企画・連載

〈時評 いまを読む〉第4回 人々の連帯を支える宗教的理念 国士舘大学大学院 八幡和郎客員教授 2026年2月5日

  
 歴史をひもとくと、ヨーロッパにおける中道主義は、宗教的理念によって支えられてきました。
 「時評――いまを読む」の第4回は、作家・評論家で、国士舘大学大学院客員教授の八幡和郎さんの論考を掲載します。八幡さんは、欧州の連帯と安定に寄与した中道主義と、それを支えたキリスト教民主主義の関係に着目し、現代社会において宗教が持つ可能性を指摘します。
  

●ポイント① ヨーロッパで統合の基盤になったキリスト教民主主義

 現在、日本政治において、新党「中道改革連合」が結成されたことで、「中道」という言葉が注目されています。
 この「中道」を単に政治的な立ち位置としての右と左の真ん中と捉えるならば、その豊穣な思想的遺産を見誤ることになるでしょう。本来、この概念は、深い価値観に根差した、思想的背景を持ちます。
  
 歴史を見れば、ヨーロッパの政治地図は、右派・左派が基本的な座標軸となってきました。これはフランス革命後の議会において、右に王党派が、左に共和派が座ったことに由来します。それが時代とともに変遷し、第1次世界大戦後は、社会主義か否かが、左右の対立軸となりました。
  
 そうした欧州において中道政治の柱となってきたのが、社会政策を重視する「キリスト教民主主義」の潮流です。この流れをつくったのは、ローマ教皇レオ13世でした。
 産業革命を経た19世紀末、ヨーロッパでは、貧富の差が拡大するなかで、二つの思想がぶつかっていました。一つは自由な経済的競争によって利益を追求する「資本主義」。もう一つは、市場経済の弊害に反対し、平等な社会を目指す「社会主義」です。
  
 1891年、レオ13世は「レールム・ノヴァールム(新しきもの)」という回勅(教皇が全カトリック教徒に向けて発布する書簡)を出します。それは、行き過ぎた資本主義の弊害を批判すると同時に、過激な社会主義が唱える階級闘争や暴力革命も否定するものでした。
  

  
 「平和の教皇」とも呼ばれたレオ13世は、資本家に搾取されていた労働者の権利と尊厳を訴え、階級間の協調によって、苦しむ労働者を救う道を示そうとしたのです。
 例えば、権利を獲得するために、労働者の団結や相互扶助の必要性を強調しました。それまでイタリアでは、結社が禁じられていましたが、これを機に労働組合の組織化が進みます。さらには、その後のヨーロッパ共同体(EC)や欧州連合(EU)につながっていく共同体論にも、影響を与えました。
  
 このようにキリスト教民主勢力は、中道主義を基調としてヨーロッパ政治を安定させ、欧州の統合や連帯の推進に寄与してきたのです。
 キリスト教の宗教的理念には、あらゆる人間は等しく神の子であり、それゆえ全ての人間は平等に尊厳を持つという「人間の尊重」や、あなたの隣人を自分自身のように愛しなさいという「隣人愛」などがあります。そうした宗教的な価値観は、単なる政治イデオロギーではなく、社会の連帯を築こうという力強い意志につながるのだと思います。
  
 しかし現在、欧米では極右や極左政党が台頭しており、極端な主張を繰り返す政治家が支持を集めるようになっています。対立が激化している原因は、直接民主主義の誤った使い方にあると考えます。それは具体的には、国民投票、住民投票、一般党員投票などの多用に表れています。
  

  
 例えば、かつてのアメリカ大統領選挙では、党大会で有力者たちが、反対の党に勝てる候補者を話し合いで決め、中道実力派が選ばれるのが通常でした。
 しかし、州ごとの予備選挙が一般化すると、決選投票なしで1位の候補者が選ばれることに加え、予備選挙に参加するのは、はっきりした政治主張を持ち、党員登録している人たちです。よって、共和党では極端な保守派が、民主党では極端なリベラル派が選ばれやすいのです。
  
