健康・介護

〈健康PLUS〉 新社会人のためのメンタルケア 2025年5月10日

公認心理師 大野萌子さん

 環境が大きく変化する新社会人。変化や刺激そのものがストレスとなるため、メンタルヘルスに注意が必要です。セルフケアや周囲の関わり方について、企業でメンタルヘルスなどの研修を行う公認心理師の大野萌子さんに聞きました。
 
 
 

《ポイント》

①自分の気持ちを言葉にする 
②休日は“心の筋トレ”を
③無心になれる時間をつくる
 
 
 

◆雑多な人間関係に慣れていない傾向

 今年度の新社会人について、企業の人事担当者や上司から「全体的に真面目で落ち着いている」「意欲や能力が高い」といった声を聞きます。

 高校2年生の終わり頃からコロナ禍の影響を受けた世代です。大学ではサークル活動や飲み会などの「遊び」が制限された分、しっかりと授業を受け、目標に向かって堅実に努力を積み重ねてきた人が多いのだと思います。

 実際に、ある企業の新入社員研修を担当しましたが、例年に比べて真面目に話を聞く姿が印象的でした。誰でもメンタル不調になるリスクはありますが、真面目で心の柔軟性が低いと、嫌なことを受け流せない場合もあります。

 オンラインでの関わりが多かったため、雑多な人間関係に慣れておらず、人付き合いが慎重だったり、人との距離を縮め過ぎたりするなど、距離感をつかむのが苦手な側面があります。

 また、不確実で曖昧なものを避ける傾向も強いです。生まれた頃からインターネット社会に接している「デジタルネーティブ」の方は、何を買うにしても、どこへ行くにしても、事前に「検索」をして情報収集し、電車やバスの時間まで把握してから行動する人が多いといわれます。就職先も、調べた内容を元に自分の中でイメージをつくり上げてしまい、現実との差にストレスを感じる人もいます。うまく発散できない日が続くと、1~2カ月で飽和状態になり、朝起きられない、眠れない、食欲が湧かない、気持ちが仕事に向かない、出社途中で具合が悪くなるなどの症状が現れます。いわゆる「五月病」です。

 避けられないストレスと上手に付き合っていくために、身に付けたいセルフケア(下記参照)を紹介します。全て行う必要はありません。不調を感じたら、まず、自分にできそうなケアを試してみてください。それでも改善せず、不眠や食欲不振などの日常生活に支障が出る状態が2週間以上続いたら、病院を受診しましょう。

 産業医に病院を紹介してもらうと、会社との連携を担ってくれる場合があります。素直な気持ちで話せないと感じたら、病院を変えましょう。
 
 
 

◆上司は雑談できる雰囲気づくりを

 新社会人と関わる上司や先輩は、「雑談できる雰囲気づくり」を心がけてほしいと思います。雑談できる相手には、小さな相談もしやすいからです。

 「この間、行った店がおいしかった」「こんなニュースを見たよ」「休みの日は何をしているの?」など、どんな話題でもいいと思います。得意なことや意外な一面を知れるかもしれません。「最近、太ってきたんだけど、おすすめの運動はあるかな」など、自分をネタに相手の関心が高いテーマの相談をしてみてください。

 ただし、答えにくそうにしていたら、深掘りせず、話題を変えましょう。

 聞かれてもいないのにアドバイスをしたり、先回りしてサポートし過ぎたりすることは、逆効果になる恐れがあります。誤解を防ぐためにも、「〇〇の件をお願いしたいのだけど、今の状況はどうかな」など、相手の意向を確認してから動きましょう。メンタル不調を見分けるサインを紹介しますので、参考にしてください。
 

●不調のサイン「ケチな飲み屋」●

 上司は、下記の不調のサインがよく見られる部下に対しては、意識して雑談を増やしましょう。場合によっては個別に機会を持ち、「調子はどう」「何か困っていることはある?」と、話を聞いてください。必要に応じて、社内のカウンセリングや産業医につなげましょう。

 け:欠勤が多い
 ち:遅刻をする
 な:泣き言(愚痴)を言う
 の:能率低下
 み:ミスが増えた
 や:辞めたいと言う
 
 
 

《身に付けたい セルフケア》
○休日は動いて過ごす

 “幸せホルモン”といわれる脳内物質「セロトニン」は、気持ちを安定させる働きがある。分泌量を増やすには、1日20分程度の運動が効果的。休日は早足でコンビニへ行く、部屋の掃除をする、ストレッチや軽い筋トレをするなど、体を動かすことを心がける。平日は、通勤で歩くぐらいでも十分。
 
 
 

○食生活に気を付ける

 バランスの良い食生活が大切。特に、セロトニンの原料になる必須アミノ酸の「トリプトファン」は体内で生成できないため、含有量の多いバナナ、アボカド、牛乳やチーズなどの乳製品、豆腐や納豆などの大豆製品、カツオなどを意識して摂取する。
 
 

○人に話す

 苦しいことや思っていることを言葉に置き換える作業は、心を整理し、気持ちを軽くする効果がある(カタルシス効果)。
 話す相手は、職場の先輩や上司、友人など誰でもOK。社内カウンセリングやLINE・電話相談窓口でもよい。
 メッセージのやりとりよりも、口頭で話す方が細かなニュアンスを伝えられるため、人と会って話す方が望ましい。
 
 

○感情を動かす

 嫌なことを受け流し、ストレスに強くなるには、柔軟でタフなメンタルが大切。心を鍛えるには、筋肉と同様“トレーニング”が必要。休日は、映画やドラマを見て泣く、好きなアーティストの歌を聴く、感動する本やマンガを読む、スポーツ観戦するなど、自分の感情が動くことをして過ごすのがよい。ポジティブな感情でも、ネガティブな感情でもOK。あえて冷静さを保とうと意識して、感情の起伏が小さくなると、喜びが感じられなくなったり、意欲が低下したり、ちょっとしたことで心が折れやすくなったりする。
 
 
 

○“強制リセット”

 ネガティブなことを考えてしまう時、考えないようにすればするほど、そのことに固執してしまうため、全く違うことに集中するのが効果的。ゲーム、読書、習い事など、無心になれる趣味や楽しみを見つけて、意識的に「考えない時間」をつくり、気持ちを“強制リセット”する。
 
 
 

○深呼吸をする

 ストレスを感じると呼吸が浅くなり、自律神経が乱れやすい。深呼吸することを習慣にする。具体的には、鼻から4秒間吸って、口から8秒間吐く。疲れていて空気を吸いにくい時は、「先に空気を吐き出す」ことがポイント。
 肺の中の空気を出し切ると、自然に必要な分だけ息を吸うことができる。
 
 

○香りを楽しむ

 好きな香りは、ストレス発散やリラックス効果が高い。アロマやお香、入浴剤、シャンプーなど、生活に好きな香りを取り入れよう。コーヒーの香りが好きな人はカフェに行ったり、自分で豆をひいて入れたりするのもおすすめ。柔軟剤や制汗剤などの香りは、強すぎると周囲に迷惑をかける場合もあるので気を付ける。 
 
 

 おおの・もえこ 公認心理師、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。一般社団法人「日本メンタルアップ支援機構」代表理事。大手企業、大学などで6万人以上に社内コミュニケーションやストレスマネジメントの講演、研修を行う。著書に『できる上司のZ世代をモンスターにしない言葉』(ビジネス社)など。
 
 
 

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イメージ写真・イラストはPIXTA