なる困難を抱えていることが少なくありません。そういった場合は、発達障がいの知識だけでは不十分で、特別な治療アプローチやサポートが必要になってきます。

 ですから、グレーゾーンの場合は、診断名以上に、それぞれの人のベースにある特性をきちんと把握することが大切になります。

■親子に効く「愛着アプローチ」

 ――生きづらさを抱えたグレーゾーンの方の事例を教えてください。

 発達の凸凹があるけれども、全体の能力は高く、発達障がいとまでは診断できない、中学1年の女の子がいました。
 発達障がいの観点から見れば、「様子を見ましょう」と医者から言われることが多いレベルなのですが、その子は、自傷行為があり、学校も行けなくなっているような状況でした。

 親御さんに会って話を聞くと、親御さん自身はすごく勉強を頑張った人で、大学卒業後は銀行に勤め、それなりの生活を手に入れたという自負がありました。
 ところが、自分の子は、ある時期までは頑張っていたのに、学校にさえ行かなくなってしまった。リストカットをしたり、記憶が飛ぶなどの解離性症状が出たり、あるいは幻聴まで聞こえてきたりしていて、もうこれ以上は手に負えないと困り果てていました。正直なところ、自分の子どもとして受け入れられないし、愛情が湧かなくなっているとも言っていました。

 私は、発達障がいを含め、さまざまな疾患や障がいにおいて、「愛着アプローチ」の有効性を提唱し、実践しています。
 その親子についても愛着アプローチを行いました。だんだん落ち着いて、今はもう、その子は高校生になっていますが、診察する必要がなくなり、お母さんだけをサポートしているというような状況です。

■「家族関係に必ず関わってくるテーマです」

 ――愛着とは、学術的にどのように定義されるのでしょうか。

 「愛着」について理解されるようになったのは、半世紀ほど前のことです。
 イギリスの精神科医ジョン・ボウルビィが、養育者と幼い子どもの結びつきを「愛着」と呼び、彼の研究協力者であった心理学者のメアリー・エインスワースは、子どもが愛着し“安心感のよりどころ”となる存在を「安全基地」と名付けました。その後、愛着は、発達や安定に重要な役割を果たしていることが分かりました。

 また、人にはいくつかの「愛着スタイル」があることも明らかになりました。
 代表的なタイプとして、相手に認めてもらえているかどうかに過敏で、相手に合わせすぎたり、自分で決めるのが苦手だったりする「不安型」。
 他者との情緒的なつながりを避け、何も問題がないように装う「回避型」。
 親の死別、離婚、虐待などがトラウマとなり、傷口に触れられると急に不安定になったり、自分の殻に閉じこもったりする「未解決型」があります。

 これら愛着の問題は、“特別な患者さんの問題”というよりも、一般人口の何割かが抱えている、頻度の高い問題であり、親子、あるいは夫婦といった家族の関係を考えていく際に、必ず関わってくるテーマであると思います。

■「医学モデル」と「愛着モデル」の違い

 ――「愛着アプローチ」について詳しく教えてください。

 不安定な愛着が発症のリスクに関係しているとされる疾患や障がいには、主なものだけでも、うつ、慢性のうつ状態、気分変調症、境界性パーソナリティー障がい、不安障がい、若年発症の双極性障がい、解離性障がい、虚言癖、摂食障がい、各種の依存症など、数多くあります。
 発達障がいの中でも、今回のテーマであるグレーゾーンには、そうしたケースが少なくないのです。

 医学モデルでは「症状を呈している人」が患者であり、治療対象は、「病んでいる患者」本人です。
 一方、愛着モデルでは、安全基地がうまく機能していないことが、当人の症状を引き起こしていると考えます。
 例えば“患者”として連れてこられた子どもは、二次的に病気にさせられているのであり、周囲との関係の中で、症状を呈するようになっている。ゆえに治療されるべきは、子どもを追い込んでしまった環境であり、大人との関係なのです。

 誤解がないように強調したいのは、医学モデルにも、もちろん優れた点があり、単一の原因で起きるような病気では、とても力を発揮します。
 しかし、現実には「原因が分からない問題」や、「原因と結果が入り組んだ問題」も多く、医学モデルでは、正直、太刀打ちできません。
 そういったケース、例えば発達障がいのグレーゾーンや、いくつも病名が並んでしまうような複雑な病状においては、愛着モデルによるアプローチが奏功することが多いのです。

 「愛着」はある程度の可塑性(外部からの刺激や内部の変化に応じて変化する性質)を持っています。成人した後でさえ、不安定だった愛着が安定したものに変化することもあるし、その逆の場合もあることが分かっています。

■ありのままの状態を受け入れる「安全基地」

 ――具体的には、誰がどのような実践をすることなのでしょうか。

 支援者が、症状を発している本人と重要な他者(親や配偶者など)を支援していくことです。
 大きくは「愛着安定化アプローチ」と「愛着修復的アプローチ」があり、安定化アプローチから修復的アプローチへ移行する場合が多いです。

 安定化アプローチは、本人と重要な他者の双方にとって身近な存在が、臨時の、あるいは半永久的な「安全基地」となることで、愛着の安定を図る方法です。医師やカウンセラーなど専門家が支えになる場合も、このアプローチに該当します。

 修復的アプローチは、本人と重要な他者との愛着を安定したものに回復させることを目指します。重要な他者が自らの非を振り返ることができ、症状を発している本人の立場や気持ちになって考えられる共感能力が望めるようになってから、このアプローチが成立します。