 こうした傾向は、韓国や台湾でも見られます。直接民主主義の誤った使い方をする限り、極端な層の主張ほど反映されやすく、中道的な意見を持つ層が排除されがちです。
  
 一方、間接民主主義では、少数派にとって大事なことも採り入れられた公約で政治が行われますが、個別の事案ごとに賛否を問われると、多数派の影響力が強まります。
 そうした中で、少数派の切実な願いが無視されると、疎外感が生まれます。これが、ヨーロッパで極右や極左の勢力が増えている原因にもなっています。
 さらにSNSの普及も相まって、この傾向が加速し、ブレーキが利かずに、むき出しの憎悪や対立が助長されやすい状況に陥っています。
  
 こうした混迷の中で、再び宗教的理念に立脚した運動も展開されています。その動きをリードするのが、昨年5月に新たなローマ教皇に選出された、レオ14世です。
 レオ14世という教皇名を選んだことからも分かる通り、新教皇はレオ13世の志を継ぎ、キリスト教の理念に基づいて、実社会と関わろうというビジョンを持っています。
  

●ポイント② 社会に関わり続ける学会の皆さんは「良き日本人」

 かつて、政治学者の姜尚中氏が、聖教新聞のインタビューに答えて、創価学会に期待することとして、仏教の「中道」思想を挙げていました。
 「よく、中道は“足して2で割った真ん中”という誤った認識がなされますが、私は、中道の実践ほど難しいものはないと理解しています。時代が変わっても変わらずにいて、同時に、変わらないために変わり続けるという中道の立ち位置――今まさに、社会で必要とされている姿勢だと思います」(本紙2022年9月3日付)
  
 極端な主張が飛び交う現在の日本社会において、良識ある中道の旗を守っていくことは、確かに難しいものです。その困難な道をどうすれば実現できるのか。
 現代は「宗教冬の時代」ともいわれます。しかし私は、現代社会において、宗教を信じることが意味を失っているとは思いません。
 宗教の必要性や有用性のキーワードは「生命」でしょう。科学では、人間がどうして生まれ、死んだらどうなるのかという問いに、答えられないからです。
  
 いま人類は、遺伝子組み換え技術、極端な延命や安楽死、急速に進歩するAI(人工知能)など、従来の生命観が想定していなかったような、新しい課題に直面しています。
 それらは、もちろん宗教にとっても難問ですが、逆に言えば、宗教の視座を借りなければ解決できない問題でもあるはずです。
  

  
 かつて創価学会の池田大作氏は、宇宙それ自体が生命であり、星も地球も、花も木も、そして人間も、全て同じ次元から発しているのに、現代社会の不幸の元凶は、生命が尊厳なる存在だという本源的な理念が欠如していることだと指摘しました。
 宗教を通じて人生の意味をつかみ取り、精神の支えとし、一人一人の人間が内面的な変革を遂げることで、社会全体の平和と繁栄を実現していこうという方向性は、正しいと考えます。
  
 私は、学会の皆さんと触れ合う中で、礼儀正しく、家族を大切にし、教育や地域の活動にも熱心に取り組む姿を見てきました。学会員の方々は「模範的な世界市民」であり「良き日本人」だと思います。
  
 ですから、創価学会の皆さんには、自分たちが変わっていくことが、やがて社会を変えるという「人間革命」の精神を体現し、自信を持って、実社会に関わっていただきたいのです。宗教的理念に支えられた中道主義こそが、日本社会に連帯と安定をもたらす鍵となるからです。
  
  

 やわた・かずお 1951年生まれ。国士舘大学大学院客員教授。東京大学法学部を卒業後、通商産業省(当時)入省。フランス国立行政学院(ENA)留学。国土庁(当時)長官官房参事官などを歴任後、作家・評論家として活動。著書に『検証 令和の創価学会』(小学館)、『国家の興亡史からわかる現代地政学――西欧の衰退』(さくら舎、近日発売)など多数。
  

  
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