聖教ニュース

〈ケープタウン発〉 南アフリカの南端地域を駆ける使命の友 ケープタウンで広布の集い 2026年6月27日

 【ケープタウン】谷川SGI(創価学会インタナショナル)理事長らSGIアフリカ訪問団は23日未明(現地時間、以下同)、ケニア・ナイロビを発ち、同日午前に南アフリカのケープタウンに入った。同日夕には西ケープ地区のコースタルグループ座談会へ。24日午後にはヒロユキ・アズマさん(副地区部長)、ジャニーヌさん(支部婦人部長兼地区婦人部長)夫妻宅を訪れ、同日夕には西ケープ地区総会に出席した。

希望の大航海を今こそ

 ケープタウンは、広大なアフリカ大陸のほぼ南端に位置する都市。大航海時代に開かれたヨーロッパとアジアを結ぶ航路において、大海原に突き出た喜望峰が西洋と東洋を分かつ要衝となった。この天地にも、広布に走る友がいる。
 
 西ケープ州全体を使命の舞台とする南アフリカSGIの西ケープ地区は、六つのグループからなる。
 
 市内のミューゼンバーグで開かれたコースタルグループ座談会には、約20人が参加。信心を実践して1年余の友から、入会約40年の年輪を刻む友まで和やかに語り合う会座となった。谷川SGI理事長は生死や宿業を巡る質問に答えつつ、真心込めて励ました。

 ケープタウンには、もう一つ、世界史的な記憶が残る。人権の闘士ネルソン・マンデラ氏が27年間もの獄中生活を送ったのが、同地の沖合に浮かぶロベン島と、その後に移された郊外の二つの獄舎だった。1990年2月11日、釈放されたマンデラ氏がその日の夜、差別なき民主国家の建設を大群衆に訴えたのも、ケープタウン市庁舎である。
 
 同市内での西ケープ地区総会には、アフリカ大陸の南端地域を駆ける友が集った。
 
 司会を務めた女子部員、アセマーシュレ・ンビジャナさんは信心を実践して11年目。かつてのアパルトヘイト(人種隔離)下で設けられたタウンシップ(旧黒人居住区)に暮らす。差別政策の法的撤廃から35年がたつものの、住む場所の違いは残り、経済の格差も著しい。彼女は現在、ソーシャルワーカーとしてタウンシップの子どもの教育支援に携わる。コサ族の言葉などを話し、英語は苦手だったが、SGIの会合で語る中で磨かれ、周囲から英語力をほめられるように。これからも「師子吼の題目」で困難を克服し、他者を助け、南アをより良い国にしたいと誓う。
 
 会合は、彼女のはつらつとした司会第一声で始まった。エリエル・フアン支部女子部長、エルビス・オベン地区部長のあいさつに続き、池田大作先生の指針に啓発されて生まれた歌を大合唱した。

 〽私たちが変わると世界が変わる! 時は来た! 今こそ一緒に踏み出そう!
 
 全員が立ち上がり、左右にステップを踏みながら、一緒に歌うと心が一つに――。
 

 次いでジャニーヌ・アズマ支部婦人部長が体験発表。アズマさんの両親は、アパルトヘイト下で混血の「カラード」として差別される側に置かれたが、後に白人に再分類された。肌の色が明るい場合、そうしたことがあったという。しかしその後、カラードの親類とは疎遠に。「自分は何者なのか」との問いが心に刻印されたアズマさんは、高校の教員になり、あえてカラードの学校で教えた。だが親は快く思わない。疲れ果て、バックパッカーとして欧州へ。その時、共に旅をした女性に勧められ、題目を唱え始めた。
 
 実家に戻って学会活動に励むも、父とはぎくしゃくするばかり。それでも誠実を尽くし、両親や義父母、息子を大切にして20余年。父は亡くなる数年前、子を立派に育てた彼女をたたえつつ“仏教が自分の考えに最も近い”と語った。
 
 夫と共に折伏に励み、ここ数年で7人が入会。「今後も、家族や友人と広布の道を歩みたい」――全ての差異を超え、地涌の使命に生きる体験に、万雷の拍手が送られた。
 
 谷川同理事長は「自他・彼此の心なく、水魚の思いを成して、異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉るところを、生死一大事の血脈とは云うなり」(新1775・全1337)を拝し、全ての人を分け隔てなく、かけがえのない宝と敬い、共に信心に励む大切さを強調。世界一、仲の良い地区をつくり、広宣流布を進めようと呼びかけた。