 安全基地になるために、まず必要なのは、本人のありのままの状態を受け入れることです。
 例えば、学校や会社のことで悩んでいる人に接する場合、「学校はどうだ、会社はどうだ」と根掘り葉掘り質問することは傷口に塩をすり込むようなもの。まずは、たわいもない話をすることから始め、それも難しければ、黙って一緒にいるだけでもいい。十分な安心を感じた時に、本人は自ら語るようになります。

 特に本人が子どもの場合にやってはいけないのが、「叱りすぎること」です。叱りすぎは虐待と同様に、愛着システムにダメージを与えます。
 ①良い行動をしたときにほめるようにし、②好ましくない行動はあえて反応しない、③生命にかかわるような看過できない問題行動については体を張ってでも止める――このように分けて対応することが大切だと考えます。

 安全基地になる上で大切な原則がいくつかあります。まずは「応答性」。本人が何か言えば、振り向くなり、返事をするなり、とにかく反応することです。“まめである”ことは、とても大事なのです。

 また、本人のメッセージは言葉だけとは限りません。表情やしぐさなどの変化を察知する「感受性」も大切です。
 反応したりしなかったりというムラがない「安定性」、つまり“いつも変わらない”ことも大事になります。

 相手の声の調子、表情、しぐさに、こちらもトーンを合わせていくことも重要です。相手がゆっくり話しているなら、その声の調子に合わせ、表情やうなずきといった体の動きも合わせること。そのためには、相手をよく見て、嫌そうな反応をしていないか、それとも、表情が少しゆるんだか、そうした変化を見逃さないようにして、嫌がっている気配が見えたら、しっかりブレーキをかけるということです。

 親子関係にしろ夫婦関係にしろ、うまくやっている人は、こうしたことを自然にこなしています。
 「コミュニケーションは苦手で……」という人もいるかと思いますが、実践しやすいスキルとしては、「なるほど」「ほう」「そうでしたか」といった合いの手となる言葉を、気持ちを込めて、大きなうなずきとともに発するという方法があります。

 もう一つは、相手の言葉をなぞる方法です。例えば、相手が「会社に行くのが嫌になった」といえば「嫌になったんだ」というようにオウム返しする。するとそれが呼び水となり、嫌になった事情を話してくれるかもしれません。

 深刻な発言をオウム返しすると危険な場合もあると思います。例えば「もう死にたい」と言われたらどうしますか。
 その場合は「どうしたの?」と聞いてみてください。すると相手は「上司に怒られて何もかも嫌になった」と言うかもしれません。その時は「怒られたんだね。でも、どうして死にたいと思うの?」というように、「どうして」という疑問を投げかけて気持ちを掘り下げていきます。
 つまり、こちらが答えを用意する必要も、導く必要もないのです。対話をどこまでも続けながら、答えを見つけるのは本人だということです。共感しつつ、邪魔をせず、話の流れに付き合うことが大切になります。

■すぐに解決が見つからないような状況は不幸か

 ――記者の友人の家庭は、配偶者が「親にかまってもらえずに育った」ことに心の傷を抱えていて、他方、子どもが発達障がいの“グレーゾーン”ということが分かり、悩んでいます。どのような解決の道筋が考えられるでしょうか。

 専門家として関わるのか、夫が妻をどう支えるのかで、違ってきますが、ここは、夫の立場でどうしたらよいかについて、愛着アプローチの観点からお話ししましょう。
 一言でいえば、夫として父として、安全基地になることで事態が改善することにつながるということです。そのためには、問題を解決しようとするのではなく、妻や子どもの安全基地になることを目指します。

 ところが、現実に起きやすいのは、特に男性の場合、問題が生じると、それを解決することにばかり目が向いてしまうということです。
 「解決方法が正しいかどうか」「もっといい方法がある」といったことばかりに一生懸命になってしまい、妻のやっていることをけなしたり、ケンカになってしまったりします。

 夫は懸命に努力しているつもりでも、結果的に妻をいっそう痛めつけることになってしまいます。それは、子どもにとっても、悪い影響しかありません。
 大事なのは、妻の悩みを聞き、「よくやっているよ」とねぎらい、解決策を一緒に考えながら、“きっと大丈夫だ”と安心させることです。そうすると、子どもにもいい影響が及んで、子どもの発達や安定にも役立つことが多いのです。これが愛着アプローチの方法です。

 人生においては、すぐに解決が見つからないような状況に陥ることもあります。それは、不幸なことに思えるかもしれません。しかし、私の臨床経験から感じることは、その困難、きっかけがなければ、人は自らを振り返り、限界を超え、成長することもできないということです。だからこそ、「行き詰まったピンチの時こそ、変われるチャンス」なのです。

【プロフィル】
 おかだ・たかし 1960年、香川県生まれ。精神科医、作家。医学博士。東京大学文学部哲学科中退。京都大学医学部卒。京都大学大学院医学研究科修了。長年、京都医療少年院に勤務した後、岡田クリニックを開業。現在、岡田クリニック院長。日本心理教育センター顧問。パーソナリティー障がい、発達障がい治療の最前線に立ち、現代人の心の問題に向かい合っている。著書に『発達障害「グレーゾーン」 その正しい理解と克服法』(SBクリエイティブ)、『愛着障害』(光文社)などベストセラー多数。小説家・小笠原慧としても活動し、作品に横溝正史賞を受賞した『DZ』、『風の音が聞こえませんか』(ともに角川文庫)などがある。

 

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 ※岡田さんの写真は本人提供